中古のLUX KMQ-80を入手したので、ドライブ回路のシミュレーション解析を行って回路上の改善ポイントを検討しました。

 

回路構成はLUXの定番回路で、初段が6267で次段が6AQ8の差動回路で、いわゆるリークムラード型の回路になっています。その後に12BH7Aのカソードフォロアで6336Aを直結ドライブして40Wの出力を得ています。出力段は6336Aをクロスシャント・プッシュプル動作をさせるため、1次側巻線をプレート側とカソード側に分割し、これをバイファイラ巻きするOY-15 600Pという特殊な出力トランスを採用しています。この回路では出力管のカソード側にも出力電圧が発生して大きなドライブ電圧が必要になる為、2段目の6AQ8には580Vもの高い電圧を印加しています。

 

 

下記の回路がシミュレーションしたKMQ-80の初段と2段目までの回路図です。

その結果、1KHzのゲインは64㏈もあるのですが、低周波特性は120㎐位からゲインが低下を始めており、100Hzでは位相が34度も変化しています。やはりこのアンプも低周波特性に大きな課題が有るようです。位相特性のグラフでは平坦部が殆ど無く、ゲインの-1dB落ちの周波数特性が132Hz~26kHzと、ゲインと位相の周波特性が良くありません。このような裸特性のアンプに負帰還をかけて見かけ上の特性を良くしても、音質が良くなるとは思えませんので、裸特性の改善を検討することにします。

 

  KMQ-80のドライブ回路のシミュレーション結果 緑色がゲイン、赤が位相特性

 

KMQ-80がこのような特性になっている理由は低周波の時定数を含む回路部がトータルで5か所もあるので、オーバーオールのフィードバックをかけた時に低周波特性が不安定になるのを防ぐ為なのです。各部の時定数を変えて相互に大きなスタガー比をもうけて、意図的に低周波特性を悪化させて不安定化を防いでいるのです。

 

ネガティブフィードバックの基本は負帰還ですので、帰ってくる信号の位相が180度である必要が有るのですが、時定数のある回路部では位相が最大90度変化してしまうので、時定数を含む回路が複数あると、負帰還が正帰還になってしまう可能性が出てくるのです。現代の半導体アンプでは全段直結回路が当たり前ですが、昔の真空管アンプ設計はこのラックスの様な回路が標準的だったのです。

 

各部回路部の時定数と遮断周波数

①6267のカソード回路部の時定数:1kΩx100μF=0.1s:1.59Hz

②6267のスクリーングリッド回路部の時定数:680kΩx0.022μF=0.0149s:10.6Hz

③6AQ8のリークムラード回路部の時定数:1MΩx0.47μF=0.47s:0.338Hz

④12BH7Aのドライバー段の時定数:470kΩx0.022μF=0.0103s:15.4Hz

⑤出力管と出力トランスの時定数:LT/rpx600/(rp+600)=不明

 

⑤の時定数はrpが出力管6336Aの内部抵抗です。6336Aの内部抵抗:200Ωがカソード帰還によって約1/10になり、プッシュプルで更に1/2になるのでrp=10Ωになります。LTは出力トランスのインダクタンスですがLUXが公表していないので判りません。

 

LUXのカタログによると、OY15-3.6KHPのインダクタンスの最小値は60Hで、OY15-5KHPの最小インダクタンスは80Hです。平均で70H位ですので、その半分くらいと推定するとΤ=3.36sで遮断周波数は0.047Hzになります。トランスのインピーダンス比から1次巻き線のインダクタンスを推定すると、OY-15 600Pのインダクタンスは8~10H位になるので、この場合はT=1.0sで遮断周波数は0.159Hzになります。

 

尚、この回路はクロスシャントプッシュプル回路なので、負荷インピーダンスが1/4の150Ωになるという情報があったのですが、その場合は時定数が大きくなって遮断周波数が下がるので安定性の面では有利になります。

 

Τ=3.36sの条件でMQ-80のドライブ回路を見直して、周波数特性の改善を検討すると、以下の結果となりました。

 

まず初段管の6267のスクリーングリッド回路はツエナーダイオードで電圧を固定する回路に変更します。これは5極管の特性がスクリーングリッドの電圧によって大きく変化する特性を持っているので、LUXの回路ではスクリーングリッド電流で真空管の動作点が大きく変化してしまう欠点を持っている為です。しかもこの変更によって低周波の時定数が一か所減らせるというメリットも出て来ます。

 

 

 

更に初段と2段目で合わせて64dBもゲインがあるので、このゲインを落として、周波数特性の改良と負帰還の減少を検討します。初段の6267の負荷抵抗を下げる事で、ゲインの低下による低周波発振までのゲイン余裕の改善と高周波特性の改善が可能となります。現行の100kΩから51kΩにすることでゲインを5dB落として、高周波特性の‐1dB落ち周波数を27kHzから54kHzに改善出来ました。

 

低周波特性を改善する為に見直した各部回路部の時定数と遮断周波数

①6267のカソード回路部の時定数:1kΩx220μF=0.22s:0.723Hz

②6AQ8のリークムラード回路部の時定数:1MΩx0.1μF=0.1s:1.59Hz

③12BH7Aのドライバー段の時定数:470kΩx0.047μF=0.022s:7.23Hz

④出力管と出力トランスの時定数:LT/rpx600/(rp+600)=3.36s:0.047Hz

 

上記ドライブ回路の-1dB落ちの周波数特性はシミュレーション解析の結果で15Hz~54kHzと大きく改善されました。この時定数配列で20dB以上の負帰還によってアンプ回路が発振したり不安定にならないかについてシミュレーション解析した結果は、負帰還が29.2dBまで発振せずという結果が得られました。初段からトランスの二次側までのトータルゲインが45dBで、最終的なアンプのゲインを26dBとすると、負帰還量は19dBとなって、発振までのゲイン余裕は10.2dBとなり、低周波での安定性は確保出来そうです。

 

 

 

T=1.0sの条件、つまり出力トランスOY-15 600Pのインダクタンスが10H位の場合では遮断周波数が0.159Hz位になって、低周波発振までのゲイン余裕を確保するのがかなり難しい状況になります。

 

シミュレーション解析の結果では上記の回路乗数の場合、低周波発振までのゲイン余裕は15.69dBで、NFB19dBでは発振するという結果でした。LUXのオリジナルの回路の場合、シミュレーション解析の結果では発振までのゲイン余裕は16.4dBで、オーバーオールのNFBは22dBですので、こちらも発振までのゲイン余裕は取れていませんでした。

 

以前インダクタンスを測定出来るL/C/Rメーター:DE-5000を購入したのを思い出したので、KMQ-80の出力トランスのインダクタンスを測定して見ました。その結果、6336Aのプレート間で1.638H、カソード間でも1.638Hという結果でした。つまり、合計で3.276Hであることが判りました。その結果、真空管のrp=10Ω、トランスのインピーダンスを600Ωとすると、出力段の時定数はT=0.333sであることが判りました。

 

T=0.333s、つまりOY-15 600PのインダクタンスがLT=3.276Hの時のMQ-80のドライブ回路を見直して、低周波での安定性の改善法を検討すると、以下の結果となりました。

 

低周波の安定性を改善する為に見直した各部回路部の時定数と遮断周波数
①6267のカソード回路部の時定数:1kΩx220μF=0.22s:0.723Hz
②6AQ8のリークムラード回路部の時定数:1MΩx0.022μF=0.022s:7.23Hz
③12BH7Aのドライバー段の時定数:470kΩx0.47μF=0.22s:0.723Hz
④出力管と出力トランスの時定数:LT/rpx600/(rp+600)=0.333s:0.478Hz

 

この時定数配列は6AQ8のリークムラード回路部の時定数を小さくして、逆に12BH7Aのグリッド入力回路の時定数を大きくした内容になっています。これは、位相の変化を出来るだけ滑らかにして、位相が180度になる周波数でのゲインを小さく抑え、発振までのゲイン余裕を確保するという考えで検討した内容です。この時のシミュレーション解析結果を以下に示しますが、位相特性が2段増幅回路に似ています。下記のグラフでは位相が180度になる周波数は1mHz近辺で、この時のゲインは-70dB以上となっていて十分なゲイン余裕が取れています。この場合は‐1dBのゲイン周波数特性が14Hz~54kHzになりました。

 

     T=0.349sの条件で時定数配列を見直したときの解析結果     

 

その後の検討で、低周波の位相特性は変えずに低周波特性を更に改善し、ゲインを62dBに増加した定数が以下に示す時定数配列です。
①6267のプレート負荷抵抗を75kΩに変更

②6267のカソード回路部の時定数:1kΩx330μF=0.33s:0.482Hz
③6AQ8のリークムラード回路部の時定数:1MΩx0.1μF=0.22s:0.795Hz
④12BH7Aのドライバー段の時定数:470kΩx2.2μF=0.1s:1.59Hz
⑤出力管と出力トランスの時定数:LT/rpx600/(rp+600)=0.333s:0.478Hz

 

 

上記のグラフでは位相が180度になる周波数は1mHz近辺で、この時のゲインは-60dB以上となっていて、低周波の発振までは、まだ十分なゲイン余裕が取れています。この条件では高周波の特性はやや落ちますが、ゲインが62.2dBに増加し、‐1dBのゲイン周波数特性が4Hz~35kHzになりました。

 

このドライブ回路の低周波の時定数問題の完全な解決策は、初段を12AX7の差動増幅回路にして次段の6AQ8と直結にして、2段差動増幅回路にすれば一挙に時定数を3つ減らす事が可能になります。この場合は低周波の時定数が2か所しか無くなるので、OY-15 600Pのインダクタンスの値に関わらず、低周波での発振は起きない事になります。但し、この3極管による差動増幅回路では5極管のように大きなゲインを得る事が出来ないので、トータルゲインの低下、フィードバック量の減少による歪率やダンピングファクター等の特性の悪化という問題が出て来ます。

 

更に、初段の12AX7Aの特性変化によるDCバランスの崩れでは、2つのプレート電圧の変化が次段の6AQ8の動作点を狂わせて歪の大幅な悪化を招く可能性が有ります。真空管のDCアンプが普及しないのはこのあたりの問題が大きいと考えられます。市販のアンプではそのあたりが問題になっても、個人が自分用のアンプを作る場合は、一定の期間毎に初段のDCバランスをチェックして調整出来るようにしておけば、この問題もクリア出来る事になります。

 

 

上記の回路が初段を12AX7Aの差動増幅回路にして次段と直結にしたドライブ回路の例です。色々シミュレーションした結果、トータルゲインは61dBで60V出力時の歪率はMQ-80のオリジナル回路の約0.3%に対して40%低い約0.18%と低歪な回路にする事が出来ました。

 

下記にシミュレーションしたゲインと位相特性のグラフを示します。位相特性が5Hzから10kHzまでほぼフラットで、ゲインは61dBと約3dB程低くなりましたが、ドライブ段の歪率が低くなったので、負帰還をかけた時の総合特性がどうなるか見ものです。初段を12AX7Aの差動増幅回路にして直結回路にした場合の-1dBの周波数特性は1.5Hz~31kHzと広帯域な特性が得られています。

 

このドライブ回路の場合は低周波の時定数が2か所なので最大の位相変異は180度です。この位相が180度変化する時に系全体のゲインが0dB以下であれば発振の可能性が無く、シミュレーション解析の結果は負帰還による安定性は問題無しという結果でした。

 

   初段を12AX7Aの差動増幅回路にして直結回路にした場合のゲインと位相特性

 

残念ながら、MQ-80の出力トランスはクロスシャントプッシュプル用の特殊な物でスパイスモデルが無いのでアンプ回路全体のシミュレーションが出来ません。実際の特性がどうなるのか、実機を改造して確認するしかありません。