はじめて夏の帰省を取りやめた。



そしてはじめて
今の気持ちを数値化してみた。



行きたい:行きたくない=3:7



【行きたい】
両親の喜ぶ顔が見たい
孫を会わせたい
年に数回の機会、新鮮であり懐かしくもある



【行きたくない】
気を遣う
手伝わなくてはならない
負担をかけてはならない




しんどい気持ちを


*帰省は常識
*手伝うのは当然
*「親しき仲にも礼儀あり」


思考で長年蓋をしていたので
料理以外の家事は全てやっていた。





〇母自身も祖父母の家でせっせこ動いていた幼い頃の記憶

〇家事をする母のため息に罪悪感を感じた経験

〇「来るのはいいけど何もしてあげられないよ」と過去に言われた記憶



様々が未だ心に留まっている。





何もしない私じゃ歓迎されないんだ
ありのままでは受け入れてもらえないんだ




そんな悲しい気持ちが未だあるんだ。



わたしにはわだかまりがまだあるんだ。





この前提があるから


わたし何処へ行っても
頑張っちゃうんだろうな。
喜ばせたくなっちゃう癖が出るんだろうな。




ただ昔と断然違うのは


わたしの頑張り癖の原因がハッキリわかっていること





がっかりされる恐怖と戦いながら
嫌われるかもしれない恐怖を感じながら




ありのまま
できないまま
やりたくないことをやめて
やりたいことをする




いい子しないチャレンジ
頼るチャレンジ




今日は疲れて横になっていたら


タオルケットをかけてくれていて(子ども)
起きたら洗濯と食事が出来上がっていた(夫)






きっと世界は優しいんだろうな。。







年老いた両親に

負担をかけたくないし、
喜ばせたいキラキラが強力なんだろうな。。



でもいい子したくないわたしの気持ちも
大事にしていい。






なんだかんだ言ったって



子どもはいつだって親想い



わたしの心に愛がある



誰の心にも愛がある