息子が高校を卒業しました。
もうひとつのブログで
このあいだ息子の卒業式に行ってきました。3年間、長かったんだか短かったんだか。卒業式にむかう車の中でかみさんと「よ~3年間送り迎えしたな~」と。部活が終わってからは電車で帰ってくることが増えましたが、それまではほぼ。それとて、もうすることもなくなります。ちょっと寂しいというか、感傷に浸りながら学校へ。そして会場の体育館へ。3年まえの入学式のときは、あいさつできる人でさえわずかでしたが、この日はいろんな人と会話も。少しは慣れたかな、と。
10時少し前、厳粛なムードの中卒業式が始まりました。入場から卒業証書授与、祝辞をいただき送辞・答辞、そして蛍の光。一連の流れで。約1時間と少し。その間僕の頭の中は合格の日から入学式そして3年間走り続けた野球部と走馬灯のように思い出が。僕自身、右も左もわからないなかで、学年委員をさせていただきました。最初は本当に慣れるんかな?と戸惑いながらも、なんやかんやで気が付けば3年が経ち卒業です。息子はいいクラスメートにも恵まれたようで。3年間変わらず、一緒だったっていうのが大きかったんでしょう。小学校も中学校も高校もそれぞれ3年間クラス替えなしの・・・稀な人生ですね(笑)
そして同じクラスの野球部の仲間。担任の先生が副部長されてたってのもよかったですね。いつも近くでみてくれてましたから。
そして教室での最後のHRを終え、校舎をあとに。
ここで一句✒
ありがとう 3年間の 軌跡(奇跡)です
大げさかもしれませんが、すべて息子の起こした軌跡(奇跡)です。中3のとき、進路を決める最後の懇談で「八鹿高校を」と言った息子の覚悟ってのは、そうとうだったはず。その覚悟は間違ってなかったと、卒業する息子を見て、確信しました。卒業おめでとう!
前も書きましたが八鹿病院で生まれた息子。そして僕のおばあちゃんが八鹿の生まれというのも。合縁奇縁ですね。八鹿高校にお世話になることは必然だったのかも。
お世話にになったみなさんへ、おかげさまで無事卒業できました。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
八鹿「で」よかった。
と思い出を綴りました。
んで続編では
続、、、う~ん。続ではないんですが、僕の思い出も少し。今までそうも交わることのなかった、南但地区での3年間。これは僕自身とても大きな財産となりました。前にも書きましたが、おばあちゃんが八鹿なので、少しは・・・と思いますがそうでもなく。小中はだいたい城崎郡というくくりで。そして北但というくくりで。高校もやはり北但学区というくくりだったので。んで仕事も学校卒業後は、地元金融機関に入行するも、本店営業部、港支店とやはり豊岡地区。しかしここでは少し幅が。というのも同期がたくさんいたので、八鹿などの南但の人とも交流するようになりました。しかしその程度。んでそんな環境下、息子が八鹿高校さんにお世話になったわけで。そして大所帯の野球部に入ったわけで。ただ息子が中3のとき関宮学園さんといっしょに野球をしてたのが救いでした。2人いた同級生が1人いっしょに野球部に入りましたから。しかも同じクラス(笑)
というのも野球部の保護者会とか、集まりとかで知らない人ばかり。初めて行った集まりが人・人・人。。。知らない人ばかり。でも息子を1人で行かせるわけにもいかないので。しかしながら、予想通りの展開。息子は息子で友達とワイワイ。わしゃ1人だわ、、、と思ってたら前年お世話になった、関宮のお母さんが会釈を。それだけでも救われましたね(笑)(どんなけアウェーやねん)
そして初の会話は忘れもしません、いちばん端っこに座ってた僕の前に座られた、現・養父市長のOさんとでした。娘さんが息子と同じ1年生で、野球部のマネージャーをされてて。僕はたまたま經友会での活動の中でお会いしたことがあり、それきっかけでいろいろな話を。日高からってのは大変ですね、といろいろ気を遣っていただいたのを憶えています。市長になられた今でもお忙しいのに、集まりには来ていただいたりと。頭が下がりますね。
そして最初に「お!ひさしぶり!」と声をかけてくれたのが、先に書きましたが、前職時代同期で苦楽をともにしたMくん。それこそ27年ぶり。まさか息子が同級生でいっしょになるなんて。。。と。ここで一気に会話に華が咲きました。知らないところで初めて声をかけてもらったら、そらもう神様に見えます(笑)助かった~と思いますよね(笑)
みなさんに感謝ですが、この3人の方には特に、、、ですね。
ここからいっきに加速して、野球部20人保護者も含め仲良くなりました!
そしていろんなひとに助けていただきながらの3年間でした。ありがとうございました。
ここで一句✒
3年間 親子ともども ありがとう
これからもいっしょに。そしてそれぞれの息子の結婚式には招待しましょうね(笑)
ちなみにですが、息子が3年間お世話になった担任の先生、僕が前職時代にお世話になった方の息子さんでした。いろいろ繋がってるんですね。。。ちょっとビックリでした。
、とこんな感じで思い出は尽きません、親子ともども。
この高校に通ったんでこれだけの思い出ができた、と。
そりゃ他に行ってれば他の思い出も。
それはそれぞれ、各々の道。
人生にif、もしも、、、はないので、その思い出が最高と思いたい。
というかサイコーなんでしょう。
その道でよかったと思える人生をこれからも
親子ともども歩いていきたいと。