今の価値観をアップグレードせねばなりませんが、そのためには残酷ともいえるリセットが必要です。その極地にとうとう到達してしまったのです。
わたしたちの心には、善と悪、二つの心が備わります。
善と悪、このどちらを選んでもその善の裏には悪があり、悪の裏には善があります。
必ず、ゼロにはなりません。裏に隠されてしまって見えていないだけなのです。
この世界はあまりにも100 or 0 にしすぎていて、完ぺきにすることが正しい、という風潮です。しかし、AIと仕事をする私はその完ぺきさにも穴があると気が付きます。
AIは指示したことを完ぺきに作業をします。しかし、わたしたち自身は正しい指示をしたつもりでも、AIから返ってきたものを見ると不完全であることもしばしばです。
わたしたち人間は、みんな不自然な生き物です。やはり、AIはこの不完全な人間の鏡です。
一方で、規則正しく分析し、数字や仮定といった規則性のあるものを探すことより、想像する、発想する、といった規則からはみ出した自由そのものを持つ、ある意味での不自然さが唯一の人間らしさであり、自然なのだと思います。
だから、わたしたちはそれぞれの不完全なものを持つ者同士、個性・質・役割というものがいろいろな分野に分かれ、どこにいても苦しみや悲しみは伴うけれど、その苦しみを軽くするために必要な裏側の作用である、本当に自分の好きな場所、好きなこと、または夢中になれること、無心でできることの中に、自分の大事なものがある、と思います。
完璧なものというものは、人間が操作することは難しい。そして、自然と一体になるということは、わたしたちそれぞれの周りにいる人たちへの配慮というものも含まれるはずです。
日本語をきちんと話す
丁寧に伝える
5W1Hが言える
そういう気配り心配りを常日頃からしていくことは、自分をより完璧なものに近づける動作であり、昔から日本人が大事にしてきたものと通じることがあります。