「時々夢を見るんだけどよ・・。

 

父ちゃんがオレを膝の上に抱いて

おもちゃのちっせえピアノを弾いてる夢。

 

けど、後ろにいるからカオが見えねえんだよ」

 

 

 

「・・なんか、オマエ等・・

けっこうヘビィだったんだなぁ・・」

 

 

 

アンディがぽつりと呟き、膝を抱えた。

 

 

背中を丸めた彼が小さく見える。

 

 

 

オウジは同情などマッピラなのだ。

 

 

が、このイタリア男はこんな単純極まりない素朴さで

 

いつの間にか人のフトコロに入り込んでいる。

 

 

ガッツリ立ち上がっていた壁も隔たりも

 

3歩で飛び越えてきてしまうのだ。

 

 

 

 

――だからコイツには、

 

家を捨ててまで一緒に付いてくるオンナや

 

大勢のダチが居んだろな。

 

 

って、どーでもいいけどよ コイツの事なんか・・ 。

 

 

 

 

「6か月前そこのドラッグストアで、

僕の知人がポリスに射殺されたよ。」

 

 

 

唐突なウィルの告白の走らせた微細な電気が、

 

生ぬるい魔法を消し去った。

 

 

さっきまでいがみ合ってたはずの2人も

 

思わずチラリと互いの目線を合わせた。

 

 

 

「強盗と間違われたんだ。

 

まだティーンエージャーになったばかりの、

ちっちゃなころから見かけてる子だった。

 

グループに入るでもなく

いつも1人で店の横のトラッシュカンの横に座って

ぼんやりと宙を見つめてた。」

 

 

「誤射って?! そりゃひでえ話じゃねえか!」

 

 

 

「ひどい話さ。

 

でも射殺なんかされなくたって

あの子の黄色くなった眼球には、もう虚無しか映っていなかった

 

そこから立ち上がる気力なんか

1ミリも残っていなかった。

 

1ミリもさ・・ ! わかるかい?

 

命があっても生きていないのと同じだ・・ !

 

だって大人が希望を持てない街で、

どうやって子供たちが希望を持てるんだ?」

 

 

「 ・・・・・・  。 」

 

 

 

「彼のような虚ろな瞳に、僕は見慣れすぎてた。

麻痺してた・・。

 

世界はあまりにも理不尽だ。

 

この街の絶望は大きすぎて、袋小路の巨大な迷路さ!

 

僕は何もできない弱くてちっぽけな男で、

あの子に声をかけることすらしなかった・・。」

 

 

 

「そんな自分を責めるなって、 な、ウィル・・」

 

 

務めてアンディは笑って見せる。

 

 

「責めてもどうしようもない、分かってるさ

あの子はもう死んだんだ・・!」

 

 

 

ぎゅっと拳を握り締めたかと思うと、

 

ウィルは座っている自分の太腿をドンッと叩いた。

 

 

 

「お、おい・・」

 

 

ドンッ、ドンッ、ドンッ・・

 

 

 

そのまま叩き続け、激しさを増してゆくその拳を

 

思わずアンディが抑えた。

 

 

「ヤメロって ウィ・・」

 

 

「でも違う、違うさ!

僕にはできる事があったハズなんだ!」

 

 

 

アンディの手をガツリと掴み、ウィルは立ち上がった。 

 

擦り切れた緑色のビロードを被せた椅子が

 

勢いで倒れ、転がった。

 

 

 

「だって僕には音楽がある!!

 

僕の中に脈々と受け継がれている

この血が、魂がある!!

 

僕は希望を紡ぎ出せる!

 

紡ぎ出すんだ!!

 

あの日ゴスペルが僕を叩き起こし

希望の太陽を燃え上がらせたように・・!

 

心を震わせた何かが、希望を見出せる何かが

 

僕には、僕だからこそ!

創り出せるハズなんだ‥!!」

 

 

 

「ん・・。 そうだっ、

 

そうだよな・・!」

 

 

 

アンディはそれ以上言葉にできず、何度も何度も頷いている。

 

 

目には涙さえ浮かべているそのオトコ達を、

 

オウジは腕組みをしたまま眺めていた。

 

 

そしてふいに手をほどき、パンパンと拍手をし始めた。

 

 

 

 

「第一幕終了~~。

実に感動的なクソ芝居だな

 

ドラマ科に移ったらどーだ、ウィル?」」

 

 

「 ・・・ ・・ 」

 

 

 

我に返ったウィルが、オウジを振り返る。

 

 

加えていた煙草をふっと、床に吹き落とし

 

オウジはそれをスニーカーで踏みつけた。

 

揉み消された吸い殻から、最後の煙が力なく消えた。

 

 

 

 

「この国の差別は分かりやすくていいよなぁ、

白と黒で決められてよ?

 

アンタも散々な目に遭ってきたんだろーさ。

 

それでもそんな絵空事を語るなんて、

そーとーオメデタイ男だぜ、ウィル。」

 


 

その声はいつもより低く、鎮まっていた。

 

 

 

が、動かないオウジの中で爆発したがっている

 

エネルギーが身体中に蠢いているのが手に取るようだ。

 

 

アンディはゴクリと唾を呑み込んで、2人のカオを交互に窺がった。

 

 

 

 

 

「オレは母親が在日コリアン2世だ。 

トンンズラした父親はジャパニーズさ。

 

お陰でオレはどっちからもハブられてた。

 

オマエ等から見たらジャパニーズと

コリアンの区別なんかつかねえだろ?

 

ハハッ、オレだってつかねえさ!

 

それでも人は人を殴るんだ!

 

何人もで囲み、蹴り上げ、うめき声を聞いて

勝者の気分を味わうのさ。」

 

 

 

「ニホンが・・? 

そんな差別のある国だったのかい?」

 

 

 

ウィルは驚きを隠せない。

 

 

 

「この国ほどあからさまじゃねーからな。

陰湿に残ってる分タチが悪いぜ・・

 

オレは在日コリアンだからって、散々ボコられた。

 

教師は見て見ぬふりどころか

口の端をひん曲げて笑いながら煽ってやがったぜ。

 

あのバカげたリンチの

鼻を伝う血の味を、肋骨のきしむ音を、

オレは忘れない・・!

 

民族の壁やら確執やら、暴力や、憎しみや、恨みや!

 

そんなもんがやすやすと無くなるかよ!!

 

そのくだらねーモンに乗っかって

テメエの権力を振りかざしてる腐ったヤツ等は

いつまでだってそのままさ!

 

オレはヤツ等全員ブチ殺してやりたいと思ってた!!

そうさ、皆さ!

 

この世に生きてるくだらねーヤツ等、全員なッッ!!」

 

 

 

勢い余り、オウジは立ち上がってウィルに詰め寄る。

 

 

 

「そんで、死んだぜ?!

アンタみたいに見殺しにしたんじゃなくて、

オレは殺したんだ!

 

音楽が人を救えるかって?!

 

クソみてえな夢物語ぬかしてんじゃねーよッッ!!!」

 

 

 

オウジの両手が、グイと

 

ウィルのセーターの胸ぐらを掴み上げた。


 

 

「おいオマエ、ナニ言ってんだよ

ちょっと落ち着けって‥」

 

「邪魔すんな、雄鶏ヤロウ!」

 

 

 

間に割って入ろうとしたアンディは

 

突き飛ばされ、派手にキーボードにぶつかった。

 

たちまちその顔が発火する。

 

 

 

「テメエッ!」

 

「んだよっ!!」

 

 

 

今度はアンディがオウジの胸ぐらに飛び掛かかり、

 

オウジも掴み返した。

 

 

「お、おい、ヤメロよ!」

 

 

 

3人ごったになって右に左に揉みあう中で、

 

アンディの右拳が一発オウジの頬を捕らえた時、

 

ウィルの黒い手がようやくそれを掴んだ。

 

 

 

「よせっ、ケガでもしたらどうするんだ!

つまらないことでその腕をダメにする気か?!

 

オウジもだ!

君も本番前のプレイヤーなんだぞ!!

 

いったいキミ等は何しに学校に通ってるんだ?!」

 

 


「  ・・・ちっ・・ ! 」

 

 

 

アンディがオウジを突き飛ばし、手を離した。

 

そのまま収まりきらない怒りで「ガアァァッ!!」と吠えると、

 

オウジは目の前に転がっていた椅子を、ガンッと力任せに蹴飛ばした。

 

 

危うくウィルに当たりそうになった背もたれの木枠が、

 

壁にぶち当たって鈍い音を立てる。

 

 

そして部屋は硬く、11月の冷たさの中に戻った。

 

 

 

 

「君も・・ 

祖国でそんな目に遭って来てたんだね。」

 

 

転がっていた椅子を立ち上げながら、ウィルがつぶやく。

 

 

「祖国だ? オレにンなモンねーよ」

 

 

 

くるりとオウジは2人に背を向けた。

 

 

天井にぶら下がっている裸電球が、まだ揺れながら

 

心もとなく3人を照らしている。

 

 

ウィルは続けた。


 

 

 

「あのギグの後さ・・

 

オウジの歌声が、際限なく

僕のなかでリピートしていたんだよ。

 

ビックリするくらい、

気づけばオウジの声が僕の中で鳴って、

ずうっと鳴り続けるんだ。

 

こんなことは初めてさ。

 

・・今、その意味が分かったよ・・。」

 

 

「意味・・ ?  ってナンダ?」

 

 

 

オウジそっちのけで、アンディが問うた。

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------To be continued!

 

 

※この物語は1987年のニューヨークを舞台にしたフィクションです。

 

 

 

 

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「SOUL TOWN ~夜明けのKISS~」は

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「SOUL FRIEND~ボクが見つけた、ひとつの歌~」

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「OHYAKUDO ILLUSTRATION ~Pray for New York~」

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