先日お世話になってる大先輩の事務所にお邪魔した時、
神棚のような飾りのしてある色紙にお供え物と水。
おそらくこれはそのようにその方が祀ってるものなんだろうと。
それは傍からみたらただの色紙にちょっとしたことが描いてあるだけのものにしかみえない。
しかしながらその方にしてみれば他の何にも代え難いものであることに違いないのだ。
そこで僕はお供え物、水に関して「これいつも丁寧にしてありますが・・・」と問うと
「水は毎日変えてる」と。
そうですか。じゃ大事なお祀りなんですね、と。
それこそルーティーンですね、と。
そもそもルーティーンとは「決まった所作」「決まった手順」「日課」
要はその人の習慣であり毎日のことである。
それはやはり他人には理解できないところに存在すると考える。
今はかなり浸透しているがとある野球選手が朝必ずカレーを食べるとか
朝玄関の掃除をするとか朝これを必ず食べるだとか、それは人それぞれ千差万別である。
そもそもそれを他人に理解してもらおうってのが間違いであり
大概が独りよがりであろうと推測する。
しかしそれを極めるもまた、そしてそれによって何かを極めるのもまた知らしめることになろうかと。
なのでルーティーンってのはだいたいが理解されないものである。
僕が毎朝筋トレをするのもフルグラを食べるのもそして高杉晋作敬の写真に手を合わすのも
まったく他の人にはわからない自分だけの習慣であり決まった所作である。
理解されようとは思うわない。
しかし続けていこうと思う、いやそう思うのではなく流れで。。。
しかしなんでルーティーンって朝することが多いのか?
まぁ目覚めの時間が、朝の時間がその日1日を決めるからなのかな?