公共性が高くなるにつれ、そこに所属する人間の倫理観の高さを求められていくものと考えている。
何かやるときには、客観性を重視して、客観的に正しいと言い切れないものはやらない、くらいの意識が必要。
だけど、日本はそれが欠ける人がこういう立場の重要なポジションにいることが多い。
会社の役員、政治家、そして公共団体の構成員。
大きな会社の役員になると、社会的地位が高くなり、特別扱いされると信じている人がいるし、
政治家や知名度の高い公共団体の構成員なんかも、同様。
昔から、倫理観の低い人たちが起こす汚職のニュースが絶えないのは、日本人は通常は高い倫理観を持って生活しているが、一定の立場になると、その倫理観がなくなるからなんだろう。
海外の人たちも、今回のオリンピックでの汚職を見て、日本はそういう国だと理解してほしい。