「崖の上のポニョ」における考察
ええっと・・・。
考察シリーズ第二弾です・・・。
先日、仕事を終えてフラっと映画館に立ち寄りました。
いまさらながら・・・ですが、「崖の上のポニョ」を見てきました。
全てのアニメーションを色鉛筆のタッチだけで描かれたのではないか?と思わせるほど全編にわたって優しいタッチで描かれていました。
最近の映画・アニメでは珍しいですね。
一昔前の「未来少年コナン」は確かこんなタッチで描かれていたような気がします(それはデジタル技術が進んでいなかったからだと思いますが)。
有名な話ですが、登場人物の「宗助」は宮崎駿監督の息子である宮崎五郎氏の幼少時代をモデルにしたと言われております。
*幼少期の宮崎五郎氏をイメージ?
ちなみに、宮崎駿監督も映画化を手掛けたかったといわれる「ゲド戦記」を、監督未経験の宮崎五郎氏が手がけた時、
「思いで映画を作っちゃいけない・・・。」
と不快感を示し、親子間の確執をメディアに露呈したことでも知られています。
そんな宮崎監督が確執のある息子の幼少時代をテーマにした「崖の上のポニョ」。
どんな思いで作られたのか興味がありました。
全編に渡って主人公「宗助」に温かい手を差し伸べる老人ホームのお婆さん達、母親、そして海から来た「ポニョ」。
いろんな角度から「宗助」に対する愛情あふれる視点が描かれています。
でも一つだけ描かれていない(交わってこない)人物がいます。
船乗りの父親です。
「宗助」が家のベランダから父親の乗っている船に向けて光を使った交信(モールス信号)をするシーンがありますが、父親と息子が交流するシーンはたったこのワンシーンだけです。
ラストでも父親の船が帰港するシーンがありますが、ここでも父子の再会の前にエンドロールが流れます。
私は、宮崎五郎監督「ゲド戦記」の試写会を見終えたあとの宮崎駿監督が「思いで映画を作っちゃいけない」という発言の真意がわかりませんでした。
しかしこの映画を見て、実は宮崎駿監督は「思い」ではなく「伝えたいこと(気持ち)」を主軸に作られるべきだ、ということを宮崎五郎氏に伝えたいのではないか・・・と思いました。
(「ハウルの動く城」を最後の作品にしたかった宮崎駿監督が息子の「ゲド戦記」を見て、またメガホンを取ったといわれるのが本作品。)
つまり仕事中心で決して家庭寄りではなかった自分の生き方に対する後悔と家族に対する不器用な愛情。
天才にありがちな、直接伝えることが苦手な感情のコントロールを自分の作品に込めた。
だからこそ「宗助」に対する、溢れるほどの愛情が映画の全編から感じられる。
幼少時代にあまりかまってあげられなかったことへの懺悔?後悔?それとも過去への愛情の投影・・・?。
過去の作品のようなメッセージ性はなく、ただただ温かい。
・・・と、勝手な感想述べてまいりましたが・・・。
とにかく温かい映画です。
というわけで、オスギさんの代わりに言わせていただきます。
「今すぐ映画館イキなさいっ!」
ほのぼのした気持ちになれますよ。

