「大丈夫かい? オウジ?」

 

 

 

止まったままのオウジのカオをウィルがそっと覗き込む。

 

その深いダークブラウンの瞳は

 

明らかに同情の念を帯びていた。

 

 

 

「ダイジョブって? 何が?」

 

 

 

"同情”は、オウジがもっとも嫌悪する感情。

 

彼のハートが一瞬でシャッターを下ろし

 

何事もなかったような営業ブッチョウヅラに戻るのは

 

もう条件反射なのだ。

 

 

 

それを百も承知しているウィルが、オウジの腕を掴んだ。

 

 

こうなった時は、言葉より行動である。

 

ウィルは立ち上がると、有無を言わさず歩き出した。

 

 

 

「え、ちょっ・・  ?!」

 

 

 

オウジの手に持っていたバドワイザーの瓶から中身が零れ落ちる。

 

 

 

「きゃっ!」 「ナニ?乱暴な・・」

 

 

 

慌てる井戸端ガールズを気にも留めないウィルに引っぱられ、

 

2人は荷物どころか上着も着ずに、そのまま玄関を出て行く。

 

 

 

 

「あら、ウィルもう帰るの~? オウジも?」

 

 

 

世話焼きマンマミーアのリーザの声をも背後に、

 

地下にあるアンディの部屋から

 

地上へつながる階段を2人は駆け上がる。

 

 

 

「おいウィルっ!

んだよ・・いったいナンのマネだよっ」

 

 

 

ウィルは真一文字に口をキュッと結んだまま答えない。

 

 

 

クソっ、なんて馬鹿力だ。

 

 

 

ここぞという時にパワーを全開するデカい黒人男に

 

不摂生が歩いてるようなチビのアジアンボーイが勝てるわけもなく。

 

 

 

2人はずんずんとバワリーアヴェニューを北上し、

 

イーストハウストン通りに入った所で、ウィルが初めて口を開いた。

 

 

 

 

「オウジが止めなければ、カイはロンドンに行くよ。

それは、ジュードとの関係を取り戻すことも意味するんだぜ?

 

キミ達の関係性は失われてしまうんだ、永遠に!」

 

 

 

「関係性って・・ 」

 

 

 

「オウジ、キミはカイが好きなんだよね?!

愛してるだろ?

友達って意味じゃないよ、恋のLOVEだよ?」

 

 

 

「あッ?」

 

 

 

と、反射的に口から出たものの。

 

 

昼間のギグの桜吹雪の中の演奏を

 

ウィルは見ていたんじゃないか。

 

 

オウジはとたんに口をつぐんだ。

 

 

 

誰に分からなくともこの想いを、

 

あの、体の中を突き抜けて行った桜色の焔を、

 

音楽の底に在るオレ達だけの共鳴を

 

もし愛と呼ぶのなら。

 

 

隠せようはずもナイんだ、ウィルには。

 

 

この学校に来てから最初にツルんだ友であり、

 

ここひと月は殆どの時間を共にして、

 

曲を作り、黒い太陽を追いかけてきた同志なのだから。

 

 

オウジの胸がドギマギと揺れながら波を打つ。

 

 

 

応える言葉は見つからないまま北上してゆく2人の

 

はるか遠くに、ミッドタウンの摩天楼たちが

 

浮かんで見える。

 

 

 

 

1番街をアップタウン方向へ。

 

見慣れた7thストリートの道路標識だ。

 

 

ここを南に曲がればオレ達の、

 

いや、カイの部屋がある。

 


 

 

そうか。

 

もうあの部屋でカイと暮らすことも

 

ショウゴの店で飲んだくれることも

 

路上で絵を描くアイツの横で

 

ハープを吹くことも無くなるんだ・・。

 

 

 

 

「オウジ、キミはもっと大人にならなきゃいけないよ」

 

 

 

 

諭すようなウィルの声がまた、

 

オウジを対戦モードに引き戻す。

 

 

 


「ナニ言ってんだよ 

いったいドコ行くつもりだ?!」

 

 

 

「13丁目さ。ショウゴの店。

きっとカイはそこに居るだろ?

 

ちゃんとカイを見るんだ。

 

そして自分の想いを、

目をそらさずに、ちゃんと!」

 

 

 

「余計なお世話だっ!!」

 

 

 

手を振りほどこうとするも、

 

がっしりと掴んで離さない。

 

ウィルの手、こんなに大きかったか?

 

 

 

と、突然立ち止まったウィルの背中に

 

オウジはドスンと追突した。

 

 

 

「痛でっっ!」

 

 

 

暗闇に浮かび上がったウィルの目が

 

じっとオウジを見つめている。

 

 

何か言おうとしまま口から漏れる、吐息が荒い。

 

 

 

その白さが、12月のキンキンに冷えた夜であることを

 

2人に思い出させた。

 

 

 

 

「・・オウジ僕はね、ずっと恋人と

うまくいってなかったんだ。」

 

 

「・・は? 何を唐突に・・」

 

 

 

戸惑うオウジにウィルは続けた。

 

 

 

「相手には僕よりも大事な家族がいることは分かってたけど

ずるずる別れられなかった。

 

世の中でいう遊びの不倫てヤツに

僕の方だけがホンキんなっちゃってたからさ。

 

でももうやめるよ。

僕等には先は無いんだ。

 

シアワセになるために、

人生には時々大きな決断が必要だ。

 

僕の背中を押してくれてのは

今日のキミのプレイなんだよ・・!」

 

 

 

「 ・・オレ?」

 

 

 

「そうさ!

美しい、とても美しい音だったよ。

 

ひらひらと舞うチェリーブロッサムの花びらに

祝福された、ゆるぎない愛の音だ。

 

大切な誰かへの想いが

確かにそこに在ったよ。

 

そしてそれをまるごと受け止めて

視覚に変えるカイの空間アートも。

 

分かってるだろ?キミ達は最高だ!

 

最高のバディじゃないか!

 

このままホントの気持ちに蓋をして

終わってしまうなんて、そんなの間違ってるよ」

 

 

 

「えらそーに説教すんな!

アンタに何がわかんだよっ」

 

 

「わかるさっ!!!」

 

 

 

突然の大声に、深夜の1番街に少しだけある人通りの

 

何人かが、2人を振り返った。

 

 

ウィルの背後で歩行者用の信号機が、

 

点滅を始める。

 

 

 

 

「・・わかるさ、オウジ。

 

ボクの恋人も・・ 男なんだよ。」

 

 

 

「え・・・  ?」

 

 

 

そのまま瞬きするコトも忘れてしまったオウジの瞳の中で、

 

信号機が点滅を終える。

 

そしてストップサインが赤く映った。

 

 

 

 

「・・知らなかったろ?

自分がゲイだなんて、キミにさえ打ち明けられなかった。

 

キミだけじゃない、アンディもミシェルも

誰も知らない!

 

僕はウソツキの臆病者さ。」

 


 

 

 

・・・同性愛者? 

 

ゲイ?ウィルが??

 

そんな素振り、一度も感じたことなかったぞ。

 

 

そもそも同性愛者って、ショーゴとか、

 

ビキニマッチョのオリバーとかよ、

 

見た目ですぐわかるじゃん?

 

そんで不倫してたってコト? 

 

ティーチャーからも生徒達からもリスペクト、

 

一片の曇りもないような優等生の

 

ウィル・ジョンソンだぜ?

 

 

 

 

脳内がぐるぐる回ったまま茫然と立ち尽くす

 

オウジの手を引っ張り、

 

ウィルは再び歩き出した。

 

 

 

13丁目のショウゴの店はもうすぐなのだ。

 

 

1番街の通り沿いの窓からは灯りが漏れてる。

 

よかった、まだ開いてる。きっとカイは居るハズだ。

 

 

 

カランカランとカウベルを鳴らし、

 

ウィルは店のドアを勢いよく開けた。

 

 

 

店内はいつものようにあっけらかんと

 

ラテンのミュージック。

 

エスニックと醤油とドミグラスソースの入り混じった匂いがする。

 

 

 

店の営業時間は終わったようで、

 

従業員のジェシーが、ホール席の椅子をひっくり返しては

 

テーブルの上に乗せていることろだった。

 

 

 

「あ・・ オウジ・・!」

 

 

 

今日もむっちりとした体に白いセーターの

 

マシュマロみたいなジェシーが、オウジを見た瞬間に固まった。

 

 

残っていた常連が数人、なんとなくザワつく。

 

 

 

「あっらぁ~~ 遅かったじゃないのぉオウジィ?

ぎゃははっ、愛しのキミはもう居ないわよぉ~?? 」

 

 

 

年増女優のローズが、カウンター席で

 

のけぞる程に笑ってる。

 

どんな時でも酒がたらふく入っていれば

 

この女は勝手にゴキゲンなのだ。

 

 

ローズの隣席では、店主のショウゴが

 

コニャックのボトルを傾けては

 

ロックグラスにゴボゴボと注いでいる。

 

 

 

口から先に生まれたショウゴなのだが

 

この日はチラリとオウジを見た切り、

 

何も言わずに大きくため息を吐くだけだった。

 

 

 

「・・・じゃあカイは・・?」

 

 

 

ぽつりと呟くウィル。

 

ずっと早歩きでオウジを引っ張って来た額からは

 

汗がぶあっと吹き出してくる。

 

 

 

「さっきまでこの店に居たんだけど・・」

 

 

 

ジェシーが申し訳なさそうに、口を開いた。

 

 

 

「白いバラの花束が届いたのよ、LL・クラークから・・」

 

 

 

蚊の鳴くような声で、ショウゴ。

 

そしてローズがたたみ掛けた。

 

 

 

「そーそー、ジュードが引き抜かれた時と同じ手口!

こ~~んなおっきな白薔薇100本ね!

 

きゃはは~~やるわねぇあのエロ親父

ジュードの時は真紅の薔薇だったわよね~?」

 

 

 

「花束の中に航空チケットが添えてあるトコまで一緒。

 

明日の朝・・てゆーか、もう今日ね。

6時半のロンドン行きですってよ・・」

 

 

 

グラスに次いだコニャックを、ショウゴはガブッと一気に

 

口の中に放り込んだ。

 

 

 

「き・・今日・・ そんな急に?」

 

 

「それがLLの常套手段なのよぅ~~

そうやって試すの!

 

生きるべきか死ぬべきか?

チャンスに乗るか、乗らないか?!

ザット・イズ・ア・クエスチョ~ン!

 

運をつかむのもアーティストの大事な素質だってコトよ。

 

2年前、ジュードはそれに乗っかった。

今度はカイの番だわ

 

今日の夜にはもう霧の都ロンドン! 

LLカンパニーの新たなスター誕生ねっ」

 

 

 

ローズはショウゴのグラスに、勝手に自分のグラスを合わせ、

 

コニャックをグビリとあおる。

 

 

 

「 お・・  遅かった・・ 」

 

 

 

ウィルはふらふら後ずさりし、

 

ぶつかった椅子にそのまま座り込んでしまった。

 

 

 

 

「いいこと!?

絶っ対、追いかけたりしちゃダメよっっ!!

オウちゃん!」

 

 

 

と、いきなりショウゴが立ち上がった。

 

 

 

「カイちゃんはね、もう決めたの!

カイちゃんの幸せのためにはその方がいいのよっっ!

 

アンタみたいなチンピラや学校の小僧たちと遊んでるより

カイちゃんにふさわしい場所が用意されたって事。

 

アンタのつまんない嫉妬で足引っ張るようなこと

ぜ~~ったいにすんじゃないわよっ!!

 

アタシだって・・アタシだってガマンしてるんだからぁ~~~」

 

 

 

うわぁーーっと泣き声を上げ、ショウゴはローズにすがりつく。

 

 

あ~~はいはい、とローズはショウゴのアタマをなでつつ

 

もう片方の手で、トルティーヤチップスをピンクの唇に運んだ。

 

 

 

 

「・・・  ざけんなよ ・・」

 

「 オウジ・・?」

 

 

 

ジェシーだけが、その小さな声に気づいた。

 

 

 

「なんだってんだ、カイのヤツ・・!

 

アンディん家の打ち上げにも来ないで

ロンドンのカンパニーに入るだぁ?

 

フザケんのにも程があるぜ!!」

 

 

 

オウジはくるりと踵を返した。

 

 

 

「ちょっ、オウちゃん! どこ行くつもりよッ?!」

 

 

「空港だよっ!」

 

 

「だから引き留めるなって・・」

 

 

 

「だれが引き留めるって?!

ジョーダンじゃねー、文句言ってやる! 

 

一言言ってやんなきゃ気が済まねえ!」

 

 

 

 

きゃはは~~~ムダムダ、とか

 

いけいけ~~なぞと、ヨッパライ達が口々に盛り上がる中、

 

オウジは店を飛び出した。

 

 

 

 

ロンドンだ? いいさ、行けばいい。

 

アンタにとっちゃチャンスだもんな。

 

自分の才能を買われてギャラが貰えて

 

その上あのキザなオトコが恋人で?

 

 

そうさ、アンタは最初から言ってたんだ、自分はバイセクシャルだって。

 

 

オレと出会う前に男の恋人が居たって言ってたし。

 

そいつが帰って来たならもう言うことないじゃん。

 

とっとと行けばいいんだ、ロンドンでもパリでも南極でも!

 

 

くそっ、寒みぃ。

 

 

最高のバディだと?

 

勘違いも甚だしいぜ、ウィル。

 

 

アイツはオレに一言も言わず出てくんだ。

 

さっさと行っちまえって言ってやるさ。

 

 

オレ達にはなーーんにもありゃしねえよ

 

せいせいすらぁって、言ってやる。

 

 

 

 

 

「オウジ、待って! 地下鉄より

タクシーの方が早いわ!!」

 

 

 

 

振り向くとジェシーが、1番街の歩道から通り過ぎるタクシーを

 

呼び止めているところだった。

 

1台の古びたイエローキャブが、彼女の前で停車する。

 

 

 

 

「早くっ、オウジ!!

ギリギリ間に合うかもしれないわ」

 

 

 

血が上ったアタマで考えるハズもなく

 

言われるがままに、オウジはタクシーに飛び乗った。

 

 

 

「JFKまで。 

ユナイテッドエアラインのターミナルにお願いします!」

 

 

 

ジェシーはドライバーにそう告げると

 

エプロンのポケットから、今日の客からもらった

 

チップの札束を掴み、オウジに握らせた。

 

 

 

「ジェシー・・」

 

 

 

この時初めて、オウジはジェシーの顔をまともに見た。

 

 

 

「行ってください、早く!!」

 

 

「へへへっ、なんかワケありかい~? 

いいぜ、任せておきなっ」

 

 

 

くわえ煙草のタクシー運ちゃんが、ポイっと煙草を投げ捨て

 

自動でドアを閉める。

 

 

 

 

ヴゥンと唸りを上げてオウジを乗せたイエローキャブが

 

夜の街を走り出した。

 

 


 

 

 

 

 

---------------------------------To be continued!

 

 

※この物語は1987年のニューヨークを舞台にしたフィクションです。

 

 

 

 

このお話の第1話はこちら↓↓

https://ameblo.jp/ejico-graffiti/entry-12370327930.html

 

 

「SOUL TOWN ~夜明けのKISS~」は

こちらの小説の  続編です↓↓

「SOUL FRIEND~ボクが見つけた、ひとつの歌~」

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