日本在住のビジネスマンなら絶対付けないような

 

ビビッドイエローのチェック柄ネクタイを締めたその男は、

 

カイにも見覚えがあった。

 

 

 

何度か店に来て、オウジの演奏をカラオケがわりに

 

唄っていた男達だ。

 

 

やたら大声ではしゃいだり、怒鳴り出したり

 

酒に任せて憂さ晴らしする面倒なタイプ。

 

いつもならショウゴが上手くあしらっていたのだが。

 

 

 

 

「奴ぁビンボー学生なんだろ、

店サボるなんていいご身分だな!

どーゆー教育してんだぁ この店はぁ~~」

 

 

「モウシワケアリマセン」

 

 

 

ジェシーがもう一度、日本式に深々とお辞儀をする。

 

 

と、その丸く大きな尻を包み込んでいるブルージーンズが

 

後ろのテーブルにぶつかり、その上にあった

 

調味料セットのソイソースの瓶が倒れた。

 

 

 

「ぅわっと あっぶねーー

こっちに零れたらどーすんだよ!」

 


「ホントにいつ来ても、どんくせー姉ちゃんだな、

見てるだけでイラつくぜ!

帰ろ、帰ろ。」

 


「ホラよ」

 

 

 

 

男は長革財布をスーツの内ポケットから出すと、

 

数枚のドル札をバサッとテーブルに叩きつけ、

 

ふらつく足で出口に向かって歩き出した。

 

 

連れの男も、半開きになった目で

 

ジェシーを振り返る。

 

 

 

 

「チップが少ないのは

あのピアノ小僧に文句言っとくんだな!」

 

 

 

「アリガトウゴザイマシタ・・。」

 

 


客の背中を見送るジェシーに、カイは思わず駆け寄った。

 

 

 

「ジェシー、大丈夫?」

 

「カイ・・」

 

「これ、ちゃんと金額合ってるのかい?」

 

 

 

客を呼び戻さんと、出口に向かおうとするカイの手を

 

ジェシーが掴む。

 

 

 

「大丈夫よ、あの人達あれで

いつも金払いだけはいいの・・。」

 

 

 

 

ジェシーはそそくさとドル札を

 

ギャルソンエプロンのポケットに突っ込み、

 

どんぶりを両手に持って、洗い場に下げに行った。

 

 

さっきの一部始終をカイに見られていたと思うと、

 

居たたまれないような気持ちがこみ上げて来くる。

 

逃げ出したい。

 

 

 

だが銀色のトレーとダスターを持ってテーブルに戻って来ると、

 

カイが紙ナプキンで零れたソイソースを拭き取っていた。


 

 

 

「あら、いいのよカイ。

あっちで座って飲んでて。」

 

 

「1人サボってる分、ジェシーにとばっちりが来ちゃってるだろう?」

 

 

 

 

何があっても変わらない、いつもの笑顔とともに、

 

カイは醤油のしみ込んだナプキンと

 

客の居なくなったテーブルの酎ハイジョッキを

 

彼女のトレーに乗せた。

 

 

ノンアイロンでもオシャレに見える

 

上質のコットンシャツをまくり上げたその腕が、

 

手際良くジェシーの目の前を往復する。

 

 

 

いつもなら気にならないハズの、

 

この青年が纏っているほんのりとフローラルな香りが、

 

今夜はこのダウンタウンの居酒屋にひどく不似合いだった。

 

 

 

 

「そうやって誰にでも優しくイイ顔するの、

カイの悪いとこよ」

 

 

「・・え?」

 

 

 

不意を突かれ、カイは彼女の水色の瞳を見返した。

 

 

ジェシーも、声にした後で

 

自分自身の苛立ちを知ってハッとする。

 

 


気まずそうに、彼女は視線を落とし、

 

黙ってテーブルの上に零れている味噌スープの汁を

 

拭き始めた。

 

 

 

背後では、中年女優たちが

 

まだ声高にコメディシェイクスピアに興じている。

 

 

そのあまりにも能天気なバカ笑いが耳に障りって、

 

つとジェシーの指先が動きを止めた。

 

 

 

 

「・・ 今夜ジュードがやってきたら

2年前と同じね。

 

カイは彼にほだされて

今度は本当にロンドンに行っちゃうのかも」

 

 

「まさかそこまで・・」

 

 

 

「そうならないって言える?

 

カイはいつだってふわふわと人の人生に巻き込まれて行くじゃない。

そしてふわふわと人を巻き込んでいくのよ・・」

 

 

「 ・・・・ 」

 

 

 

 

言われているコトが理解できず、

 

カイは彼女を見つめ返すしかない。

 

 

 

 

「オウジは今まで、熱を出そうが

学校の課題に追われていようが

店を休んだ事なんてなかったわ。

 

アタシ達はいいとこ育ちのカイとは違うの。

 

働かなくてはこの街で生きられない、

暮らせないのよ。

 

そういう怖れが身体に染みついてるの。

 

そのオウジが来ないって・・

 

どんな事だか、カイにわかる?」

 

 

 

 

正直、オウジの勤務状況など

 

カイは知らないし、興味も持たなかった。

 

 

同じ時間を共にしている時が

 

カイにとってのオウジであり

 

それがオウジの全てで、

 

それ以外の一切は彼の世界の出来事だ。

 

 

そこに踏み込むことは無い。

 

それは互いにそうだったと思う。

 

 

 

 

「私・・ アナタ達がよくわからない・・

 

お互いに彼女作ったり、

好き勝手やって遊んでるくせに

 

それでもいつも誰よりも近くに居て、笑ってて

なんだか特別で・・

 

それでいいんだと思ってたけど・・

 

でも今度は違うわ。」

 

 

「 ・・違うって?」

 

 

 

苛立ちを隠さず、ジェシーはカオを上げた。

 

 

 

「だってジュードは男だもの!

 

カイは異性でも同性でも気にならないんだろうけど、

オウジは違う。ヘテロセクシャルよ。

 

ジュードに惹かれる気持ちがあるのなら、

もうオウジを惑わせないで、

放っておいてあげて・・!」

 

 

 

どんくさいとレッテルを貼られたばかりのジェシーが、

 

凍ったアクアマリンの瞳を棘にして、カイを刺す。

 

きゅっと結んだ唇がわずかに震えていた。

 

 

 

「ジェシー、もしかして・・」

 

 

 

シャルドネの溶け込んだ血液が、もう一度カイの

 

胸を鳴らした。

 

 

 

「オウジ君のコト・・  好きだったの?」

 

 

 

「アナタより先に、私がオウジに出逢ったのよ!

私の方がオウジのコト分かってるわ!

 

ずっとずっと・・

 

・・ううん、何言ってるのかしら、違うわ、

 

違うの・・ 。」

 

 

 

指輪ひとつないジェシーの素朴な指が

 

銀縁のメガネの上から、カオを覆う。

 

 

混乱が彼女のアクリルセーターを震わせた。

 

 

 

 

「違うのよ・・。

 

日本の友人に似てたから・・ 

 

なんだか会ったときから他人に思えなくて

ずっと弟みたいに思ってるの。 

 

大切な友人なのよ。

 

それはもちろんカイもよ?」

 

 

 

「わかってる。ボクもだよ。

 

ジェシーは大切だし、オウジ君も、ジュードもさ。」

 

 

 

ふわりと、カイが彼女を抱きとめる。

 

 

 

「だから・・ ! 

こういう所がカイの・・」

 

 

「ごめん。」

 

 

 

 

謝られたら、その先の言葉を失ってしまう。

 

 

カイの両の腕の体温が、小さく震える幼子を

 

守るように、精いっぱい包み込んだ。

 

 

 

 

「でもボク等は・・

 

この街にたどり着いた人たちは、

みんなこうやって生きて来たんだよ・・」

 

 

 

 

「 そうね・・

 

 

   そうだったわね。 」

 

 

 

 

彼女は小さく呟いて

 

カイの香りの中に包まれる。

 


 

 

「すぐ謝る所も

ニホン人の悪いクセね。」

 

 

 

と、幼子は

 

しばらくそのまま彼に不器用な体を預けた。

 

 

 

道端で目が合った名もない花が、一瞬で癒しを与えるように

 

ただ存在するだけで、

 

生きているモノたちは互いにこうして

 

支え合っているのかもしれない。

 

 

 

 

「ジェシ子ぉ~~ 

そろそろ店終いましょ~~

 

お会計締めちゃって頂戴~~っ」

 

 

 

充分遊び終えてご満悦なショウゴの声に、

 

ふっとカオを上げ、

 

ジェシーは自分の頬を指先で拭った。

 

 

 

 

「いったいカイは

オウジとジュードとどっちの方が大切なの? 」

 

 

「どっちって・・」

 

 

 

先ほどまでとは打って変わった穏やかなその声に、

 

今度はカイが、初めてその問を投げかけられた

 

子どものように呟いた。

 

 

 

 

「人を好きになる気持ちに

順位なんて・・

 

ボクは考えたコトなかったよ・・」

 

 

 

「ちゃんと選ばないといけないわ、カイ。

 

アナタは知らずに2人とも傷つけて、

自分まで傷つけることになる」

 

 

 

 

ジェシーは、グラスを乗せたトレーを持ち、

 

スローなボサノバの流れるフロアを横切って

 

厨房の中に消えていった。

 

 

少し寂し気な微笑みの残像だけが

 

カイの瞼に残った。
 

 

 

弾き手不在で今夜はすっかりオブジェになっている

 

古ぼけたピアノの蓋を、ゆっくりとカイが開く。

 

 

ひとつ、ふたつ、鍵盤を指で押してみる。

 

 

 

小さな音の余韻だけが、11月に不似合いな

 

気怠い南のメロディーと

 

多国籍な香りの空気に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------To be continued!

 

 

※この物語は1987年のニューヨークを舞台にしたフィクションです。

 

 

 

 

このお話の第1話はこちら↓↓

https://ameblo.jp/ejico-graffiti/entry-12370327930.html

 

 

「SOUL TOWN ~夜明けのKISS~」は

こちらの小説の  続編です↓↓

「SOUL FRIEND~ボクが見つけた、ひとつの歌~」

(覗きに来て、★をポチッして頂けたらウレシいな!)

 

 

イラスト集

 

「OHYAKUDO ILLUSTRATION ~Pray for New York~」

https://resast.jp/stores/article/5443/33279
 

 

LINEスタンプ

 

 

「OKUさんお色直し版」NEW!

 

 

 

 

 

「虹の翼のしーちゃん」

https://store.line.me/stickershop/product/3996506

 

 

「しーぴー仙人エジコ版」

https://store.line.me/stickershop/product/3123642/ja

 

 

 

 

 

エジコのメルマガ♪♪ ウインク

https://www.reservestock.jp/subscribe/31810