隣家のおじさんが仕事に行っている間は、心が休まる。
帰ってくると、ちょっと気持ちが沈む。
隣なのに顔を合わせたくない人。
隣のおじさんのことなんか気にしたくないけど、やっぱり駐車の仕方が気になってしまう。
以前されたように、駐車場から大幅に車をはみ出して止めて、うちの車が入れづらくならないだろうか?
また、大量のゴミをうちの敷地にはみ出るくらい置かれないだろうか?
なんてことを考えてしまう。
起きてから考えればよいことなのだろうが。
もっと気にしない人間になれたら楽になれると思う。
隣家のおじさんが仕事に行っている間は、心が休まる。
帰ってくると、ちょっと気持ちが沈む。
隣なのに顔を合わせたくない人。
隣のおじさんのことなんか気にしたくないけど、やっぱり駐車の仕方が気になってしまう。
以前されたように、駐車場から大幅に車をはみ出して止めて、うちの車が入れづらくならないだろうか?
また、大量のゴミをうちの敷地にはみ出るくらい置かれないだろうか?
なんてことを考えてしまう。
起きてから考えればよいことなのだろうが。
もっと気にしない人間になれたら楽になれると思う。
うちから少し離れた月極の駐車場で、久しぶりに小学校低学年と思しき子ども達が、
駐車場の石を投げたりおしゃべりしたりして遊びはじめた。
そこへ、近所のおじさんがやってきて言った。
「ここは駐車場だから、遊んじゃだめだよ!!」
子ども達はすぐにいなくなった。
前は、そこでかなり派手に水かけっこや石投げをしていたのを見たことがある。
駐車していた車は、水でびしょびしょだった。見ていないけど、投げた石だって、車にぶつかっていたとしてもおかしくない。
そのときも、しばらくして近所のおばさまがやってきて、見かねたような顔をして、やんわり注意していた。
今回は、近所のおじさんがきつく注意していた。
こういう、近所の大人が、自分の子どもじゃなくてもちゃんと注意できる、みんなで子ども達を教育できる
ようにならないと、何も改善しないんだろうな、と思う。
注意してくれたおばさまもおじさまも、年齢的には60代くらいの方だし、昔からそこに住んでいる方だから、より効果があるのかもしれない、と思った。
先日の、道路でのボール遊びを注意した若い奥様、そして今回のおじさま、ずっと前に注意してくれたおばさま。
この地域も極悪じゃないことがわかってきた。
と同時に、私の以前の注意の仕方じゃ、まだまだ甘かったんだなー、と思わされた。