前回のブログで書ききれなかったことの続きです。

 

ちょっとキャッチーなタイトルになってしまいましたが…、

 

真剣にビックリマーク20世紀の歴史を知るという意味で非常に価値の高い名作です。

 

現在のダライラマ14世が4歳のときに、ダライラマ13世の生まれ変わりとして捜索隊に見出されるところから物語が始まります。(マーティン=スコセッシ監督、1997年度作品)。

 

生まれ変わり判定テストがどのように行われるかは映画をご覧くださいねウインク(映画には描かれていませんが、実際にはテストを行なう前に、ダライラマ13世の亡骸が転生者のいる方角に向いたり、捜索のヒントになるお告げがあったりしたそうです)。

 

実のことを言えば、その4歳のラモ君(後のダライラマ14世)が本当にダライラマ13世の生まれ変わりなのかはそれほど重要ではないのかもしれないと思いました。

 

ただただ、そのラモ君が「大きな使命を担い、その重責を引き受け、ひたすらに己の役目を全うする姿」に心を打たれます。

 

もはや「自分が誰なのか」とか、「なんのために生まれてきたのか」とかに煩悶する余地はありません。ただただ「民のことを思い、祈り続ける」という自分の使命を果たすことに専念する人生がそこにありました。

 

それを見ながら私の心も過去にトリップしました。

 

実は私、30年以上前にネパールにヒマラヤトレッキングに行ったことがあるんです。

トレッカーとして泊めてもらった村は、映画の中のラモ君の生家と同じように、周囲に高い木が一本も生えていない荒涼とした土地にありました。

 

ジョムソン街道と呼ばれる森林限界を超えた標高2700m以上の山あいでは、信仰心厚いチベット系の人々の暮らしが営まれていました。

当時、トレッキングルートの高山地帯には電気ガス水道も、車が通れる道路も一切ありませんでした。

 

なのに若かった私は、お宿でお金を払ってお茶やチャパティを出してもらうのは当たり前だと思っていました。

…30年以上経った今、映画を見ながら私は自分の傲慢さを恥じました…。汗

 

いただいたお茶もチャパティの粉も、お湯を沸かす薪もヒマラヤでは全て人とヤクが担いで運んできた物でした(当時)。

それがどんなに貴重なものか、若い私は何ひとつわかっていなかった…。

 

何でもお金で買えばよいという私の当たり前は、チベット人には当たり前ではなかったのです。

 

話しを映画に戻しますが…。

 

ダライラマ14世が身の危険が迫る中、命からがらインドに亡命するまでを描いたこの映画。

圧倒的な映像美、チベット密教の観念世界、信仰と不可分の暮らし、そんなチベットの小宇宙がスクリーンいっぱいに広がります(チベット人が英語を話すのは残念ですが、名演)。

 

「宗教は麻薬だ」と皮肉な笑みを浮かべる毛沢東…。

 

ダライラマを尊敬し、祈りを捧げながらささやかな毎日を生きていたチベットの民が、人民解放軍の暴力よって無残にも倒されて行くシーンに胸がえぐられます。

 

果たして自分の価値観が絶対に正しいものなのかはてなマーク

自分の価値観を振りかざして、傲慢に他者に押し付けていないかはてなマーク

 

重い問いを突きつけられます。

 

…この古い映画がなぜかこの夏台湾で劇場リバイバル上映されていたので、早速鑑賞してきました。

今でも色褪せない輝きを放っています。

アマゾンプライムなどで鑑賞できるようですので、よろしければご覧くださいね。

 

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