積水化学が終始トップを激走!
                   前半第3区で勝負を決めた!




 新谷仁美が駅伝に帰ってきた。
 2度の世界陸上、ロンドンオリンピックの日本代表にえらばれ、日本女子長距離の第一人者であった新谷は、2014年1月にとつぜん引退してしまった。原因はわからないが、ながびく故障のせいもあったのだろう。
 ところが2018年6月にこれまた唐突に現役復帰、4年ものブランクがあれば、もとにもどるのは至難の業だろうが、新谷の復調は思いのほか順調な足どりだったようである。すでにして東京オリンピック5000m、10000m参加標準記録を突破しているのである。12月の日本選手権では10000mに出場するが、おそらく優勝して代表内定となるだろう。
 新谷の駅伝のレース復帰は今年1月の全国女子駅伝だった(区間賞)が、これはお祭り駅伝である。それゆえ本大会がチャンピオンシップのレースへの復帰というわけなのである。
 新谷は所属先のNIKE TOKYO TCが解散後、今年の1月から積水化学女子陸上競技部にうつっており、今回が緒戦のレースであった。任されたのはエース区間の3区(10.7㎞)である。

 新谷はトップでタスキをもらった。後続との差はわずか10秒……。
 リズミカルな走り、4年まえとまったく変化がない。1㎞3分を切るペースで入り、後続をどんどんひきはなしにかかる。追ってくる筒井咲帆(ヤマダホールディング)も五島莉乃(資生堂)もヤワなランナーではない。だが1㎞通過で10秒もひきはなした。
 3分前後のペースが落ちないから、後続はどんどん置いてゆかれてしまう。圧倒的な走りの独り旅である。
 7㎞通過が21:23で、区間記録を40秒も上まわっていた。その後も新谷のペースはおちることなく、ひたすら前をみつめてタスキをはこんでいった。2位のヤマダホールディングとの差は1分58秒、3位の資生堂とは1分59秒という大差がついていた。かくして積水化学の優勝はすでにして3区で決してしまったのである。
 新谷の走破タイムは32:43……。区間記録を1分以上も更新するという快走ぶりである。 たしかに新谷の走りは眼をみはるものがあった。
 本戦に出てくるチームのエースクラスも、いまの新谷に待ったをかけることはむずかしいだろう。

 だが、ちょっと待てよ。
 それでいいのだろうか? ふと、そんな思いがよぎった。
 帰り新参の新谷に、まるで赤子の手をひねるかのようにあしらわれる。そんな日本女子長距離のトップクラスとは何なのか。新谷のいなかった4年間、何ひとつも進歩していなかったということになる。いま新谷が際立つのは、伸びしろがたくさんある若手のランナーがまったく育っていないことの裏返しではないか。田中希実、廣中璃梨佳のように若い力の台頭がないわけではない。けれど、まだまだ圧倒的に量が足りなていないのである。
 これでは世界に置いてゆかれる。事実、かつて新谷は「りメダル獲らなければ、この世界にいる必要はない気がする…」と口にしている。引退を決意したのは、おそらく世界の壁に絶望したからだろう。
 その新谷がもどってきたのはなぜか。もしかしたら……。日本女子長距離の踏み台になろうとする決意ではないのか。もはや年齢的に伸びしろのない、こんなババァランナーに負けてどうするの。中途半端に、遊びでやっているんじゃないよ。悔しかったらワタシを踏み越えてゆけ……と。画面の向こうで走る新谷の精悍な面立ちから、そんな叫びが聞こえてくるかのようだった。

 さて……
 ゼッケン1番の積水化学、ということは前回の優勝チームということになるが、前半勝負のオーダーでやってきた。1区が佐藤早也伽、2区に卜部蘭、3区は新谷仁美……、エース3枚を前半につかってきた。先行ー逃げ切り作戦である。

 秋晴れの晴天のもと、スタートした28チーム、1㎞の入りは3:15である。スタートからレースを支配したのは積水化学の佐藤早也伽であった。佐藤早也伽を中心に資生堂の佐藤成葉、ヤマダの清水真帆らが前に出てきて、3㎞からはスターツの佐藤奈々もからんできて、佐藤3人と清水がレースをひっぱった。
 集団がばらけたのは4.7㎞あたりでタテ長になる。そして5㎞すぎでペースがあがって佐藤早也伽、佐藤成葉、清水真帆に十八親和銀行の野上恵子が抜けだす格好になる。余裕をもっていたのは佐藤早也伽と清水真帆で、ふたりは6㎞でさらにペースアップして抜けだし、マッチアップの様相になる。たがいに機をうかがっていたが、残り700mになって佐藤早也伽がスパート、積水化学はトップに立った。陣営にとっては予定通りの展開だったろう。
 1区を終わってトップは積水化学、2位はヤマダホールディングで14秒遅れ、3位は十八親和で21秒遅れ、3位は資生堂で24秒遅れ、以下、スターツ、小島プレス、大塚製薬、ニトリ、第一生命、日立、エディオン、ユニバーサルエンターテイメント、ルートホテル、岩谷産業とつづき、圏内のここまでがトップから46秒遅れであった。
 有力チームのひとつ京セラは1区のランナーが中継所目前で脱水症状が出てしまい倒れ込んだ。そのまま立ち上がることが出来ず、意外や意外、この時点で失格となった。

 2区は3.8㎞という短い距離である。トップに立った積水化学は、ここの中距離のスペシャリスト・卜部蘭を配していた。ヤマダは田崎優理、資生堂は日隈彩美が追ってくる。田崎、日隈が懸命に追うが、その差は詰まるようでつまらない。後半になって田崎は差をじりじりと詰めてきたが、卜部は逃げ切ってしまう。その差は10秒、3位やってきた資生堂との差は21秒となった。
 そして……。3区のエース区間、冒頭に記したように新谷にタスキがわたったのである。

 勝負を決めた新谷から4区のランナー・宇田川侑希にタスキがわたったとき、トップを追いかけるヤマダホールディングス、資生堂との差は、およそ2分である。距離にして600mの差がついているから、トップの背中もみえていない。
 それだけの余裕をもらえばランナーは落ち着いて入れる。積水化学は4区の宇田川侑希も、5区の和田優香里も楽々とタスキをつないだ。アンカー6区にタスキがわたったとき、トップ積水化学は追ってくるヤマダに詰められたとはいえ、まだ1分05秒、およそ300mの貯金があった。
 積水化学のアンカー森智香子はいかにもベテランらしい走り、笑顔こぼれる表情をふりまきながら、余裕を持ってゴールまでタスキを運んでいったのである。ヤマダホールディングスの西原加純が懸命に追っていたが、ほとんどその差は詰まっていない。いかに新谷仁美のかせいだ貯金が大きかったかである。

 優勝した積水化学は昨年とメンバーが3人いれかわっている。前半勝負の作戦がみごとにはまった。おそらく本戦でも、同じオーダーでくるのだろう。前半はシード組とも互角に渡り合えるだろう。優勝争いの一角を占めるだろうが、後半どれほど踏ん張れるかがポイントになるだろう。
 2位にきたヤマダホールディング、2つの区間賞で4人までが区間3位以内という堅実さ、今シーズンは戦力が充実している。本戦でも期待できそうである。
 3位、4位の大塚製薬、九電工は各区間とも大崩がなかったのが上位進出の原因だろう。
 優勝候補の一角といわれた資生堂は4区を終わって2位につけ、積水化学、ヤマダと競っていた。後半勝負という作戦で、5区、6区に主力を投入していたが、5区のブレーキがひびいたようである。

 以下6位以下はエディオン、日立、ルートインホテルズ東日本、シスメックス、ユニバーサルエンターテイメント、肥後銀行、スターツ、鹿児島銀行、ホクレン……ここまでが予選通過を果たした。第一生命は3区で失速、流れに乗れずに15位に沈んだ。

 惜しかったのは初出場のニトリである。前半からうまく流れに乗り、5区までは13位につけ、最終区では鹿児島銀行、ホクレンと3チームで2つの椅子を争う熾烈な展開になった。それでも踏ん張り、残り1㎞までは14位をキープ、そのままゴールするかにみえた。だがゴールがみえた時点でアンカーの足がにわかに右に左によろめいて失速した。おそらく脱水症状をおこしたのだろう。後続に次々とらえられて17位まで順位をおとしてしまった。
 ニトリは初出場にして、陣営も選手たちも駅伝の怖さというものを思い知らされた。なんとも皮肉な結果だというほかない。レースはなんとも非情である。


◇ 日時 2020年 10月18日(日)午前12時10分スタート
◇ コース:宗像市→福津市→宗像市(42.195㎞ 6区間)
◇ 天候:晴れ
◇ 積水化学(佐藤早也伽、卜部蘭、新谷仁美、宇田川侑希、和田優香里、森智香子)
◇公式サイト:(TBS)http://www.tbs.co.jp/sports/athletics/princess-ekiden/
◇総合成績:https://gold.jaic.org/jaic/res2020/princesseki/pcsp/rel001.html
◇記録集::http://www.jita-trackfield.jp/jita/wp-content/uploads/2020/10/2020_Princess-EKIDEN_result_1018.pdf