得卦には分かりの難易があるだけで、正しい得卦、正しくない得卦などは一切ない
精神を集中しようがしまいが、占的が何であろうが、得卦は事実を示す
同一占的でも得卦の種類によって物事を見る角度が異なり、それが(その人にとっての)分かりの良し悪しとなるのである
技量の未熟を得卦の正誤にすり替えてはならない
また、勝負占等で外すと、「易は険を占わず」などとするわけだが、勝負占は極めて難しいだけのことである
一般占(勝負占以外のことを私的に定義す)は鉄板が結構多いのである
一例を言えば、今年九州の火山噴火の占断を公開したが、これの「短期終息」については鉄板と言える
簡単な占断である
精神論(人間としての修業が足らぬとか何とかで、正しい卦を与えてもらえぬと考える者があるが、分かりにくい卦と言うならともかく、正しくない卦と考える人は、易神ならぬ身ながら不遜であり、易の勉強が足らぬし成長しない)に逃避せず、易理の奥の奥まで合理的に探究することである
易しい問題なら深く意識もしないであろうが、特に難しい問題に対処するには、「八卦の象意の根本」及び六十四卦の基礎をしっかりと学び、その他、得爻の複雑多岐なる意味合い、伏卦の意味合いを考慮しながら、卦意を現実の事象に如何にして結び付けるかが精進である
そこにセンスの良さも関わってくる
ただ、勿論神界が教えたくない占的があるのは当然のことであろうし、その時はその人の技量では読み切れない卦を与えられたり、確かにどちらに転ぶか分からない得卦があるのは言うまでもない