人が五黄殺の方角に行く時、憂さ晴らしのため等々、良からぬこと、後ろ暗いことを目的に動いていることが少なからずあるのではないか、というのが当方の見解である


頭を冷やして考えれば、自滅(的)行動と理解できるような事柄であったり、本人自身も心にはその自覚があるかもしれない


五黄殺がもたらす不幸災難は明らかに自己責任であるケースが少ないとは言えず、「その味」が忘れ難いがために、といった状態もあるだろう


人間をじわりじわりと奇人、変人、変態、狂人、廃人にしたり、お天道様を厭い裏街道を歩ませるような方角とも言えようか


五黄殺が暗示する【腐敗壊乱】とはこのような現れ方もするわけである


他にもあらゆる不幸災難が想定される大凶の方角であることは言うまでもないが、【腐敗壊乱】により、神の道が尊ぶ処の、明るく清らかな人間性から遠ざかる結果となりがちで、やはり真の魔物の住む方角なのである


その人その人の【業】の在処の方角でもある、というのが当方の見解であり、自覚のあるなしに関わらず、自らの【業】を封じたいと念願する人は五黄殺(加えて本命殺)は特に注意であろう(勿論他の如何なる凶方も不可である)

また、五黄殺の方角で生じた人との縁は元来好ましいものではないであろうし、出会うきっかけとなった事柄も好ましいものではないことは、本人がよく分かっている場合もあろう


自らの根深い【業】により五黄殺の方角(或いは五黄殺の方角で出会った相手や事柄等への固執)へ行きたくて仕方ないことがあるだろうが、そこに明るい未来はないのである


「あなた○○やめますか?
それとも人間やめますか?」

五黄殺はこのようなフレーズが似合う側面も持つのであろう