学校の授業は予習をしていくものと思っていました。
予習して、授業で復習。
わからないところを事前に把握して、授業で理解。
だから、授業は一種のクイズ大会に思っていました。
(生徒に投げかける質問は、早押しクイズのような感覚で、即答していました)
でも、予習してもわからない人は、予習に時間を使うよりも、授業で先生の話を聞いて理解して、家に帰って復習する方がよい、という話を聞いて、なるほどと思いました。
一方で、こういう人たちは大学の研究や社会に出て、どうするのだろう?と思いました。
人から教えられないと困る人が大学院に行って研究することはないと思うので、大学4年の卒論を考えると、先生に教えてもらってやることもあり得るから、まだ大丈夫かなと思うけど、社会に出たら教えてもらえるとは限らない。
(数学科は卒論がない場合もあるので、卒業まで困ることはない)
仕事で問題にぶち当たっても、助けてくれる人がいない場合も多い。
そうすると自分でどうにか解決しないといけないのだが、書籍や論文などを見ても理解できないわけだから、正しい解決ができない。
その人だけが困るだけならいいけど、会社に迷惑をかけるようなものであれば、大事になる。
実際、中小規模の保険会社にいた経験からすると、誤った判断で実務が構成されているのを見かける。
指摘しても、問題を理解できていないから、指摘されている内容も理解できない。
保険は形がないから、その分、学問的な視点で正しいことをしないといけないのだけど、それができていない会社があることに恐怖を覚える。
それは、そういう会社の商品を買っている契約者が、適切な商品ではない可能性があるから。
小中高生程度の勉強であれば、頑張れば自力で予習できるようになれると思うので、予習できるレベルに児童・生徒の学力を伸ばしていくのが教育の課題に感じた。