雪が降っている。

 

 

天使が雲の上でしゃかしゃかと削る

 

ふわふわの氷の欠片が、空から舞い落ちて

 

ダウンタウンを大きなかき氷にしようとしてる。

 

 

白に次ぐシロ。 今日のシロップは練乳だな。

 

 

こんな大雪は今季初めてだ。

 

 

カイはツイードのコートの襟を立て、舞い散る雪と同じリズムで

 

さくさく雪を踏み進む。

 

 

ロンドンから戻って来たジュードの舞台、初日だった。

 

 

舞台が終わってソーホーにある小さな劇場を出てみたら

 

街はすっかり雪で覆われておいた。

 

マンハッタンは時々こんな悪戯をして見せる。

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

 

 

ため息が、いつもより熱い。

 

ボクは今、サイコーに幸福な顔をしてるだろう。

 

この街の劇場を出てきた人がみんなそんなカオしてるように。

 

 

街に出て来た観客たちが、それぞれの方向に散らばってゆく。

 

さっさと地下鉄の入口に入り込む者、

 

カイのようにココロを持て余して、雪の中を選ぶ者。

 

 

 

「あれっ・・?」]

 

 

 

見覚えのあるドレッドヘアとオレンジ色のショートボブが

 

数メートル前を歩いてる。

 

 

 

「ウィルとミシェル・・ だよな?」

 

 

 

ジュードはMDIの生徒だったから、

 

どちらと繋がりがあっても可笑しくない。

 

きっと彼等も同じ舞台を見ていたのだろう。

 

 

ああ、やっぱり。 

 

ウィルの手がしっかりとパンフレットを握ってる。

 

 

 

後を追っているわけでもないが、同じ方向へと

 

カイは彼等の後ろを歩いた。

 

こんな時はなんとなく公園を横切りたくなるところも一緒だ。

 

 

 

ワシントンスクエアの遊歩道に2人と、もう1人が入ってゆく。

 

天に向かって手を伸ばす見慣れた木々も、すっぽり雪化粧だ。 

 

 

ひんやり白濁した空気に阻まれて、いつもなら見えてるはずの

 

アパートメントの外壁もぼんやりとしか映らない。

 

北欧の絵本の中に迷い込んだみたい。

 

 

さくさくさくさく、歩を進め、少しずつ距離が縮まって来た2人に、

 

カイが声を掛けようと思った時だった。

 

 

ウィルのドレッドヘアがフラリと揺れたと思ったら、

 

ステンとお尻から地面の上に転がった。

 

 

隣のミシェルがあわてて彼を覗き込み、何か言ってる。

 

ウィルは起き上がろうとしない。ヤバい、アタマでも打ったかな?

 

 

思わずカイも駆け寄った。

 

 

 

「ウィル! 大丈夫かい?」

 

 

 

緊迫した面もちのカイに、振り返ったミシェルの

 

ビビットなピンクの口から、大きくため息が漏れた。

 

 

 

「・・ どしたの・・?」

 

 

 

改めて見ると、ウィルは大の字になって両手を広げ、

 

空からやって来る訪問者たちを受け止めていた。

 

うっとりと。

 

 

 

「ああ、雪が僕をめがけてやって来る・・

 

世界は  ・・なんて美しいんだ・・ !」

 

 

 

「春んなって急に温ったかくなると

狂っちゃうヤツはいるけどね。

 

雪で狂うバカは初めてだわ」

 

 

 

美しい雪だけでなく、

 

冷たいスミレ色の視線も降って来てるはずなのだが

 

どうやらそっちは届かないらしい。

 

 

 

「螺旋を描いたり、・・横に流れたり

ホラ、歌っているようだよ・・・ !」

 

 


初めて雪を見た少年みたいだ。

 

ウィルもまだ舞台の魔法にかかったままなのかも知れないな。

 

カイも空を仰いでみる。

 

 

風に乗ったぼた雪は右に左に、自由奔放で。

 

 

 

「ホントだ、ふわふわ踊ってる」

 

 

「なーーにバカな事言ってんのよ!

さっさと起きなさいよ、もうっ・・!」

 

 

 

腕を掴んで引っ張り上げようとするミシェルの手を逆に、

 

ウィルが強く引っ張った。

 

 

 

「キャッッ!」

 

 

 

ミシェルの2倍もありそうなウィルの頑丈な腕に、

 

おのずとミシェルもウィルの横に転がされた。

 

 

 

「な、何すんのよ、バカっ!」

 

「ミシェルも一緒に見ようよ。」

 

 

 

起き上がろうとするミシェルのノド元を

 

ウィルのダウンジャケットに包まれたぶっとい腕が

 

ガシリと押さえつけている。

 

 

 

「見たいんだ、キミと一緒に。

こんな瞬間もう2度とないだろ?」

 

 

「無くていいつーの!

って・・  えっ? ウィルったら泣いてる?!」

 

 

「泣くさ。 

美しいと感じた時以外、いつ泣いたらいいんだ?」

 

 

「あ、あるでしょっ、悔しいとか、悲しいとか」

 

「そんなのもう、やり飽きたよ」

 

「年寄くさっ・・!」

 

 

 

ワケの分からない涙についほだされたのか。

 

けれどしっかり憎まれ口を喰らわせつつ

 

抵抗を止めてその場で空を仰ぐミシェルに、

 

カイもクスリと笑った。

 

 

そして、自分もどさりと雪に体を預ける。

 

 

アンタもかよ、とミシェルのいつもよりクールなスミレ色がカイを見た。

 


夏には青々とした芝でいっぱいだった、今は真っ白な広場の上で

 

変形の川の字になって寝ころぶ、

 

ドレッドの黒人青年とオレンジの髪のシャカリキガールと

 

ロン毛の天然オリエンタルに、ふわふわとかき氷が落ちてくる。

 

 

 

 

「 ああ、いい舞台だった・・・ 

 

  サイコーの気分だ・・。 」

 

 

 

まるで歌であるように、ウィルがつぶやいた。

 

 

人の織りなすマンハッタンの騒音を

 

しんしんと雪が包み込む。

 

 

いつもと違う無音の都会が

 

時空からすっぽりと切り取られたようにそこにある。

 

 

 

 

「 始まりもイカシてたな・・。

いきなり爆音と照明が、パアッとステージを照らし出して 」

 

 

「 モード系の衣装もカッコよかった・・ 」

 

 

「 なんだか変わったカンパニーだったね・・ 」

 


「 ん・・ 」

 

 

 

 

言葉は大した役に立たなかった。

 

 

ウィルの鼓動には、パフォーマー達の汗と筋肉の躍動が

 

ミシェルの瞼には、プロフェッショナルの塊である彼等の息吹が

 

カイの細胞には、キラキラひろがる摩訶不思議が

 

 

浜辺に打ち寄せる波のように

 

舞台中に散りばめられていた、小さな電飾たちの繊細な点滅のように

 

 

何度も何度も、感動を持って訪れて

 

 

ただ1人だけの大切なその想いは、

 

ただ隣にいることで共有することしかできないのだ。

 

 

 

うごめく若さに火照るカオをめがけて

 

白く大粒のウェットスノーが落ちてくる。

 

 

 

普段はすまし顔の針葉樹も、ストリートの落書きも、

 

ストリートの上で既に消えたチョーク画の100体の天使にも

 

ただただ雪が降りそそぎ

 

 

慌ただしさも焦りも、情熱や野心もジェラシーも

 

この街の何もかもを覆いつくす。

 

 

まるで何も無かったコトにするように。

 

 

 

 

「  ああ・・  気持ちイイ・・  」

 

 

 

カイの閉じたまつ毛にも、雪の結晶が降りてくる。

 

 

 

「こんな気分、すっかり忘れてたよ・・。」

 

 

 

カイは自分の肺に、刺さるような冷たい空気を思い切り送り込み

 

ツイードのコートの下で胸が大きく上下した。

 

体の中で細胞たちが目を覚まし、世界に向けて開いていく。

 

 

 

「 つい数週間前まで、

僕はタダのストリートの絵描きで

 

毎日がこんな風に、何もない空白の時間ばかりだったのにな。

 

学校に戻って、舞台って大きな歯車の中に戻ってさ、

なんだか息を吸う事すら忘れてたみたいだよ・・。

 

ボクはずいぶん必死だったんだな。

 

日本に居たあの頃みたいだ・・。」

 

 

「死ぬほどガンバれるってカッコイイと思うぜ?」

 

 

ウィルが空に手を伸ばし、雪を迎えに行っている。

 

 

「そんなんじゃないよ。

いつも闇雲に走っては、あちこちアタマぶつけてるだけさ」

 

 

「エンジェル・カイが? 意外ね。」

 

 

 

思いがけないミシェルの言葉に、

 

カイは隣に寝転んでいる彼女を窺った。

 

 

スカラシップ生の早朝の掃除当番でカオを合わせても

 

目も合わさず、ギター以外の何事にも興味がナイと思ってたガツガツガールの

 

ツンと天を目指して尖っている鼻が少し身近に見えて。

 

カイはふぅっと微笑みを漏らした。

 

 

 

「でもこうしてると、何だかこの雪にまで

祝福されてる気がしてくるからフシギだな・・。

 

そんなボク等に、無限に空からやってくる。

 

・・なんてジイシキ過剰かな。

 

どうもあの学校にいると、

自分が世界の中心にいるよう気になっちゃうよ。」

 

 

「それでいいのさ、カイ。

少なくとも君は、君の人生の主人公じゃないか」

 

 

「クサっ・・!」

 

 

 

ミシェルは雪を掴んでウィルのカオにお見舞いした。

 

ウィルはアハハと笑って、起き上がる。

 

 

 

「ああ、人って  なんて素晴らしんだろう・・・!」

 


 

世界が白くあるからこそ、ボク等のカラーは色めき立つ。

 

 

 

「ちょっ・・ 何してんのよウィル?!!」

 

「邪魔なんだよ、この重たいブーツ」

 

 

 

ウィルはよいこらしょと履き古した頑丈なブーツを脱いで、

 

ひとつ、ふたつと空に放り投げる。

 

次に右の、左のソックスが後を追って空に舞った。

 

 

 

「はぁっ? いったい今度は何?!」

 

「一度やってみたかったんだ、ニール・サイモン。」

 

「へっ???」

 

 

 

カオを見合わせる外野2人をよそに、

 

ウィルは黒い素足で、雪の上を歩き出した。

 

 

「うぉお~~ 冷てぇえーー」

 

 

 

と、左右の足を交互にぴょんぴょん跳ねるウィル。

 

 

 

「ああ、『裸足で散歩』だね! 

舞台や映画でヒットしたニール・サイモンの芝居だよ。

 

でも裸足で散歩してたのは、セントラルパークじゃなかったかな?

アハハッ!」

 

 

カイもむくりと起き上がった。

 

 

「NYの冬を裸足で? 

馬鹿げてるわね、どいつもこいつも・・!」

 

 

 

続けてミシェルも起き上がる。

 


ウィルの体温が伝わった水分を多く含んだ雪が、

 

きぃんと冷たく足の裏に応えてくる。

 

やがて彼はそれを味わうように、しっかりと踏みしめ歩き出した。

 

 

 

目をつむり、笑顔が滲みだしたウィルから

 

ついには鼻歌までが流れ出す。


 

そして首に巻き付けていたショールも

 

ワッペンの付いたダウンジャケットも、セーターまでもを脱ぎ捨てた。

 

 

 

「ちょっと、ウィル!風邪ひくわよ

もう~~、子どもじゃないんだから!」

 

 

「気持ちいいぜ~~! 

 この地球はサイコーだぁー」

 

 

 

空を仰ぎ、手を広げ

 

ボブ・マリィのTシャツ1枚になって彼は妙なダンスをしてる。

 

 

 

「ああもう・・ やっぱ来るんじゃなかった!」

 

 

 

ぶつくさ言ってる彼女の横で

 

カイは自分の手袋に付いた、そのかき氷をそっとなめてみた。

 

 

 

「冷てぇっ・・」

 

「よしなさいよ、そんなスモッグ交じりの雪」

 

「スモッグの味もわかんないけど、練乳の味でもないや」

 

「はぁ?」

 

 

 

えへへ、とイタズラな笑いを返し、カイはそおっと立ち上がると

 

今度は雪玉をこしらえて、こっそりとウィルの背後から近づき

 

大きな背中めがけて投げつけた。

 

 

 

「おっ、やる気だな カイっ?!」

 

 

 

当てられたウィルから嬉しそうに応戦が始まる。

 

 

 

「はははっ! 懐かしいなぁ、こーいうの」

 

 

 

雪玉をせっせと争うように作っては投げ合う

 

キッズ化したノーテンキ達に、

 

本日何度目かの、開いた口の塞がらないミシェルだ。

 

 

 

「ちょっとぉ・・ ! 

ねえっ、アタシ帰るわよー?!」

 

 

 

聞こえているのかいないのか。

 

彼等の雪合戦はどんどんホンキモードにアガってる。

 

ああもう、Tシャツなんかグッシャグシャ。

 

 

 

「何なのよもうっ、付き合いきれないっ・・! ばかっ!」

 

 

 

ミシェルは立ち上がり、コートに付いた雪をバンバンはたきながら、

 

ワシントンスクエアの出口、凱旋門に向かって歩き出した。

 

 

白くかすんだ前方に、微かに見えるミッドタウンの灯たち。

 

 

 

「ヘイ! ミシェ~~~ル!」

 

 

 

遠くでウィルが彼女を呼び止める。

 

 

振り向かず歩き続けるミシェルに、ウィルは裸足のまま駆け寄ると、

 

彼女の行く手に立ちはだかった。

 

 

「はぁっ はぁっ・・」

 

 

白い息を少年のように弾ませながら、

 

ごそごそとジーンズのポケットをさぐっている。

 

 

「何よっ」

 

 

そして1本のカセットテープを取り出すと、彼はゆっくりとひざまづき、

 

彼女の前にそれを捧げて見せた。

 

左の手は、ハートの上。

 

 

どこぞのプロポーズシーンを思わせるそのポーズが、

 

ミシェルの眉間にシワを寄せる。

 

 

 

「ミシェル・・  これ。」

 

 

 

ウィルの神妙な声に、手を伸ばして受け取ったそのテープには

 

『Jet-black sun/NOAH』と、マジックで書いてあった。

 

 

 

「ボクの魂だ。 聴いてくれ。

 

前に譜面を見せたろ?

今度のギグにエントリーするために

オウジとアンディと3人で録ったんだ」

 

 

「そんなの聴いたって、もうアタシは・・」

 

 

「とりあえずのギターはオウジさ。

そりゃミシェルの音と比べものにならないないけど!

 

アイツ今ドラマ科の音楽監督もやってるから

今の僕等にはこれが精いっぱいさ。」

 

 

「ふん、ドラマ科もいい迷惑ね」

 

 

「オウジ、変わったぜ? この歌を聴けばわかるよ。

なあ、もう一度一緒にやらないか?!」

 

 

 

何度言われても応える気はサラサラ無い。

 

あり得ない。

 

 

なのに、なぜ言葉に出ないのだろう。

 

 

だって、ウィルの目が。

 

 

ウィルはこんな目をしていた?

 

夏休みの少年みたいにいつも楽しそうではあったけど、

 

その焦げ茶色の奥は、こんなに底知れない程深かった?

 

 

 

何もかも見透かされてしまうような戸惑い、

 

あるいは大自然の中に放り出された時に感じる

 

畏れにも似てる何か。

 

 

 

「バ、バカバカしい。 

クズはどこまで行ってもクズよ。じゃ! 」

 

 

 

ミシェルは振り切るように強く歩を出し、

 

ブーツで力強い足跡を残しながら去っていく。

 

 

 

「 サンキュ~~!  

付き合ってくれて嬉しかったよーー。

 

オウジとアンディはバイトで来れなかったんだーー 」

 

 

「アイツらが居るなら来なかったわよ!」

 

 

 

捨て台詞を吐くミシェルの胸がなぜかモヤっている。

 

 

 

ウィルの瞳の奥に佇む、美しさにも似た果てない感情の名を

 

ミシェルはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------To be continued!

 

 

※この物語は1987年のニューヨークを舞台にしたフィクションです。

 

 

 

 

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