豊田自動織機が地力を発揮
  思わぬアクシデントで悲喜こもごもの光景が……!


 プリンセス駅伝と名付けられた本大会が福岡県宗像・福津で行われるようになって今年で3回目である。
 おりから二〇一七年七月、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が世界文化遺産に登録され、宗像ユリックスを発着にして、ランナーたちが駈けぬける駅伝コース沿いには、宗像大社や新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群がある。沖合には同大社の中津宮と沖津宮遥拝所のある大島もちらとみえるという。
 だがランナーはおろか、テレビ前の観戦者のわれらの眼にはいるわけもなく、「古代の旅」は後日ゆっくり訪れて同市の歴史と文化れてみたいものである。

 

 プリンセス駅伝とカッコよく命名されているが、要するに全日本の予選会である。かつては地域ごとに予選会が行われていたが、チームを持つ企業の懐ぐあいや、女子駅伝の人気凋落により、チームが減少一途をたどり、その結果、地域の予選会が一本に統一されたのである。前回の本戦8位までがシードされ、残りは予選会14位までをすくいあげる。今回の出場チームは29チームだから、そのうちおよそ半分に本戦出場権が与えられることになる。

 

 チャンピオンシップの大会ではないから、各陣営とも優勝狙いで来てはいない。本戦は四週間後なので、目一杯のレースをしてしまうと、本戦では伸び代がなくなってしまう。上位チームは、勝つことよりも新戦力を試すことに主眼をおいてのぞんでくる。
 予選会とはいえ、現在の女子駅伝は群雄割拠の時代を迎えており、上位下位の差はそれほど大きくない。予選会上がりでも、本戦で上位争いに絡むことができる。たとえば前回、本戦を制した日本郵政グループなんかは、前回、この予選を8位で通過したチームだったのである。


 今回のプリセス駅伝にまわってきた豊田自動織機、積水化学、パナソニック、ダイハツなどは事実、予選会にいるのがおかしいのではないかと思われるほどのチーム力をもっている。
 豊田自動織機は前回、本戦で優勝候補の一角とされながら、1区から2区のタスキ渡しのミスで失格するという痛恨を一年間かかえて本レースを迎えたといういわくがあるのである。
 よって豊田自動織機のレースぶり、さらには14位のボーダ上ー争いにしぼってエースを観ていた。

 

 台風21号の接近で、スタート前の気温は21度、湿度66%、コース上には強風が吹きぬけるという荒れた天候だった。

 エースクラスのそろった第1区は右前方から強風がやってくるという気象条件、レースは1㎞=3:20前後というゆったりとした入りで幕あけた。
 中間点をすぎた3.6㎞になっても横ひろがりの大集団である。予選突破をねらう肥後銀行の新井沙紀枝、鹿児島銀行の重山七海、京セラの足立由真らが前に出て、中央側から豊田自動織機のニューフェース菅野七虹がやってくる。向かい風のなか仕掛ける者はおらずスローのまま5.5㎞をすぎても23チームが横ひろがりの集団をなしていた。
 ペースがあがったのは6㎞あたりだった。デンソーの光延友希がペースアップして集団を割ると、それを待っていたかのように積水化学の森智香子とパナソニックの森田香織が追ってきた。集団が一気に縦長になるなか、残り500メートル森智香子がスパートをかけた。森はそのまま追ってくる森田をしたがえて、中継所にとびこんでいった。
 かくして積水化学がトップ通過、2秒遅れでパナソニック、3位はノーリツの中野円花、4位は小島プレスの山本彩乃、5位はダイハツの吉本ひかりとつづき、ここまでがトップから7秒差、6位以降はホクレン、キャノン九州AC、デンソー、京セラ、豊田自動織機とつづいた。以降18位のルートインホテルまで、わずか18秒という大混戦で2区の3.6㎞区間へたすきがわたったのである。

 

 2区にはいるとパナソニックが追ってきた。渡邊菜々美が1.7㎞で、なんと積水のあの尾西美咲をとらえて並走状態にもちこんでしまった。後ろは11位発進のユニクロ、ノーリツ、キャノン九州、6位発進のホクレンが集団をなし、そのうしろから豊田自動燭位の藪下明音、肥後銀行の福良妃加里がつづき、さらにデンソー(池内彩乃)、三井住友海上(田邊美咲)、ダイハツ(久馬悠)が追っていた。
 パナソニックの渡邊は快調なペースをきざみ、じりじりと尾西を引きはなして堂々の区間賞、2位の積水化学に5秒差をつけてタスキをつないだ。
 後ろから追ってきたのは豊田自動織機の藪下である。10位発進ながら7人抜きで3位に上がり、中継所の手前で積水化学の尾西をとらえて2位までやってきた。
 2区を終わり、パナソニックがトップに立ち、5秒遅れで積水化学、10秒遅れで豊田自動織機と有力どころが順当に上位を占め、ダイハツはこの段階で34秒遅れの13位に低迷していた。

 

 エース区間10.7㎞の3区にはいってもパナソニックの勢いはとならなかった。堀優花が3:10ペースで逃げる。積水化学はあの松崎璃子がひたひたと追う。だが差は詰まらない。はるか後方からはダイハツの松田瑞生が突っ込み気味に追い上げてきて、4.3㎞で9人抜きで一気に4位までやってくる。
 コースは前半は追い風だったが5㎞すぎて強烈な向かい風となる。ランナーたちは風に苦しみ顔がゆがんでいた。豊田自動織機の福田有以もかなり苦しんだようだ、トップをゆく堀に差を付けられたものの、後半は粘って、9㎞で積水の松崎をとらえて2位に浮上、追ってくるダイハツの松田の追撃を絶った。

 3区を終わって、パナソニックが首位をまもり、30秒差で豊田自動織機、46秒差でダイハツ、48秒差で積水をつづき、優勝争いは4チームにしぼられた。トップと6位のしまむらとは1:27の差が付き、そこから1分以内に14チームがつけており、予選ボーダー上の争いは熾烈をきわめた。
 
 4区で躍動したのは豊田自動織機のアン・カリンジである。トップとは30秒の差があったが、2.8㎞でパナソニックの川路芽生をやすやすととらえてしまった。この区は外国人の起用が許されてる区だが、ほかで目立ったのはスターツのワンジルである。19位から8人抜きで11位まで押し上げてきた。
 豊田自動織機の奪首は予定通りというべきか。2位パナソニックとの差は15秒、3位積水との差は57秒と開いて、両チームのマッチアップとなった。はるか後方ではノーリツの小崎まり(42歳)のボーダーの14位を死守する姿が印象に残った。

 

 豊田とパナのマッチアップとなった5区(10㎞)は両者の激しいせめぎ合いがつづいた。強烈な向かい風、さらに急激なアップダウンがあるコースで、がまんくらべのようそうであった。たとえば故障上がりでひさしぶりのレースになるダイハツの前田彩里などは風にあおられて揺らぎ、いかにも辛そうに走っていた。それでも区間賞という結果は、このランナーの非凡さの証しであろう。
 トップゆく豊田自動織機は沼田未知、1区の菅野、2区の藪下と同じく立命館大出身で彼女たちの先輩である。追うパナソニックの森田詩織は1区を走った森田香織とはツインで妹にあたる。区間賞をもぎとった姉に負けじと追走する。差はつまらず沼田が逃げ切ったかと思いきや、9㎞をすぎて顔がゆがみ始めた、詩織は落ち着いてじりじりと追い詰め、残り400mでとらえて前に出た。
 中継では詩織がトップ通過、1秒遅れで豊田がつづいた。後方のボーダーをめぐる争いは大混戦となり、9位以下、デンソー、エディオン、肥後銀行、シスメックス、三井住友海上、ノーリツ、ルートインホテル、日立と8チームが6つの椅子を激しく競り合うという形勢になった。

 

 最終6区は豊田とパナソニックの意地の張り合いというべきか。勝ちにこだわっていなかっただろうが、ここまできたらおたがいに負けられない。パナソニックの内藤早紀子は快調に逃げる。豊田の林田みさきはゆっくりと追ってゆく。ひとたび5秒差までひらいたが、林田は5㎞からペースアップ残り700mで追いつき、そのまま振り切った。昨年タスキミスした当人だけに、このレースへの思い入れは人一倍強かったのだろう。彼女にとって長かった一年にようやく落とし前がついたというべきか。


 後続は熾烈だった。
 5区を終わって19位にあまんじていた京セラ、アンカーの松田杏奈が5人抜きでボーダーまで浮上、最後のひとつを三井住友海上の溝江愛花とはげしく争うという局面になった。のこり400mで5秒差、ゴール直前で松田は溝江をとらえてゴールした。
 それにしても、かつて本戦を制したこともある強豪チームが予選会で最後のひとつをあらそっている。皮肉な廻り合わせではないか。
 そんなふうに思いながら観ていたが、さらに思いがけないことが……。両チームの前を走っていたエディオンのランナーがごーる前20mで意識を失い,コースから逸脱して倒れていたという。(のちに脱水症状と判明)
 とんだアクシデントで三井住友海上は笑い、ゴール直前で、手中にしていた予選通過の切符を失ったエディオンは泣くという結果になった。

 

 トップ通過の豊田自動織機は順調な仕上がりというべきか。ルーキーの菅野七虹を勝負所で使えるかどうか試したようである。多少モタモタしていたところもあるが、まずまずの結果だろう。(本人は不満げな顔をしていたが……)、3区でも福田を長いところを使って試した。5区の沼田も粘り強いところを見せ、メドがついたようである。全般的に観て,消化不良のレースぶりだったが、このチームは駅伝巧者がそろっているだけに本戦でも期待できそうである。
 パナソニックは若い力がみなぎっている。区間賞2つで6人のうち5人までが区間3位以内と充実ぶりが目立つ。勢いという点ではずば抜けており、本戦でも上位争いに加われるだろう。
 3位のダイハツは吉本ひかりと前田彩里を試したようだが、二人ともみごとに復活、本戦でも怖い存在になる。
 ちなみに予選通過は次の14チームである。豊田自動織機、パナソニック、ダイハツ、積水化学、デンソー、シスメックス、ホクレン、肥後銀行、しまむら、TOTO、スターツ、ノーリツ、京セラ、三井住友海上となった。

 

◇ 日時 2017年 10月22日(日)午前12時10分スタート
◇ コース:宗像市→福津市→宗像市(42.195㎞ 6区間)
◇ 天候:曇り 気温21.1度 湿度66% 風:北東8.0m(出発時)
◇ 豊田自動織機(菅野七虹、藪下明音、福田有以、アン・カリンジ、沼田未知、林田みさき)
◇公式サイト(TBS):http://www.tbs.co.jp/sports/athletics/princess-ekiden/
◇総合成績:http://gold.jaic.org/jaic/res2017/princesseki/pcsp/rel001.html
◇記録集:http://www.jita-trackfield.jp/jita/wp-content/uploads/2017/10/2017第3回実業団女子駅伝予選会記録集.pdf