
野球が大好きだ。
中学時代と大学時代に泥だらけになって白球を追いかけたあの日々が、今の自分の土台になっている。
だからこそ、わが子にも野球の楽しさを知ってもらいたいと願っていた。
ある日、公園で子どもとキャッチボールをしていた。
ところが、投げ方がぎこちなかったり、カラーバットでの打ち方がうまくいかなかったりすると、つい「違う!」「こうやるんだよ!」と口を出してしまう。
気がつけば、私は「うまくなること」がゴールになっていた。
それは、かつて自分が“うまくなりたかったのに、うまくなれなかった”悔しさが、今も心の奥に残っているからかもしれない。
私は子どもに、自分が味わった挫折を味わわせたくなかった。
でもそれは、もしかすると“自分のため”だったのかもしれない。
「野球、もうしたくない」
子どもにそう言われたとき、胸がズキンと痛んだ。私の“熱意”は、いつの間にか“押し付け”に変わっていたのだ。
子どもは、私と過ごす時間を楽しくしたかっただけ。
うまくなくていい。ただ一緒に笑って、走って、転んで、ボールを追いかける。それだけでよかったのだ。
いま、子どもは別の遊びに夢中だ。
私は少し距離を取りながら、でもそっとそばにいて、いつかまたキャッチボールができる日を楽しみにしている。
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