スタンプラリーを見かけるとついつい参加してみたくなりますが、景品の有無だけではなく、「好きなこと」かどうかにかかわっています。
蒸気機関車とデカ盛り、そして幕末と名城を求めて毎週末、家族旅行しているのにキャンプ歴のない軽自動車キャンピングカー「eK-Camp
皆さんは「日本の100名城スタンプラリー」と言うのがあるのをご存知ですか?
財団法人「日本城郭協会」が選定した100の城や城跡を巡る際に、スタンプブックにスタンプを押していくと言うものです。
このスタンプブックは有料でしかも景品がありません(笑)
しかし、どうせ城巡りが趣味なのでせっかくならやってみようと思います。
参加するためには2007年5月発行の「日本100名城公式ガイドブック」を手に入れなければなりません。
お城で売っていない場合も多いので事前に入手しておく必要があります。
norizoは楽天で入手しました。
【送料無料】日本100名城公式ガイドブック
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やってきたのは天下の名城「江戸城」です。
大江戸線沿線までがその城下に入り首都直下で「門」が付く地名のほとんどがこの江戸城の門の跡だったりします。
皇居や日本武道館なども敷地内に含まれており、全部を散策するのは難しいため、散策は2時間程度とすることにしました。
今回は都営新宿線九段下駅を降りて散策してみることにします。
・・・が、駅を降りるといきなり大波乱です。
桜が満開の「千鳥ヶ淵(ちどりがふち)」は、花見客と某大学の入学式の人でごった返し、日本武道館側の出口は封鎖されています。
仕方なく道向かいの出口に向かいますがこちらもスゴイ人です。
やっと光が見えましたが、出口から靖国神社入り口までの短い距離さえも全て行列です。
靖国神社入り口から武道館側に渡れる歩道橋には、ミッシリと人が詰まっています。
このまま崩れ落ちてしまうのではないかと言う不安を抱えつつ、何とか渡りきり広大な江戸城跡の散策に入ります。
爽やかな気分で大量の人にもまれながら田安門を目指します。
田安門ですね。
入学式の大学生よりもご両親やご老体が多く見られるのは花見なのかご家族なのか?
混雑する武道館から北の丸公園を歩きましょう。
ホントは北の丸休憩所に名城100選スタンプがあるはずなんですが、休憩所のあまりの混雑にスタッフさんにたずねることが出来ません。
江戸城には3箇所スタンプ置き場があるので、他の場所でスタンプを押すことにします。
江戸城は門だけでもスゴい数があるので、今回の門巡りはこのあたりでやめておきましょう(笑)
北の丸公園を南に抜けると皇居となり、東側の皇居東御苑に江戸城本丸跡があります。
江戸城は幕末の大政奉還後に徳川家から天皇に引き渡され、その後現在に至るまで天皇家のための居住と迎賓の地になっています。
実際には、かなりのエリア公園として開放されています。
「天守台」は東御苑の北側に位置し、建物はありませんが石垣が残されています。
晩所に人はいませんでしたが、この辺りにはお巡りさんが数多く巡回を続けています。
いっそのこと交番にしちゃえばいいのに(笑)
日本最大級は各所に感じられますが「大手門」の柱にもその太さに感激します。
モカとズキマル君が小さく見えるほどの柱です。
すでに現存していませんが、本丸や天守閣があればさぞや見事だったことでしょう。
大手門から桔梗壕脇を歩くと「巽櫓(たつみやぐら)」、奥には「富士見櫓(ふじみやぐら)」が見えます。
すでにここまでの散策に2時間ほどを要していたため、ズキマル君がヘトヘトで御苑内へ戻ることを拒否されてしまいました(笑)
今回はこの辺にしておきますが、ちょうどこの辺りに「和田倉噴水公園(わだくらふんすいこうえん)」があります。
皇居外苑北東に位置する休憩所で噴水公園としてリニューアルされたばかりです。
運よく噴水が虹を作り出していて、近くを歩いていた家族連れも続々と虹のギャラリーになって行きます。
ガラス張りの建物内はちょっとしたカフェのようにも見えますが無料の休憩所です。
テーブルとイスの置かれた休憩スペースにひっそりと100名城スタンプを発見しました。
2時間歩いても全体のごくわずかしか見られなかったと思うと、江戸城のスケールには驚かされます。
まだまだニッポンには知らないことばかりで、出かけるのが楽しみになります。
また桜の季節になったら、今回は諦めてしまった江戸城名スポットを散策してみたいと思います。
□江戸城(えどじょう)第21番
TEL:03-3231-5509国民公園協会(皇居外苑)
東京都千代田区皇居外苑1-1
東京都千代田区北の丸公園1-1(北の丸休憩所)
通称・別名 :千代田城
主な城主:太田氏、後北条氏(戦国期)、徳川将軍家(江戸期)、天皇家(明治以降)
スタンプ設置場所:楠公休憩所、和田倉休憩所、北の丸休憩所(日本武道館前)
開館時間:不明
休館日:不明
駐車場:有料
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石垣を多く見ることができるが、これらは天下普請の時にはるばる伊豆半島から切り出され船で送られたものである。
それまでは他の関東の城と同じく土塁のみの城であった。
関東で石垣を多用した近世城郭は江戸城と小田原城しかない。
それでも外郭や西ノ丸、吹上などは土塁が用いられているが、特に吹上の土塁は雄大である。
ワンポイント
幕末史
1868年(慶応4年)4月4日、江戸城は明治新政府軍に明け渡される。
10月13日に東京城(とうけいじょう)に改名された。
1869年(明治2年)東京奠都。皇城と称される。
1873年(明治6年)皇居として使用していた西ノ丸御殿が焼失。
1888年(明治21年)明治宮殿の完成によって宮城(きゅうじょう)と称される。
1923年(大正12年)9月1日 関東大震災で残っていた建造物は大きな被害を受ける。
和田倉門(櫓門)は復旧されなかった。
他の被害を受けた門は、上の櫓部分を解体して改修された。
1945年(昭和20年)空襲で大手門が焼失。
1948年(昭和23年)皇居と改称された。











