3.電源電圧の増加による出力増加
今までは出力段の電源電圧は±140Vで、16Ω負荷時の最大出力は33Wでした。今回の設計変更の一環として出力段の電源電圧を±10Vアップして出力段の電源電圧を±150Vとし、出力を40Wに増加することにしました。これは私のリファレンス音源の一つであるカンターテドミノを大きな音で聴いたときに、バックコーラスの歪感が少し気になる時があるため、大出力時の歪感を減らすために最大出力を40Wに増加することにしたものです。本アンプの出力段は定電圧電源ですのでボリウムを調整するだけで電源電圧を変更できますが、これに合わせて各6080のバイアス電圧を深めに設定すると共にドライブ段の電源電圧も410Vから430Vにアップしました。
 
4.SPICEシミュレーションで判った事
SIMetrixによるシミュレーションで、色々な検討していると、1993年の1月号で報告した、6080 SEPP OTLアンプの低域特性には問題がある事が判明しました。私の測定器の低周波発振器は5Hzまでしか発生出来ないため、4Hz以下の低周波特性は測定できなかったのですが、シミュレーションでは幾らでも可能です。OTLアンプは通常の真空管アンプと違って出力トランスが無いので、真空管のSPICEモデルが正確であれば、かなり正確なシミュレーションが可能です。
 
    図3 6080 OTLアンプの無帰還時の特性と負帰還時の特性
 
図3に1993年に報告した6080 SEPP OTLアンプをシミュレーションした時の、ゲイン特性と位相特性の計算結果を示します。無帰還時の周波数特性は、-3dBで2.5Hz~110kHzと十分な広帯域な特性ですが、負帰還をかけた時に、位相が急激に変化する0.1Hz近辺にピークが出来ています。
 
     図4 6080 OTLアンプの周波数特性と位相特性
 
負帰還をかけた時の特性だけを示したのが図4です。シミュレーションの結果、図4に示すように、なんと0.11Hzに3.9dBのピークが出来ていることが判明しました。6080 SEPP OTLアンプでは、16Ω負荷で約34dBの負帰還を掛けていたのですが、スタガー比は10以上とれていたので問題ないと思っていたのです。図4を見ると低周波でゲインが0 dB となる周波数は0.027Hzで、位相は+168度になっていますので、180度の逆位相までの位相余裕は12度しかありません。SIMetrixによるシミュレーションの結果から、低域のスタガー比が不足していて安定性が十分ではなく、超低周波域でピークが出来ていたという事が判明したわけです。
 
当面の対策として出力段の電解コンデンサとパラに、日本ケミコン製の大容量1万μFの電解コンデンサ2個を並列接続し、出力段の電解コンデンサを16,800μFX2個にすると図5に示すように低域のピーク周波数が0.08Hzに変化して、ピークの値も1.2dB程度に小さくなり、低周波での位相余裕は17.4度に増加することが判りました。
 
 
                   図5電解コンデンサ10000μF追加時の特性
 
1万μFの電解コンデンサは76φ✕120 ㎜の巨大サイズなので、シャシー内に装着することは出来ず、シャシーの外に置いてハーネスで接続するようにして使用することにしました。
 
    写真7 6080 OTL アンプと大容量電解コンデンサ
 
5.今回の改造のまとめ
  • 打消し回路を12AU7のカソードフォロア回路で直結化 (打消し用電解コンデンサの削除)
  • 打消し回路用プラス・マイナス電源をMOS FETによる定電圧電源化
  • ドライブ段のスクリーングリッド電源をMOS FETによる定電圧電源化
  • ドライブ段と出力段との接続用フイルムコンデンサをCornell Dubilier社940Cに変更
  • 出力段に10,000μFの大容量電解コンデンサを2個追加
 
6.改造後の特性測定結果
一連の改造後にアンプの特性測定を行った所、前回より歪が多かったので、初段のECC83とドライブ段の6CL6を新しいものに変更したところ、以前とほぼ同じ特性になることが判りました。これらの真空管は10年位使用していて変えていなかったので、gmがかなり低下していたものと思われます。16Ω負荷時の最大出力は約43W(歪率0.1%)と前回より10W増加しました。16Ω負荷の歪率特性は図に示すように20Hzと1kHzの歪率は0.1W~30Wまでの特性が前回とほぼ同じか、やや今回の方が低歪になっていますが、20kHzの歪率特性が前回より悪くなっています。
         図6 16Ω負荷時の歪率特性
 
          図7 8Ω負荷時の歪率特性
 
8Ω負荷での最大出力は1KHzで約29W(歪率0.2%)得られました。入力ショート時の出力端子残留雑音レベルは、前回の90μVより更に低下して60μV(16Ω負荷LPF無し)と非常に低ノイズのアンプになりましたが、0.1W以下の小出力時の歪率は前回よりも大幅に悪くなっています。
 
前回の1993年の特性測定はオーディオメーカーの試聴室で、芝測の計測器AD725Bを借用して測定したので、AC電源や測定環境が低ノイズ化されていたのかも知れません。今回はPanasonicのオーディオアナライザ:VP-7723Aを使用して自宅で測定しましたが、部屋の照明用蛍光灯(インバータ)を点灯したりオーディオアナライザの近くにオシロスコープを配置したりすると、影響を受けて歪率が大きく悪化することが確認出来ました。
 
7.改造後の音質
この一連の設計変更によって、6080 SEPP OTLアンプの音質は以前のアンプと比較して、明瞭で音の背景の静寂性が増して輪郭がくっきりした音になりました。以前音が悪いと思っていて、あまり聴かなかったCDも良い音で聴くことができるようになりました。これは今回の設計変更の要である、打消し回路の直結化による電解コンデンサの削除と共に初段差動増幅回路、ドライブ段、スクリーングリッド部、マイナス電源等がMOS FETによる定電圧電源回路になった為、電源を介しての相互影響が大幅に少なくなったことが、大きく寄与しているものと考えています。
 
以前のアンプでは音楽ソースによっては低音の質感が今一だった時もあったのですが、SIMetrixによるシミュレーションで判明した、超低周波域のピーク対策として採用した、出力段の電解コンデンサの容量大幅増加によって、低音の音質が大きく改善された事が大きいと思います。更にドライブ段と出力段の結合コンデンサをコーネルダブラのフイルムコンデンサに変更した事も今回の音質向上に貢献していると思います。今回の一連の改造で音楽を聴く楽しみが増して、自分の製作したアンプの音質も、ようやくハイエンドオーディオの世界に仲間入りしたものになったのではないかと実感したものです。