サイキックマッサージの体験談 をシェアしてくれたボディワーカーさんが、
今、OSHOの『こころでからだの声を聴く 』を読んでいると教えてくれました。
この本は、サイキックマッサージの創始者サガプリヤの『マスターズタッチ 』と共に
ボディワークを行う私のバイブルとでも言える本で、
以前のブログでもご紹介させていただいています 。
何度も何度もこの本を読み返していたので、
ここに書かれていることは、無意識の中に染み込んでいるようで
以前と違うのは、"花"に意識を向けるようになったこと。
それは、同じ毎日をまったく別なものに変容してくれたのです。
普通、マインドはいつも痛みを意識しているが、至福を意識することはない。
頭痛がするとき、あなたはそれを意識する。
頭痛がないと、頭の健康を意識したりはしない。
身体が痛むときはそれを意識するが、身体が完全に健康なときは健康を意識しないものだ。
これこそ、なぜあなたがそこまで苦悩を感じるのかの原因だ。
私たちの全意識は、痛みに焦点を当てている。
私たちは棘ばかりを数える-花の方には、まったく目を向けない。
どういうわけか、私たちは棘を選び、花を無視する。
もし怪我をして常に痛みがあるなら、驚くには及ばない。
そうあって然るべきだ。
何らかの生物学的な理由で、そのようになっている。
自然は、痛みを避けられるようにするため、あなたに痛みを意識させるよう計らった。
それは、埋め込まれたシステムだ。
そもなければ、手に火傷を負っていても、あなたはそれを意識しないかもしれない。
すると、生き延びるのは困難になる。
だから自然は、痛みを意識することを非常に重要で避けられないものにした。
だが自然は、嬉しさや歓びや至福を意識することを、埋め込まれたメカニズムにしなかった。
それは学び、鍛錬しなければならない。
それは、ひとつの技(アート)だ。
この瞬間から、自然でないものに気づくことを始めなさい。
たとえば、身体が完全に健康だと感じられるとしよう-静かに座り、それを意識しなさい。
健康な状態を楽しみなさい。何も悪いことはない-楽しみなさい!
それを意識するよう、つとめて努力しなさい。
あなたは充分に食べ、あなたの身体は満足し、満たされている-それを意識しなさい。
お腹が空いていると、自然はあなたを意識させる。
しかし自然には、あなたが満足しているときに、あなたを意識させるシステムがない。
それを育てることだ。
自然は、それを育てる必要がない。
なぜなら、自然が望むのはただ生き延びることだからだ。
それ以上のことは贅沢だ。
至福は贅沢、最高の贅沢だ。
そしてこれは、なぜ人々がそこまで苦悩するかについての私の観察だが
-人々は見かけほど、本当に苦悩してはいない。
大きな喜びの瞬間はたくさんある。
しかし、それらは過ぎ去る。
彼らは、まったくそれに気づかない。
彼らの記憶は、痛みと傷でいっぱいのままだ。
彼らのマインドは、悪夢でいっぱいのままだ。
美しい夢や詩的な光景がないわけではない
-それらもまたそこにあるが、注意を払うものがまったくいないのだ。
二十四時間のうちに、神への感謝を感じるような出来事が多く起こる。
でも、あなたは気にも留めない!
この瞬間から、それを始めるといい。
すると、至福は日毎にますます膨らみ、
それに比例して痛みと苦悩がますます萎んでいくことに驚くだろう。
そして、生がほとんど祝祭(セレブレーション)になる瞬間が訪れる。
痛みはほんの時たまで、その痛みもゲームの一部だ。
それに困惑されられることもなく、動揺させられることもない。
人はそれを受け容れる。
私にとって、身体を感じること、ボディワークは
花を思い出す一番の方法だったのです。
KAYAM からだとこころの休憩所