広辞苑にはこう書かれている。
FBでは多くの人がコメントやメッセージを寄せてくれる。私の仕事の性格からか、異郷の地の異性は意外と執着心が強いような気がする。
私は英語でのコミュニケーションはなんとかできるけれど、スペイン語やフランス語となると、たちまち頭が痛くなる。
多くの人がコメントを寄せてくれるのにできるだけ返答していたのだけど、思いが伝わってくる分、正直、わたしの頭はキャパを越えオーバーヒートしてしまって、返事するのが億劫になってしまった。
ある時、私がpreciousと交際しているという宣言を敢えてしたのにも関わらず、しつこく関わろうとしてきた人たちを制限してしまったら、直接メッセージを送られてきて、
自分の何が悪かったのかという・・・これにはもうお手上げ(笑)
今日も同様のメッセージをもらった。3人目になる・・・私たちは友達ではないのか?と問う。会ったこともないのに・・・ふぅ~、疲れる(-“-)
これまでのように言葉を交わしたい・・・?・・理解できなくもないが、どうして婚約者のいる身分の人間とFBという公共性ある場で、そんなことをしたいのだろうか?と疑問ばかりが浮かんでくる。
なぜ私が拒否しているかというと、はじめは私の友達と言いながら、だんだんと私の最愛のLukeという表現にエスカレーションし、毎日のように頻繁に私のウォールにポストしてくるようになるからだ。年上の女性だからと言っても、これはpreciousに対しても気持ちの良いものではない。
残念ながら、このような自分本位の人間、独占欲の強い人間は私の最も好きではない人たちだ。きっとこれからも関わることはないだろう。
不安の取り巻く世界にあって、何か正しい、信頼の寄せられるものがあるのだとしたら、一体何なのだろう?
自分の胸に手を当て自分の存在を確認すれば、それ以上のものは無いはずだと思う。
その自分も信じられないのであれば、何らかの治療が必要だと言わざるを得ない。

