春言葉 「山笑う」 | NPOの民間図書館  窓口日誌ブログ

春言葉 「山笑う」

千葉駅から千葉駅前大通りを歩いて、ちばぎんざ図書館に来るとき
京葉銀行ギャラリーの飾り窓を眺めるのが楽しみなメリヤスです。
季節ごとの風物詩とそれぞれの季節を表現する言葉が組み合わされ
「春を奏でる」琴と桜の花、
「甘い春」千葉県伝統工芸品に指定されている雨城楊枝と桜餅草餅羽二重餅、
「風光る」は五月の頃の季語で色鮮やかな和紙で作られたこいのぼり、
「山笑う」はやはり春の季語、萌黄と花の色に染まる春山を描いた浮世絵、
春の美しさを言葉と伝統工芸品で表現する趣向に溢れています。

でもね。
ごめんね。

穏やかで心の浮き立つ春の芽吹きを「山笑う」と詠んだ先人の美学なのに
70年代の松本零士先生の漫画を愛読していたメリヤスだから
(ご幼少時代を過ごした団地の中の小さな小さな本屋の品揃えの所為である)
「山笑う」で観念連想するのは戦場まんがシリーズ『スタンレーの魔女』だ。

第二次大戦中、日本軍と連合軍がええとポートモレスビー作戦で……。
パプアニューギニアのスタンレー山脈は稜線が女性の横顔に見え……。

現地落ちこぼれ部隊の敷居航空兵の愛読書は『スタンレーの魔女』
飛行機乗りたちの伝説的英雄である航空探検家ファントム・F・ハーロックが
唯一、越えられなかった魔の山・スタンレー山脈を越えることが彼の夢。

スタンレー山脈攻防の戦闘中に連合軍のパイロットがジェスチュアで
≪ここから先はもうダメだ≫と敷居たちの一式陸攻に伝えて撤退してゆく。
あいつも同じ本『スタンレーの魔女』を読んだのだろうか、と思う敷居。
そこには敵も味方もない。ただ空と飛行機に魅せられた男たちがいるだけ。

片肺だけになった一式陸攻でスタンレーを越えた敷居が見たものは……。
7人乗りの機体の中でたった一人生き残った自分、
そしてあまたの空の男たちの命を奪い、笑っている魔女のようなスタンレーの山。

「飛行機は美しくも呪われた夢だ」とは宮崎駿監督『風たちぬ』より引用しますが
少年たちの夢の科学の力が戦争の道具に使われるべくして進化するのは本当に悲しい。

松本零士先生は決して戦争賛美の目的でこの作品たちを描いたのではないはず。
1970年代といえばまだ戦後30年になるかならないかという時代。
戦争が終わってから生まれ育ち戦争を知らない子どもたちが大人になりつつあり、
同時に、戦争をじかに体験した世代の大人たちが社会の一線から退き始めた時代
戦闘機工場の都市で当初の原爆投下目的地であった小倉出身の松本先生には
豊かさと繁栄の陰で忘却されていこうとするあの戦争を
漫画という手段で描きのこし描きついでおきたい気持ちがあったのだと思うの。

そこには敵も味方もなかった。ただ私やあなたと同じ人間たちがいただけの事実を。

ところで。

松本零士先生のアシスタントだった新谷かおる先生が後に戦場ロマンシリーズを。
新谷かおる先生のアシスタントだった島本和彦先生が後にBATTLEフィールドを。
こうして少年漫画における一分野として戦記ものは描きつがれてきたのでですね。

どうか少年たち(そして少女たちも)の夢であるところの科学の未来が
人類の明るい未来のためにこそその進化を成し遂げますように。

そして今さら気づいたのだが『スタンレーの魔女』は一冊の本にまつわる物語です。

誰かの人生を賭けるほどの夢を媒介するかもしれない本たちに囲まれる時間は
民間図書館ボランティアが味わえる幸福感の素ですことよ?



byちばぎんざ図書館お当番メリヤス






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