乾燥したり湿ったりの話
どうやら人は極端な乾燥と湿気を嫌うようだ。
色々なフレーズを思い浮かべても、
どちらもあまりいい意味で使われる事が少ない。
乾いた人間関係
乾いた笑い
無味乾燥
お肌の乾燥
一方、
じめじめとした
湿っぽい(話)
気持ちが湿気る
湿気た面(時化たとも)
煎餅が湿気る
など、やはりネガティヴな用途で使われる事が多いように思う。
もちろん、カラッと晴れた1日や、~が潤う、のような表現にも使われるけど、比率で言うと圧倒的に前者が目立つ。
英語でも特に日本人が日本語の会話に使う「Dry」と「Wet」はそうではないだろうか。
ドライな関係、人
ウェットな関係、人
どちらも善悪では無いにせよ、その有様を揶揄している。
確かにどの言葉をイメージしても、あまり言い感じじゃないし、出来ることならそうなりたくないし、なって欲しくない、関わりたくない。
社会生活の中ではドライな関係が相応しい場合ももちろんあるし、その方が都合がよろしい事は少なからずあるけどね。
少なくとも、自分の大切な人や物を無味乾燥した物にはしたくないし、潤った関係でいたいものだ。
人が快適に過ごせる温度と湿度
余談だけど、
人が快適に過ごせる温度と湿度は概ね、
室温18~24℃
湿度40~60%
だそうです。
湿度に関しては高すぎても低すぎても色々と弊害があって、
快適な40~60%を少し超えて70%以上になると、上がるに従ってカビやダニなどの繁殖ゾーンになるし、逆に下回ると肌の乾燥やウィルス(風邪やインフルエンザなど)が増殖しやすいゾーンになってく。
快適な状態って難しくて、狭い範囲にしかもたらされない物なんだね。
そう考えると、古来から人々が思い知らされてきた、
抗えない自然への畏怖かもしれない。
植えつけられたDNAが、快適さをある程度コントロールできるようになった今でも、それを感覚的に表現する道具として使うのかもしれない。
さらに余談の余談だけど、
相反する表現の言葉に「熱い」と「冷たい」がある。
冷たい人
冷めた関係、など「冷たい」の方はネガティヴな使われ方もするけど、
熱い思い
熱い人
熱いエールを送る
今、~がアツい!
など、片方だけがもてはやされるケースもある。
願わくば、熱い思いを冷たいビールで乾杯したいものだ。
