どことなく元気のない様子だったJulien
しばらく押し黙っていたので放っておいたのだけど、
やはり重い口を開くと、
試験の結果がうまく行かなかったとのこと。
自分以外のほとんどの人間が合格し、
どんどん職が決まっていくのに自分はmediocrety(凡人)
あるいはそれ以下だ。
失業手当ての期間もあと数か月なんだと
泣き言をいっている。
「並以下ではないだろ。多くの才能(可能性)があるじゃないか」となだめても、
「たとえあったとしても、それの活かし方が僕にはわからないんだ」と答える。
私もそれ以上、言葉が出てこなくてしばらく黙っていたら、
急に不安げに畳み込むように
「こんなことで落ち込んでる僕のことなんか嫌でしょ?」
と聞いてくる。
さすがに閉口してしまったが、
「そんなことはない、じゃあ僕にできること、
してもらいたいことがあれば教えてくれないか」
と問えば、
やさしい言葉をかけてくれとのこと。
「はぁ?なんだよ、それだけでいいの?」
「うん・・・」
それからしばらくの間、なだめるために私の貧困な語彙を頭の中から
引っぱり出しながら、必死で言葉を投げかけることに。
落ち着いたのか、しばらくして眠たいといい眠りについたようだった。
まったく子どものようなやつだ。
しかし話をしていると、私が講義をしている医大生などよりも
着眼点の的確さと、しっかりとした問題意識を備えている。
(これは、仏国の教育の仕方にあるのかもしれない。
大学へ入る前に面接・論文のテクニック(問題提起などの論法)を
当たり前のようにトレーニングされるということを
最近、どこかで聞いたことがある)
かなり聡明な頭をしているのに、どこで踏み外したのか、
失業の憂き目に甘んじ、いまのようなモラトリアムの時間の中で
文字通りもがいているように映る。
本人にとっては、かなりつらいのだと思う。
収入を絶たれ、親のすねをかじっている立場は精神衛生上も
よくないことは十分わかっているつもりだ。
私には多くを話してくれるのだが、やはり物理的な距離は
そう簡単には縮まらない。
年下の弟に手を差し伸べてあげたい兄のように
どうにかしてやりたい気持ちでいっぱいなのだけど、
実際は自分で這い上がらねば、
危機は回避できないし、けして自分の達成感にも自信にもつながらない。
まだしばらくJulienのこころが晴れる日は遠そうだ。
私がひとつだけ気にかかる点を挙げるとすれば、
彼の良い所でもあるが、
その容姿が何かの邪魔になっていることだと思う。
FBでも彼のファンは大勢いる。
美しい顔立ちは多くの人の心を惹き付けて止まないのだと思う。
最近、ヒューマンリソースの本を読んだらしく、
今朝は法学は本当に嫌いだけど、
経済学は大好きだと言っている。
お前は一体何をやりたいんだ?
9500キロも離れた人間と共に悩んでいる自分も滑稽だが、
滑走路を離陸するまでは見守っていてあげたい。

気が付いたら、私のletter headを自分のcover photoに使っていた
