三角形のこころ持っていますか? | 株式会社イプラ社長のブログ【タイツ社長のこちら販売促進課】

三角形のこころ持っていますか?

月曜日の朝礼で「性善説」の話をしました。


エール大学で行われたある興味深い心理学実験。
どんな実験かというと、生後6ヶ月から1年未満の赤ちゃんを集めてある映像を見せる。

それは丸い図形が平らな道を歩いてきて坂道を登ろうとする。



ところが上から四角形が立ちはだかって押し返してくる。マルは一生懸命登ろうとするけど四角形があるから登れない。



すると三角形が現われてマルを下から押しあげる。ついにマルは四角形を押しのけて登りきる、という内容。




その後で赤ちゃんに3種類のクッション(マル、三角形、四角形)を与えると80%の赤ちゃんが三角形を選ぶ。今度は色とか図形を入れ替えて実験する。だけど不思議なことに後ろから助けていく図形をやっぱり選んで遊ぶ結果になっちゃう。


有名なフロイトは「新生児は白紙のように道徳観念を持たない」という説を提唱したけれど、人間は本来、人を助けたい、困っている人に手を差し伸べたいという性善説に成り立っているのではないか?というのがこの実験の仮説です。


しかし世の中はいろんな人がいますね。先日もスーパーで買い物して包装していたらトイレットペーパーを巻き取るように惣菜用のビニル袋をおおめに取る人がいるんですね。カラカラカラカラと。いや、悪党だなぁと思ったらなんと自分の父親だったりΣ(T□T)ガーン。


それはさておき、人はそもそも性善説だとして誰かを喜ばせたいと思っている。では、それがどこでいきなり性悪説になってしまうのか?


ネットでこんなアンケートがありました。


「泣きながら歩いている幼い女の子に声をかけるべきか?」


つまり「変質者と誤解される」リスクを考慮するか?と。信じられないことにネットでは声をかけない人が多数派だったりする。


もうね、こんな例は世の中にたくさんある。


電車で席を譲るときに断られるんじゃないか?だとか。
知らない人に元気よく挨拶するのは恥ずかしい、だとか。
社内に上司や先輩がまだ残っているから帰りにくい、だとか。


みんな赤ちゃんの頃は性善説だったのにいつの間にかちっぽけな自己利益と引き換えに大切なものを捨ててしまう。


お年寄りを助けたいと思えば席を譲る。
相手を気持ち良くさせたいと思えば大声で挨拶する。
先輩が遅くまで残ってるなら何か手伝えないかと声をかける。


思えばこれはみんな三角形の行為ですね。

そして深いレベルで人を助けたり喜ばせた者には目に見える形で、たとえば感謝やお金というものが返ってくる。


会社でいうと業績。
業績というのは喜びを集めた結果に過ぎない。
喜びを集めた量がそのまま業績となってるから。


ただ単に仕事をこなす、のではなく三角形のこころをもっていますか?ということが大切なことだと思います。