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やよいのブログ

思ったことを書き綴っています。

隣家のおじさんの車が駐車してるだけで、気分が悪くなる。今後何年も暮らしていく家なのに・・・、なんか

隣家のことを考えずに過ごしたいんだけど、車が嫌でも視界に入るから、気分がダウン。


もっと心を広くもちたいと思いつつ、この嫌な感情はどこから?と自分に問うてみる。


それは、今までの積み重ねなんだ。


隣家の息子のボール遊びや敷地侵入。注意した数日後に、その子の親に睨まれる。


時期を同じくして、うちが出かけようとすると、向こうも見計らっていたかのように出てきて、挨拶もせず早歩きで向かってきて通り過ぎたり、またもや睨まれたり・・・。


おまけに親までウチに敷地に入って、うちのものを踏んづけて壊してもそのまま。


隣家の友人の車が長時間ウチの前に何度も路駐し、ウチの車が駐車できないために移動をお願いしたら、いやーな感じで無言で移動したあと「すみませんね~」とまた嫌な感じで一言。


かかわらないのが一番だが、何せ隣家。これも何かの因果と思って、今は耐えるしかないのかな・・。


本音は、離れたい。




外で騒ぐ子どもの声にイライラして、子どもを切りつける事件。

そんなこと絶対にしちゃいけない。あってはならない。


でも、子どもの声にストレスを感じる気持ちは分かるんだ。


近所の子どもたちに、敷地侵入や、物を倒したり壊されたり、車にボールを何度も当てられたりしていると、外で子どもの声が聞こえるだけでストレスに感じる。


一度、ウチの敷地に入ったり出たりを繰り返している隣家の子に

「どうしたの?」と聞くと、

「何でもありません」とムスッとした口調で答えた。


人んちの敷地に入っていて「何でもありません。」はないだろ。 と思いつつ、


「車にボールを当てないように気を付けてねー。」と言うと、、、、無視。


「わかった?」と問いかけると、「・・・・はいはい。」とめんどくさそうに答えた隣家の子ども。


その数日後・・・、私が出かけようと車に乗るとき、隣家のオヤジが出てきて私の前を通り過ぎるとき、


おもいっきり私を睨んで通り過ぎていった。


隣家の子ども(Aくん)が、自分の親に、私のことをすごく悪く言ったのかな・・・・なんて思った。


ある日、近所の人が、

「Aくんが柵を越えて勝手に敷地に入って庭の水道を勝手に使っていたんだよね。」


「親は見てないんだよねー。」と言っていたり、


他のご近所さんもAくんたちの敷地侵入で迷惑していることを聞いたときは、


自分だけじゃないんだと救われる思いがした。


今は、隣家の車が駐車しているだけで、何とも言えない不快な気持ちになる。

 

隣家の車がないときは、なんとも平安な気持ちになる。この繰り返しだ。


こうやってブログに書くことで、少しでも自分の気持ちが整理されたり、他の人のブログを読んで、


自分だけじゃないんだと、心強く感じたり慰められたりしていることに感謝している。

外で子どもの声が聞こえる。春休みになったんだ。道路でどんちゃん始まらなければいいが。


昨日、私の帰宅時に、隣家と近所の小五(もうすぐ小六)の子ども二人が、また向かいの家の敷地に入って行くところを目撃した。


隣家の子どもは、私の顔を一瞥してから向かいの家の裏側に入っていった。


もうすぐ小六にもなろうガキが、人んちの敷地に平気で入っていく。


その向かいの家は、車がないから外出中のようだ。


敷地侵入する隣家の子どもの家には車が止まっている。ということは、隣家のガキの親は家にいるということだ。注意しないんだな。ていうか、敷地に入っていることを知らないのかも。



子ども達の敷地侵入について注意喚起する回覧板は今まで2回回ってきている。


なのに、隣家のガキは相変わらずだ。 親は回覧板読んでいないんだろうな。


他の内容の回覧板も、記名・押印する必要がある場合も、隣家だけは記名・押印してない。


読まずにそのままウチに届けてるっていうことだろう。



隣家のガキの父親も我が家の敷地に平然と入ってくるくらいだから、この親にこの子ありってことなんだろう。


隣家だけど、本当にかかわりたくない。