えらっきーの日記 -36ページ目

えらっきーの日記

日常の出来事を日記のように書いていきます。

本屋のない町が増えてきているということですが、本屋のない町の子供たちは、どうやって勉強しているのだろう?

ネットで本は注文できるとは言っても、やはり一度見ておかないと、自分に合わない参考書を買ってしまうリスクがあるし、複数の参考書から比較してこそ、自分に合った参考書を手にすることができると思う。

それに、参考書以外でも知識を得るにはやはり本がいいと思うので、近くに本屋がないとかなりきついと思う。

 

特に高校があるのに本屋がない、なんてことになったら、その高校の生徒は勉強しなくなるのではないかと思う。

 

こういうのも都会と地方の格差につながっているのではなかろうか。

 

もちろん、本屋がないのは、経営が成り立たないからにほかならない。

 

この格差を打開するには、国がサポートしていくしかないと思う。

すし飯を作るのが面倒なので、すしのこを使うのですが、さっき買いに行ったら、推しの子とコラボしていました。

推しの子の絵があって、なんだろう?と素通りしたけど、そこにすしのこがあったはず、と思って戻ったら、やはりすしのこでした。

 

 

推しの子も好きなので、得した気分ではあります。

テレビでスーパーなどの特集をしていて、〇〇だから、××して売る、みたいな戦略を紹介することがあるけど、その戦略に乗せられて、その商品をまんまと買わされたお客の気分はどうなんだろう?

 

私だったら、思惑通りに買わされてしまった、と敗北感を感じてしまうが。

 

こういう戦略にはまる人たちがいるから、企業がやっていけるし、企画する側も楽しく仕事ができるわけだが。

シンデレラで、ガラスの靴が脱げて、その後、王子様がガラスの靴にサイズが合う女性を探すわけですが、靴が脱げたということは、サイズが合っていなかったのでは?と思ってしまう。

 

若干大きかったから脱げたに違いない。

 

そうすると、ぴったり合っている女性を探しても、本人にたどり着かない。

 

それ以前に、ぴったり合う女性が1人しかいないとも限らない。

 

結局、靴のサイズがちょうどよくて、好みの女性を探していただけではなかろうか。

今朝のがっちりマンデーを見ていて、二歩先に行くとルールが変わるから、二歩先にはいかない、という話があって、納得しました。

 

飛びぬけると、それを潰す動きが起きるので、少しずつ改善していくのが効率的な場面があるということ。

 

もちろん、その前提はルールを守っていること。

ルールを逸脱していたら、それはルール違反を言われておしまい。

 

ただ、ルール違反を理解できずに、自分が飛びぬけているから叩かれている、と思っている人もいるけど。

濡れると滑りやすくなる通路って、どうしてこんなもので道を作っているのだろうか?と疑問に感じる。

雪が降って滑るのであればまだしも、滑りやすい床のために、注意して歩かないといけないなんて。

 

濡れても滑りにくい床にしないのは、何か意図を持っているのだろうか?

本当に迷惑。

立ち食いソバなどで、食券を買う自動販売機が置いてある店が多いけど、この自動販売機のボタンの配置が気になる。

 

何らかの法則性があればよいのだけど、雑然と並んでいるから、注文したいもののボタンが見つからず、ずっと探していることがある。

 

わかりやすい配置で、客のストレスも減ると思うのだけど。

選挙を見ていて、なぜこの人にこんなに人が投票するのか?という疑問がある。

普通に見て、おかしいと思うのだけど、指示する人たちはそう思っていないわけで、同じような考えや行動をする人がたくさんいるということでもある。

 

こんな状況だから、まともな人の意見が通じないのは仕方ないようにも感じる。

 

日本の教育をきちんと受けていれば、こんなことにならないと思うのだけど。。

年金のように、収入があると支給額が減額される制度があるので、政党交付金も同じようにパーティ券や政治献金があったら、その分政党交付金を減額する制度を作ればよいのではないかと思う。

 

政党助成制度は、政治献金により政党がその献金をした人たちに便宜を図るようなことがないようにするために作られた制度のはず。

政治献金やパーティ券が残っているのがおかしい。

 

やるのであれば、その分を政党交付金から減額すべき。

税金からお金をもらっているのだから、これくらいはやるべきでしょう。

ネットを見ていて、専門家に楯突く人がいますが、あれって何なのでしょう?

専門家の発言に、違うと言える人って、専門家以上に詳しいってことですよね?
そんなこと、あるのでしょうか?
 
仕事でも、その分野の専門家に楯突く人がいます。
専門家が言っているのだから、そのことはこれで正しいのに。
もちろん、専門家だから正しい、ということは本当はなく、客観的に精査をする必要はあるけど、多くの場合、やはり専門家は正しい。
仕事のその分野の専門家は、学者的な正しさはないかもしれないけど、その分野について、いろんな視点で考えて、整理しているのだから、その結果としての発言等はやはり正しいことが多い。
 
 
専門家にも弱点はある。
専門家は、十分に考えていると思っているが、突拍子もない意見などを受けると、それが本当に意味があるのか考えてしまう。
正しい答えをすべき、というのも背景にある。
 
専門家になり切れない人は、こういうとき、適当に答えるし、相手を言い負かすことに喜びを感じていたりもする。
こういう人には気を付けたほうが良い。
専門家っぽいけど、専門家ではないので。