随所に主となれ
2日間東京出張でした。
機内で中谷彰宏さんの
「嬉しい派」「楽しい派」
に関する記事を読みました。
「嬉しい派」は人から
何かしてもらったら嬉しい。
褒められたら嬉しい
承認されたら嬉しい
優しくされたら嬉しい
しかし期待通りの答えが返ってこなければ
嬉しいの反対の感情に襲われる。
つまり相手の反応で
一喜一憂されてしまう。
一方、「楽しい派」は
相手の反応で左右されない。
仕事も恋愛も
「自分が好きになった」のだから
楽しい基準でドライブしていける。
その違いは生まれつき性格なのか?
と言うとそうでもないらしい。
人はみな乳幼児に
親から何かを与えられることで
成長していく。
親から褒められて頑張る
親から認められると嬉しい
そこから発達自我という時期を迎え、自分で見つけた友人や恋人などを中心に「自分の楽しさ」を見つけ自立してゆく。
その時に親離れがうまくいかないと
嬉しい派のまま「代理親」を
誰かに求めることになる。
これは会社でも思い当たります。
入社時は覚えることが多く
つまり機会に比例して
褒められることが多いのですが
年次が高くなればなるほど
求められるレベルも上がるために
褒められる機会も減ってきます。
つまりキャリアステージに上がるまでに自分の仕事のなかに「楽しみ」を見出せなければ、外発的な動機(それは褒められることや報酬)以外ではやりがいを見出せなくなるというジレンマが起きます。
しかし、結局のところ
楽しみは自分で見つけるしかない。
ちょっと突き放すようですが
親離れ(自立)を誰かが促すことは
できません。
仏教に
「随所に主となれ」
という言葉があります。
いろんな場面において人間は
一時の感情や安きに流されやすいが
しかし、いつ如何なる時も
自分が主体であれ、という意味。
改めて意識したいと思います。
