土曜の午前1時、マンハッタン121丁目。 

 

 

 

マンハッタンの北側に横たうハーレムの街を

 

オウジは今、歩いている。

 

 

 

 

 

外灯がわびしく灯る街の上に

 

べったりと覆いかぶさっている雲の

 

 

その向こうから、形の分からない今夜の月の

 

うす灯だけが、こちらの様子を伺うように射している。

 

 

 

結局昨夜は、バイト先のショウゴの店をバックレた。

 

 

全身全霊がムシャクシャ満タン。

 

どうしても足がダウンタウンに向かなかったのだ。

 

 

 

何もかもが気に入らねえ。

 

そもそもドラマ科のクソ芝居のために作曲だ演奏だって

 

面倒くせえだけ。

 

エロキス大魔王ジュードなんちゃらに啖呵を切った以上、

 

家にも帰れない。

 

 

 

仕方なくミッドタウンの劇場街をブラついて、

 

ウィルのバイトが終わる25時を待ち、

 

ヤツが家に着いてる頃を見計らって、地下鉄に乗って来た。

 

 

 

マンハッタンに住み始めてから8か月、

 

42丁目から北上するAトレインには初めて乗ったけど、

 

 

駅に着くごとに車内から白人やアジア系がひとり、またひとりと降車して、

 

暗い車内に自分以外は全部黒人!ってシュチュエーションは

 

ちょっと迫力だった。

 

 

 

ウィルからもらったアドレスを頼りに

 

彼のアパートメントを探す。

 

 

 

ブラウンストーンの4階建てって言うけど、全部そうじゃんよ、

 

ウィルのヤツ。

 

 

 

ウインターシーズンの分厚い雲の天井が低いって事もあるけど

 

空気の密度が断然濃い。

 

 

くすんだ色の絵の具しかない絵画に入り込んじまったキブン。

 

ダウンタウンの裏路地だってこんな重さ、感じたコトない。

 

 

 

このカンジ、どっかにあったな、ああ、アレだ。

 

マンハッタンに流れ着いた日、

 

5丁目のジャズバーで絡んできたドラッグの売人、キングコング野郎だ。

 

 

あのオトコの荒んだ気配が、この街の空気とリンクしてる。

 

アイツも黒人だったから、この街で育ったのかもな。

 

 

 

 

通りの向こうのドラッグストアは既に閉まっているが、

 

その外灯に照らされたラクガキだらけのシャッターの前に

 

5~6人のアフロアメリカン少年たちが、たむろしていた。

 

 

 

10代前半と見て取れる、

 

大人の骨格に成り切れてないヤツ等の


ウラブレたギョロ目が、見慣れぬ顔のオリエンタルを捕らえる。


 

 

彼等の中の1人、赤いスタジアムジャンパーの少年が

 

のっそりと立ち上がり、オウジに向かって歩き出した。

 

 

残りの少年たちも薄ら笑いを浮かべながら、

 

のたのたと彼の後をついて来る。

 

 

 

 

――オイオイ こっち来んなってブラックボーイズ・・!

オレだって金なんか持ってねーつの。

 

 

 

少し足早になったオウジの前に、2人の少年が立ちはだかった。

 

 

深くかぶったパーカーのフードの下から

 

闇夜にが浮かび上がる4つの白い眼球。

 

 

 

――やっべぇ・・  

 

 

 

比較的安全なミッドタウンの学校と

 

小洒落たオンナの家と、フザケたバイト先と

 

自宅を行き来するルーティーンの中で、

 

久々のハードボイルドな危険信号が

 

ドクドク鳴る鼓動と共に点滅してる。

 

 

 

が、ヤツ等のねっとりと澱んだ眼球の奥にある

 

底なしの沼を

 

オウジはよく知っていた。

 

 

日本で中坊だった頃、

 

やれ制服が違うの、目つきが気に入らねーのと

 

オウジを取り囲んでは

 

痛めつけて来たヤツ等の棲んでた、心の在り処。

 

 

そしてオウジを引きずり込み、

 

 

もがけばもがくほど埋まって行った

 

重くまとわりつく底なしの沼だ。

 

 

 

 

――金が目当てじゃないのかもな・・。

 

人が人を殴るのに理由なんかない。 

ただ気に入らねーからってだけで、充分なんだ。

 

 

 

 

在日コリアンだという理由でリンチされてた過去の、

 

鼻を伝う血のなまぬるい鉄臭さが、オウジの鼻腔に蘇る。

 

 

 

周りをぐるりと取り囲まれた。

 

 

 

「こんな夜更けに、どこに御用かな? 

子ども1人でよぅ」

 

 

イキがってても青臭さの抜けないその声につい

 

 

「オレはオマエ等よりは年上だぜっ」

 

 

と応戦した後で、やっちまったと思った。

 

 

「ギャハハハッ 嘘つけよ、チビ」

 

 

と嗤う、赤ジャンパー以外のヤツ等が

 

一斉にジーンズのポケットに手を入れた。

 

 

微動だにせず、ポケットの中でバタフライナイフを握りしめたまま

 

ボスの合図を待っているのだ。

 

 

 

いよいよヤバイ。

 

 

ぼんやりとした外灯だけが照らす闇に、

 

なんとか逃げ道をみつけようとオウジは目を凝らした。

 

 

 

一番小さいヤツの横を潜り抜けて、あの角まで突っ走れるか?

 

その先は?

 

 

 

ゴクリと、つばを飲み込んだその時、

 

 

 

「オウジ!!」

 

 

 

と呼ばれカオを上げた。

 

 

少年たちも一斉に、そちらを振り向いた。

 

 

2つ先にあるアパートメントの最上階の窓枠から、

 

胸までせり出して、大きく手を振っているのはウィルだった。

 

 

闇夜でも見えるほどのマッシロな歯を全開にして笑うウィルは、

 

オウジを取り囲んでいた少年達に気づくと、さらに声のボリュームを上げた。

 

 

 

「ヘイ、ブラザー! 今夜の調子はどうだい?

 

そのちっこいのは超ビンボー人だぜ!

残念ながら盗れるモンなんか何にもナイよ、

アハハッ 

 

ついでに僕のダチなんだ! 」

 

 

 

淀んだ空気を一掃するウィルの声に、

 

少年達のカオが一瞬だけ子どもに戻ったのを

 

オウジは見逃がさなかった。

 

が、その一瞬後には、また荒んだ目に戻っている。

 

 

なんだよ、コイツ等も営業ブッチョウ面のガキじゃねーか。

 

 

 

「オマエ、見慣れねえオリエンタルだと思ったら

ウィル兄貴の客か・・?」

 

 

 

赤ジャンパーがそう言って、フンと鼻を鳴らした。

 

 

 

「てこたぁアレか? バンドマンかぁ?」

 

「どーでもいいだろ」

 

「んだとぉ? オイ、オレ達をナンだと・・」

 

「よせ!兄貴の客だっつってんだろ、バカ。 

行くぜッ」

 

 

 

赤ジャンパーが踵を返し、歩き出す。

 

 

 

「命拾いしたな、小僧っ!」 

 

「早く帰ってママのオッパイしゃぶってなさ~~い」

 

「ぎゃははっ」

 

 

 

残りの少年達も、

 

汚れたスニーカーを引きずって、その後に続いた。

 

 

ノワール映画にエンドロールがようやく流れて来たようだ。

 

 

彼等はモノトーンの街にフェードアウトして行った。

 

 

オウジはふーーっと息を吐く。

 

 

 

――ヤベえ、

まぢヤバかった・・・ぁ。

 

 

 

今更、イヤな汗が噴き出てきた。

 

 

オウジはウィルが顔を出している

 

その年季の入ったブラウンストーンのアパートメントを見上げ、

 

そそくさとエントランスに駆け込んだ。

 

 

 

 

4階に着くやウィルが、

 

ダークブラウンのペンキで塗り固められた

 

木製のドアからニュッと顔を出した。

 

 

 

「ようこそハーレムへ! どうだい、この街は?」

 

「どーもこーも、たった今殺られるかと思ったぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------To be continued!

 

 

※この物語は1987年のニューヨークを舞台にしたフィクションです。

 

 

 

 

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