愛知が悲願の初制覇!
 最終区のエースで世紀の大逆転!


 駅伝は何が起こるかわからない!
 話だけでなく、それを実証するような、歴史的な逆転劇が、女子駅伝の今シーズン・オーラスでまさまざと見せつけられるとは夢にも思わなかった。

 今シーズンは大混戦になろうことは衆目のみるところだった。オーダーリストにざっと眼を通して、観戦の目玉は愛知の鈴木亜由子であろうとみていた。現在の女子長距離では最速ランナーであり、まちがいなしにリオ五輪の代表になる。彼女を活かせる展開になれば愛知に分がある。16日の記事のコメントでも触れた通りである。
 誰が演出したわけではあるまい。たとえヤラセの台本があったとしても、こうはうまくゆくまい。民放のTV中継ならば、局側が泣いて喜びそうな、まさにお誂え向きの展開が最後の最後にやってきたのである。

 最終の第9区(最長の10㎞区間)
 レースがにわかに修羅場と化したのは、西大路通りから五条通りにさしかかったあたりからである。そこからゴールのある西京極競技場までは、もう一本道である。距離にして2㎞あまりというところ……。第一放送車がとらえた映像によると、トップをゆくのは地元・京都の奥野有紀子(資生堂)だが、その背後に愛知の鈴木亜由子(日本郵政)が影のごとく迫っていた。黒のユニフォームにオレンジ色の「愛知」、さらにゼッケンの22という赤い文字が読みとれる。その直後に兵庫の竹地志帆(ヤマダ電機)と西原加純(ヤマダ電機)の姿もくっきりとみえている。
 鈴木の走りは軽やかに空を翔ぶかのようで、どこか重苦しい奥野の走りとは好対照で、もはや勢いの差は較べるべくもなかった。……。

 最終区9区の中継所でトップをゆく京都と4位の愛知との差は1:37もの差があった。トップは京都、2位は兵庫でトップから1:13、3位は群馬で1:16である。京都は1区から終始レースの主導権を握ってきた。そういうレースの流れからみても、アンカーのランナーたちの力関係からみても、もはや京都の優位は動かしがたいと思われた。
 だが、逆に1分あまりの貯金が裏目になったのか。京都の奥野の走りは重かった。後ろからは兵庫の竹地と群馬の西原という仏教大時代の僚友であり、ヤマダ電機でも同僚でもある二人が2位集団で追っかけはじめ、さらに後ろから愛知の鈴木がひたひたと迫ってくる。
 中間点では京都と兵庫・群馬の2位集団とは35秒差、4位の愛知とは53秒差……。まだこの時点では京都・奥野が逃げ切れるのではないかとみていた。
 後続の動きに変化が生じたのは6㎞すぎ。好調・竹地が西原を引き離して単独で2位に浮上、トップの奥野に28秒差まで迫った。遅れた西原を4位の鈴木が追ってきた。鈴木と西原という女子長距離界のビッグ2によるせめぎ合いもみどころがあった。
 だが勢いは追ってきた愛知・鈴木にあり、6.9㎞で群馬・西原を置き去りにして単独3位に浮上。2位の兵庫も京都を追い、7㎞ではわずか18秒になってしまう。
 鈴木の勢いはとまらず五条通りにはいって、さらにギアアップ、8㎞では2位の竹地をとらえて、京都の背後に迫ってきたのである。
 そして……。
 8.3㎞、阪急電車のガード下の手前あたりで、鈴木はとうとうトップをゆく京都・奥野をとらえ、ならぶまのなく抜き去ってしまった。よもやの逆転劇である。


 トップで競技場にあらわれた鈴木は、軽やかにグラウンドを一周、その横顔には満足そうな表情がこぼれていた。黒い手袋の指を一本立て、ゴールするときの笑顔、実にさわやかに輝いていた。


 鈴木の愛知は1区で出遅れ、2区から8区まで、京都に離される一方で、いちどもタイム差が詰まらなかった。駅伝は流れというものが大切だが、アンカーの鈴木がひとりで京都に傾きかけていた流れを断ち切ったのである。1:37というタイム差よりも、そういう負の流れを最終の一区間であっさり陽転させてしまった。そういう意味で、これはまさに歴史的な驚異の逆転劇というべきだろう。


 レースのイニシャティブは終始、地元・京都の手中にあった。
 エースのそろう第1区、47チームがいっせいに西京極競技場をとびだしてゆく。いつもながら壮観だった。
 1㎞通過が3:12、大集団で五条通りを東へ、そして西大路通りを北へと向かう。岡山の小原怜、兵庫の田中希実あたりが引っ張って、中間点は9:40……。ペースがあがったのは4.5㎞あたりから、先頭には山梨・島田美穂(山梨学院大付高)、京都の菅野七虹(立命館大)、新潟の小泉直子(デンソー)、兵庫の田中希実(西脇工高)、埼玉の阿部友香里(しまむら)などがみえかくれするも、ここで大阪の坂井田歩(ダイハツ)、岡山の小原怜(天満屋)、愛知の荘司麻衣(中京大)が速くも遅れはじめる。
 トップ集団が割れたのは残り1㎞だった。山梨の島田がトップに立つも、静岡の安藤友香(スズキ浜松AC)がスパート、そのまま中継所にとびこんでいった。安藤は昨年につづく区間賞である。2位以下は埼玉、福岡、山梨、新潟、京都、広島、千葉、北海道、沖縄とつづいた。
 トップから10位沖縄までは13秒、愛知は26秒遅れの20位、群馬は29秒遅れの23位、昨年の覇者・大阪も26秒遅れの21位と出遅れた。

 金閣寺の横をするぬける2区に入ると京都の安藤富貴子(立命館宇治)が地元の利を活かして圧巻の走り、700mでトップをゆく静岡をとらえてトップを奪った。3㎞では独走状態となり、後ろは静岡、千葉、神奈川、福岡、広島といったところが集団となってつづいていた。
 京都御所にそって走る3区は中学生区間だが、ここでも全日本中学駅伝を制した桂中学の主力をならべる京都は強い。京都・曽根野乃花はひとたび静岡、福岡に追われる局面もあったが、後半 これを突き放した。候補の一角・兵庫は6位まであがってきたが、群馬は10位、愛知は9位て、京都は完全にリズムにのった。

 4区にはいると京都の関紅葉(立命館大)が後続をちぎったが、19秒差で6位につけていた兵庫の太田琴菜(立命館大)が追いあげてくる。全日本大学女子駅伝を制した立命館の主力同士の対決、こんな風景がみられるのも本大会のおもしろいころだ。
 3㎞で関の背後に迫った太田、先輩の貫禄をみせつけるように3.7㎞で粘る関を抜いて、トップでタスキリレー、1秒差で関がつづいた。
 宝ヶ池に向かう5区にはいると、こんどは京都が巻き返しを謀る。真部亜樹(立命館宇治)は800mの地点で早くも兵庫の井上藍をとらえてトップを奪い返した。さらに残り1㎞では下り坂を一気に駆け下りて兵庫との差をぐんぐんひろげた。真部の区間賞の走りで、京都は再び好リズムを呼び込んだ。2位は兵庫で15秒差、群馬は51秒遅れの5位、そして愛知はようやく11位までやってきたが、トップの京都唐は1:02も遅れていた。
 京都は6区でも片山弓華(立命館宇治)が軽快な走りで快走、後続をちぎりってリードをひろげた。兵庫との差は27秒、愛知は吉川侑美(資生堂)でようやく5位までやってきたが、京都との差は逆に1:08とひろがってしまった。
 7区では京都の和田優香里(立命館大)が安定感のある走りで、後続との差をぐんぐんひろげた。京都は大会新記録を上まわるペース、兵庫との差は40秒とひろがり独走状態となった。和田自身も区間賞である。
 さらに京都は8区の中学生・村尾綾香(桂中)が区間タイ記録で駈け抜け、2位・兵庫との差を1:12とひろげ、3位・群馬とは1:16、愛知はようやく4位まで順位をこそあげたが、タイム的には1:37とひろがってしまったのである。
 そんなレースの流れからみて、もはや京都の圧勝と思われた。まさか舞台が暗転するとは考えづらい展開だったのである。……。

 愛知の制覇はアンカーの鈴木亜由子を活かす展開にもちこめたこと。それにつきるだろう。スタートで出遅れ、5区を終わっても11位に甘んじていた。区間賞がひとつもないというのも珍しい。逆に区間賞がひとつもなくても優勝できるといことを事実をもって実証してみせた。
 逆転の立役者・鈴木亜由子でさえ区間2位で、区間1位は後方でレースをしていた同じ日本郵政のチームメート・東京の関根花観にうばわれたのは皮肉な巡りあわせというべきか。だが二人は競り合っていたわけではないから優劣はつけられまい。

 2位の兵庫は惜しかった。4区の太田でリズムアップ、優勝争いにはげしく肉薄した戦いにみるべきものがあった。
 3位の群馬は前半の出遅れが惜しまれる。実業団の強豪・ヤマダ電機をもち、高校生も強い。いまや優勝争いの常連になりつつある。
 4位の京都は昨年につづき、今年もトリックスターを演じるハメになった。ほぼ手中にしていた優勝が最終区1区間でこぼれていった。高校生(立命館宇治)、中学生(桂中学)、大学生(立命館大)が、ほぼ完璧なレースぶりをみせた。昨年と同じく、やはりコマが一枚足りなかったとみるべきだろう。
 かりに今回控えにまわった森唯我(ヤマダ電機)を1区に起用して、菅野七虹をアンカーに回していたら、おそらく圧勝していたのではないか。けれども寄せ集めのチーム編成ゆえに、選手を借りてきた事情もあるだろうから、そうもゆかなかったのかな。
 昨年優勝の大阪は前半で大きく出遅れ、12位におわった。昨年にくらべて大幅に戦力ダウンしているからしかたがないだろう。

 今回は最後の最後まで眼放しできなかった。終始、伯仲したレースがくるひろげられ、観戦するレースとしては今シーズンのなかでも文句なしにナンバー・ワンであった。
 各チームの関係者からすれば、胃の痛くなるようなレースだったろうが、観る側とすれば、これほどおもしろく、興趣つきないもはほかにみあたらないのである。
 本大会は中学生・高校生にとってはあこがれの大会である。トッププランナーとともに走り、直にふれあえる唯一の大会である。大学生もふくめてジュニアのランナーたちは、それぞれ強烈な刺激を受けたはずである。四年後の東京オリンピックのマラソン・長距離代表は、まちがいなく本大会の出場者のなかから出ることだろう。



◇ 日時 2016年01月17日(日)12時30分スタート
◇ 場所 京都市
◇ コース 西京極競技場発着 宝ヶ池国際会議場前折り返し9区間49.195Km
◇ 天候:晴れ 気温:10.0度  湿度:40%  風:南東0.4m
◇ 愛知(荘司麻衣、川口桃佳、市原和佳、鈴木純菜、小倉久美、吉川侑美、向井智香、細井衿菜、鈴木亜由子)
◇公式サイト:
http://www.womens-ekiden.jp/
◇詳しい成績:
http://www.womens-ekiden.jp/pdf/result34.pdf
◇京都新聞・号外:
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/rensai/gougai/pdf/20160117164647K9Q8R0JE5U.pdf