IP日本郵政グループが2連覇!
  5区で鈴木亜由子が奪首に成功

 

 

 勝負の山場が後半の5区まで持ちこされた。観戦者にとっては僥倖であった。
 選手やチームの陣営たちは、誰もがレースにドラマなんかいらないと考えるだろう。ハナからトップをうばい、ただ、レースはたんたんと進めばいい……と。
 だが、観戦者のわれらはどうなのか。それではテレビの前で居眠りしてしまうだろう。めまぐるしく順位が変転して、思いがけないドラマがテレビ画面でくりひろげられる。いつも、そんなレースを期待している。事実、駅伝のおもしろさは、そういうレース展開なのである。
 
 今年の女子駅伝の日本一をきめる本大会……。
 日本郵政、積水化学の陣営は、ともに5区まで胃がチリチリしていただろう。

 文字通り勝敗を決するクライマックスは第5区(10km)にやってきた。
 4区を終わって、トップをゆくのは、積水化学、2位で追うのはJP日本郵政、その差は55秒、距離にすると、およそ275m。3位は豊田自動織機だったが、トップから1分56秒もの差があり、積水と日本郵政のマッチアップの様相だった。
 積水にとっては、ほぼ、もくろみどおりの展開、日本郵政のほうも想定内ではあっただろう。しかし積水にしてみれば、もう少しリードが欲しかったにちがいない。
 逃げる積水の5区は森智香子、追う日本郵政は東京五輪マラソン代表の鈴木亜由子である。森も力のあるランナーだが、鈴木相手では分が悪い。せめて、あと20秒ぐらいのハンディをもらえれば、森は落ち着いて逃げられただろう。55秒というのは微妙な差だったといえる。
 森はいつものように満面の笑顔をたたえてスタートした。1kmの入りが3:20そこそこ、ゆったりと入ったのは予定の行動か。だが1kmから2kmもさしてペースがあがらない。鈴木のほうは最初から猛然と追った。いつものように軽快なピッチを刻んでゆく。
 4kmでは55秒あった差が、なんと22秒になり、5kmでは19秒とどんどん詰まってゆく。そうなれば、もう背中がくっきりとみえてくる。
 5kmになって、ようやく森のエンジンも全開状態になったが、鈴木の勢いはとまらない。7kmではとうとう7秒差となり、そして7.5kmで背後にくらいついたかと思うと、すっと前に出た。森も背後にくらいついた。前半は楽をしていただけに、森は並走してゆくかと思ったが、もはやその余裕はなかったようだ。8kmすぎから、森は遅れ始め、その差はじりじりとひろがっていった。4区までしのぎをけずってきた勝負は、かくしてここで決したのである。

 駅伝でも百戦錬磨の鈴木亜由子、その勝負観はさすがというべきか。
 鈴木は故障上がりで懸念されていた。そんなランナーを日本郵政はあえて5区に配してきた。伸び盛りの大西ひかり(6区で区間賞)ではなく、あえて不安もある鈴木を起用してきた。そのもくろみがみごとに当たった。陣営のファインプレーというべきか。

 今回は実にみどころの多いレースであった。
 前田穂南(天満屋)、鈴木亜由子(日本郵政)、一山麻緒(ワコール)という女子マラソン東京五輪代表、さらに新谷仁美(積水化学)をはじめ、長距離のトップランナーがほとんど顔をそろえていた。
 とくに第1区、第3区、第5区は興味深いレース内容であった。

 7.0kmから7.6kmに距離がのびた第1区……。
 それゆえに各チームともに重要視したらしく、エースクラスのランナーの顔がそろった。前回の区間賞ランナー・廣中璃梨佳(日本郵政)のほか、萩谷楓(エディオン)、佐藤早也伽(積水化学)、鷲見梓沙(ユニバーサルエンターテインメント)、萩原歩美(豊田自動織機)のほか、松田瑞生(ダイハツ)、安藤友香(ワコール)、三宅紗蘭(天満屋)という3区か5区に出てくると思われたランナーも起用されてきた。
 第1区の注目は、なんといっても19歳の廣中璃梨佳(日本郵政)である。5000mで15分を切っている廣中が、スタートから飛び出した。
 他のランナーたちは廣中につくのか、自分のペースで行くのか。それがもっぱらの興味であった。いまの廣中につけばおそらく競りつぶされるであろう。
 1kmは3:05と速い。萩谷と松田が廣中につき、後ろには佐藤の顔もみえる。
 1kmなかばで廣中がはやくも抜け出した。背後に萩谷がついたが、あとは3位集団をなして追っていた。
 廣中はダイナミックな走りで、ぐんぐん体を前に運び、2.5kmで果敢にくらいついていた萩谷をびっちぎった。早くも独り旅がはじまった。
 3km通過が9:18、この速い展開に天満屋の三宅紗蘭が、ずるずると遅れていた。天満屋にとっては勝負をかけたランナーゆえに、これは大誤算というべきか。
 廣中のペースは落ちない。4km=12:23、5km=15:21と昨年をはるかに上回っている。5~6kmも3:04でカバーした。廣中のはるか後方では、ダイハツの松田、豊田自動織機の萩原歩美、エディオンの萩谷、積水化学の佐藤早也加、ヤマダホールディングスの清水真帆、資生堂の佐藤成葉が2位集団をなしていた。
 廣中はそんな後続を尻目に、そのままトップで中継所にとびこみ、2位のヤマダホールディングスに31秒の差をつけた。候補の一角・積水化学は32秒差の3位、昨年2位のダイハツは35秒差で4位、以下は豊田自動織機、エディオン、資生堂、デンソーとつづいたが、ワコールは安藤友香が遅れて、1分24秒差の12位、天満屋は1分55秒差の18位と大きく出遅れた。

 2区(3.3km)にはいると、菅田雅香(日本郵政)がトップをゆく。その菅田を西原加純(ヤマダ)、卜部蘭(積水化学)、武田千捺(ダイハツ)が2位集団をなして追ってゆく。焦点は菅田と追う卜部との差がどれほどになるか。追う積水にしてみれば、差を詰めてエースの新谷にタスキを渡したいところ。日本郵政にしてみれば、できるだけ差を保って鍋島莉奈につなぎたい。
 それぞれの思惑が交差するなかで、中距離ランナーの卜部蘭がここで本領を発揮した。卜部は3km手前で2位集団から抜けだして、菅田との差をどんどんつめてきた。中継所での差は、なんとわずか10秒であった。
 3位はヤマダで13秒差、4位はダイハツで17秒差、5位は豊田児自動織機で21秒差となってエース区間の3区にタスキはわたった。
 
 第3区(10.9km)、逃げる日本郵政、追いすがる積水化学、あらかじめ想定された展開だったが、そんな構図は1kmもゆかないうちに崩れた。積水化学の新谷仁美、08kmで早くも前を行く日本郵政の鍋島莉奈をとらえたのである。
 鍋島はしばらく新谷についていたが、2kmすぎで、その差はすこしづつひろがっていった。新谷が引き離しにかかったというよりも、鍋島が無理してつかなかったのだろう。結果的にみると、これは賢明な判断だったといえる。
 鍋島の後ろは筒井咲帆(ヤマダ)。4位以降は五島莉乃(資生堂)、川口桃佳(豊田自動織機)、細田あい(ダイハツ)が集団となり、7位に矢田みくに(デンソー)、8位西田美咲(エディオン)、前半遅れたワコールの一山麻緒(ワコール)はどんどん追い上げ、天満屋の前田穂南(天満屋)も18位から順位をあげてきていた。
 新谷はリズミカル、軽快な走りで、後続との差をひろげ、5kmの通過は15:12、2位の鍋島との差を22秒とした。新谷のペースはその後も落ちることなく、なんと区間記録を1分10秒も更新する驚異的な新記録をマークした。
 積水は新谷で日本郵政に55秒も差をつけたが、鍋島のデキが悪いわけではなかった。鍋島も区間新で駆け抜けているのである。
 3区を終わってトップ積水と日本郵政との差は55秒、3位は以降とは2分以上の差が付き、ここで完全にマッチアップの形成となった。

 第4区(3.6km)、つなぎの区間だが、積水と日本郵政との差がどのように動くか。注目はその一点につきた。
 積水化学の4区はルーキーの木村梨七、追う日本郵政は今回がラストランとなる宇都宮恵理という好対照の取り合わせとなった。昨年アンカーに登場して、最後はきわどく追われた宇都宮、それゆえ日本郵政のほうに不安があった。ここで、引き離されては、5~6区に強力な布陣をしいているとはいえ、逆転はのぞめない。
 逃げる木村を宇都宮は懸命に追っていった。なんとかその秒差を現状維持にとどめたのはラストランという意識があったことだろう。4区で離されなかったことの意味は大きいものがある。そういう意味からすれば、宇都宮は2連覇の隠れた立役者なのかもしれない。
 4区を終わって積水とに日本郵政の差は55秒、3位は豊田自動織機で1分56秒差、4位はヤマダで2分06秒差、5位はデンソーで2分17秒差、そして前半出遅れたワコールは2分
25秒差の6位まであがってきていた。

 冒頭でのべたように5区でトップに立った日本郵政はアンカーの大西ひかりが独走、力強い走りで2連覇を確かなものにした。
 注目はシード権争いとなり、資生堂、パナソニック、九電工、ダイハツ、エディオンが5区を終わって22秒差でひしめくという大激戦となったが、最後はパナソニック、九電工が抜け出した。
 駅伝の女王といわれたワコールの福士加代子、今回はアンカーとして登場、6位発進でみどころをつくった。
 3kmすぎで、田崎優理(ヤマダ)をとらえて5位浮上、4km手前で松本亜子(デンソー)をとらえ4位へ。その勢いはとまらない。5kmではが籔下明音(豊田自動織機)をとらえ3位まで上がった。通算109人抜き達成、チームも3位ならば最高順位となり、ラストランを彩るかと思いきや、トラックにはいって、ゴール直前で、いちど抜いた籔下に抜き返されてしまった。しかし、それもいかにも福士らしい終わり方というべきか。「なんで抜くんだよ」そんな福士の叫びが聞こえてくるようだった。


 2連覇を果たしたJP日本郵政は、額面通りの強さを発揮した。6人のメンバーのうち廣中璃梨花(1区=区間新)、鈴木亜由子(5区)、大西ひかり(6区)の3人が区間賞、5区の鍋島莉奈も2位ながら区間新と、自分の仕事をきっちりとこなしている。若手とベテランがきっちりと噛み合ったチームで、ゆるぎというものがない。
 積水化学は新谷仁美と卜部蘭の加入でチーム力が倍加している。1区から3区でトップに立つのは大方の見る通りで、いかんなく実力を発揮した。だが優勝するには、まだ1~2枚コマが足りないようである。
 3位には豊田自動織機がとびこんだ。爆発力はないが、力のある選手がそろっていて、目立ったミスもなかった。ヤマダやダイハツ、デンソーを上回ったのは健闘といえよう。 4位のワコールはほぼ3位を手中にしていた。一山(3区)、谷口真菜(5区)福士佳代子(6区)の走りが光っている。
 5位のデンソーも常に上位をキープ、総合力は着実に上向いている。
 ヤマダホールディングスは最終的に6位に終わったが、前半は上位につけていた。4区以降じりじりと順位を落としたのが惜しまれる。
 シード権争いは最終的にパナソニックと九電工の手に落ちた。パナソニックはチャンピオンチームだが、今回はベストメンバーが組めなくて苦戦したようである。
 惜しかったのは資生堂である。ルーキー三人をならべた1区~3区で5位までやってきて、5区まで7位をキープしていたが、最終区の木村友香は力のあるランナーだが故障上がりで本調子を欠いていたようである。一気に12位まで順位を落ちしてしまったのが惜しまれる。
 意外だったのは天満屋である。1区の出遅れがすべてだったようっである。流れに乗ることができないままで11位に終わった。

 気になることがひとつ……
 3区のアクシデントである。テレビ画面に三井住友海上の片貝洋美が黒い靴下で、けんめいに走っている姿が映し出されおり、あれ、あれ、と目を見張った。両足ともシューズがないのである。残り4kmでシューズが脱げてしまったのだという。それで最後まで走り切ったのだが、足のほうは大丈夫だったのだろうか……。

◇ 日時:2019年11月23日(日)午後12時15分スタート
◇ 場所:宮城県仙台市
◇ コース:松島町文化観光交流観前(スタート)→仙台陸上競技場(フィニッシュ)6区間計42.195㎞。
◇ 天気:曇りのち雨 気温:15.0℃ 湿度:64% 風:南 3.0m
◇JP日本郵政(広中璃梨佳、菅田雅香、鍋島莉奈、宇都宮惠理、鈴木亜由子、大西ひかり)
◇詳しい結果 http://www.jita-trackfield.jp/jita/wp-content/uploads/2020/10/2020_Queens-EKIDEN_Finalresult.pdf
◇公式サイト https://www.tbs.co.jp/ekiden/live/