ここはブロンディの白い部屋。

 

 

 

自分の指の間からうねって登り、

 

オフホワイトの ヨーロピアン調な壁紙に溶けてゆくKOOLの煙を、

 

まるで精気を失ってオフブラックになったオウジの黒い目が 眺めている。

 

 

 

ベッドの脇にある鏡台では、シャワーを終えたブロンディが

 

やけに念入りなアイシャドウをいくつも重ね、

 

 

カオの角度を右へ左へずらしつつ

 

その出来栄えをチェックしてる最中だ。

 

 

 

満足の出来栄えに、彼女はニッと笑って立ち上がると

 

バスローブをするりと肌から落とし、

 

どこもかしこもフリル満載のワンピースに そでを通した。

 

 

背中のジッパーを上げてもらうべく、

 

オウジの転がっているベッドの端に腰かけると

 

ギシッとスプリングが音を立てる。

 

 

 

「アタシもう出るけど、オウジどうする? カギ置いとこうか?  」

 

 

 

片方だけの手で自慢のブロンドをかきあげ

 

白いうなじの彼女が少しだけ振り向く。

 

 

 

「なんだ、このエリマキトカゲみてーなビラビラの襟? 

 今度の芝居の役作りか?」

 

 

 

ブロンディは、カイが舞台美術を担当するキャロル女史の芝居の

 

オーディションに受かった。

 

というより、チョイ役でなんとか引っかかった。

 

 

 

「ううん、5番街行くの。 クリスマス用のドレスとポーチ見に。」

 

 

「ガッコは?」

 

 

「今日は行かな~い。

 

オウジこそ、キャロルの芝居の音楽監督になったんでしょ? 

稽古観に行かないの?」

 

 

 

「いんだよオレは。」

 

 

 

 

そう、オレは音楽監督なるものに 選ばれた。

 

この芝居、ミュージカルとか言う歌って踊っちゃうよーなこっぱずかしいヤツじゃねーんだけど、

 

BGMが重要な 演出要素んなってるんだとさ。

 

 

で、スタッフとして参加してる エンジェル・カイ様のご推薦で

 

オレがその全作曲と、演奏まで 任されるハメになったんだ。

 

 

 

今度の校内ギグと同時開催の、ドラマ科の発表会まで一か月。

 

 

オレは最初の2週間で7~8曲を完成させて、

 

稽古から本番までの 演奏を任されるコトんなってる。

 

 

 

 

「自分の授業以外、全部アイツらに付き合わなきゃなんねんだぜぇ~?

やってられっかよ・・。

 

授業料免除なんていいから、現ナマでギャラよこせっつんだ」

 

 

 

「もう曲はできたのぉ?」

 

 

「チャーリーが ウルセエから、

昨日一曲出してやったさ。」

 

 

 

 

つってもストックしてあった中から、テキトーに選んだヤツだけどさ。

 

 

チャーリーってのは作曲科の講師な。


学校主催のイベントだから、

 

一応音楽監督であるオレのサポートに入ってるワケ。

 

 

 

 

「へ~早いじゃん。 で?」

 

 

「“いいね~、キャッチ―でありきたりのメロディーだ”とか、

薄ら笑いしやがった。

 

ちっ、アイツのオレへの評価はいつも同じだ・・!」

 

 

 

 

オウジは指先まで短くなった煙草をギュッと、

 

コークの空き缶の口に押し付ける。

 

 

 

 

「キャハハッ

オウジってさあ、ワルぶってるけど

作る曲はまるで 平凡だもんね~。」

 

 

 

「・・・ あ?」

 

 

 

「エンジェル・カイの推しでしょ?

ルームメイトだもんねーー。

アタシも一緒に住んじゃえばヨカッタ~~。

 

音楽監督なんて、本来なら ウィルだよねっ」

 

 

 

「カイもウィルもカンケーねーよ、オレは実力で選ばれたの! 

・・・もう行くわ。」

 

 

 

 

オウジはガバッと立ち上がり、

 

ベッドの脇に転がっている ボクサーパンツとジーンズを拾い上げた。

 

 

 

 

「あれっ、スネたの? ふふっ」

 

 

 

「そーいうオマエこそ

今日も芝居のリハ、バックレてヨユ~だなっ」

 

 

 

「あのね、アタシが受けたのはヒロイン役よ?

 

“友人D”って何? おっかしくって!

台詞のない舞台装置の代わりみたいな役、誰だってできるじゃん」

 

 

 

仕上げのリップグロスを塗りながら、鏡の中の自分を見つめる

 

ブロンディの瞳のブルーがやけに冷ややかだ。

 

 

 

「ハハッ 相変わらずの女王サマだな。

オマエ女優より SMクラブが向いてるって!

 

ババアんなんねーうちに鞍替えしとけば?」

 

 

 

「はあぁっ?! 余計なお世話よ!」

 

 

ブロンディもガバリと立ち上がる。

 

 

「アンタこそ、朝からつまんないセックスしてないで

ダッサイ曲ひっさげて 稽古場に戻ったらどう?」

 

 

 

「んだとおっ!」

 

 


「何よ、マチガったこと言ったってのっ?!

 

テメエのユーウツに付き合ってるほど

こっちは暇じゃねーんだよ!

 

おととい来な、粗チン野郎ッッ」

 

 

 

 

チワ喧嘩はチワワも喰わないが、

 

ミソとクソの泥仕合は もう論外。

 

 

ブロンディが投げつけて来たライダースジャケットをひっつかみ、

 

オウジはアパートメントの階段を 駆け下りた。

 

 

 

街路樹から落ちた紅やキイロの葉が 一様に枯れ果てて、

 

かさかさと乾いた音を立てながら、11月の風に渦を巻いて舞い上がる。

 

 

ハロウィンのディスプレイがすっかり消え去った街は、

 

どこかよそよそしい面構えだ。

 

 

 

 

この街に初めて足を踏み入れたあの日から、もうすぐ一年。

 

 

着いたその日に 荷物の何もかもを失くし、

 

着の身着のままだったライダースジャケットが

 

今でもたった一枚だけ オウジと共に、ここに居る。

 

 

 

 

いつもより重たいラバーソウルの靴底をひとつひとつ

 

コンクリートの階段に乗せ、

 

オウジは始業時間30分遅れで、3階にある 学校一大きなスタジオにたどり着いた。

 

 

 

いつもなら、オンナを物色するために 窓からチラ見するだけの

 

ドラマ科とダンス科兼用の教室だ。

 

 

ドアを開け、何も言わずに自分の所定地であるピアノの前に座る。

 

 

役に付いてる選ばれし生徒たちが、

 

フロア中央で 台本片手の立ち稽古をしている所だった。

 

 

 

一面鏡張りになってる壁に、今は黒いカーテンが張られ、

 

その前に、どでんと置かれた長テーブル。

 

 

 

脚本と演出を手掛ける ドラマ科の教師、キャロルと

 

そのアシストに付く生徒だけが そのテーブル席を陣取り、

 

 

その他の生徒達は 板張りの床に座って、稽古を見ている。

 

 

 

役に付かなかった生徒たちの 曇った目、乾いたアクビ、

 

あるいはシットでへの字に歪んだ口元。

 

 

 

同じ部屋なのに、

 

色とりどりのレオタードに 汗が飛び散るダンス科のレッスンと違って

 

なんだか辛気臭せースタジオになるもんだ。

 

 

 

お、あのポニーテールの唇、なかなかエロいじゃん。

 

う~ん、こっちのタレ目は、ケツがちょっとデカすぎるよなー。

 

 

 

などと曲のイメージ作りはそっちのけで

 

ガールズたちを値踏みしていると。

 

 

 

 

「ねえ、ブロンディはどうして来てないのよ?!」

 

 

と、声が飛んできた。

 

 

「あ?」

 

 

 

ババア教師キャロルの鋭い視線が、赤メガネの奥から オレを見てる。

 

 

 

「知らねーよ なんでオレに聞くんだよ?」

 

 

「だってアンタ、今まで一緒に居たんでしょ?

ホラ、付いてるわよ」

 

 

 

 

と、キャロルがツンツン、と、自分の頬を指さした。

 

げ、口紅??

 

オウジが慌てて頬をぬぐうと、教室中の皆が笑った。

 

 

 

 

「冗談よ~ アハハっ! 

 

アンタ、あの娘のボーイフレンドでしょう?

昨日もサボってたのよねぇ、何か聞いてない?」

 

 

 

「知るかよ!

だいたいアイツの男なんて、何人いると思ってんの、

オバサン。」

 

 

 

「しょうがないわね・・ 

このままじゃ“デラシネ”まっしぐらだわ。」

 

 

 

プッと誰かが吹いた。 

 

鏡側の壁にもたれて座っている、

 

“舞台装置の代わり”にすら成れなかった ドラマ科の生徒達だ。

 

 

 

 

「親のスネかじって ミッドタウンの部屋に住んでオトコあさって、

マンハッタンの女優気取りだもん、 笑っちゃうわ」

 

「目障りよね、あのオンナ。 さっさと辞めればいーのよ」

 

 

 

 

“デラシネ”ってのは、フランス語由来の比喩で、“根無し草”のコトだ。

 

 

一旗揚げようと夢を抱いて マンハッタンに来たものの、

 

明確なビジョンと、強靭なハート

 

勇気と実行力を 保ち続けるのは難しい。

 

 

そのどれが欠けけても

 

いつの間にかバランスを損なって宙ぶらりん、

 

自分の居場所が分からなくなっていたりする。

 

 

そうなると、根を張るどころか 底なしのドロ沼だ。


 

 

 

「アーロンも最近見ないよね、死んだ?」

 

「あの子は徴兵があって国に帰ったらしいよ」

 

「へえ~」

 

 

 

 

この学校には様々な生徒がいる。
 

バックグラウンドも、夢もルーツも様々だ。

 

 

 

ココで数年学んだところで、

 

エンターテイメントの世界で喰ってける保証などドコにも無いし、

 

生徒がどう在ろうが、学校側からの干渉もナイ。

 

 

 

伸びる生徒は 勝手に伸びて羽ばたいてゆき、

 

落ちるヤツはとことん落ちる。

 

 

誰かがいつの間にか姿を消しても、

 

また別の夢見たバカが 熱に浮かされてやって来る、

 

 

そんな無限ループがあるだけだ。

 

 

 

 

 

「じゃデイジー、ブロンディの代役に入って。

1幕のラストやるわよ、 14ページね!」

 

 

 

床に座っている生徒たちが、どよっと沸き立った。

 

 

 

 

「デイジー? なんであのグズが?」

 

 

 

 

沸き立ったその他大勢の群れの端っこから

 

のそのそ出てきた ぽよぽよのデブ女が、その“デイジー”らしい。

 

 

 

まあこっちじゃメガトン級デブなんか 掃いて捨てるほどいるから

 

皆それがどーしたってのさばってるけど、

 

 

こいつは役者然とたたずむヤツ等のなかで、

 

ひとりだけ猫背で俯いて

 

まるで自信のなさを具現化した肉の塊、それを覆うヨレたTシャツ。

 

 

ドラマ科一と言っていいくらいのブスだった。

 

 

なんでこんな奴が ステージに立とうとか思っちゃったか謎だぜ。

 

こいつがルックス命のブロンディの代役ってのは笑えるな。

 

 

 

 

 

「ね、ね、聞いた? 

デイジーがエンジェル・カイと付き合ってるって噂!?」

 

 

「え?! ウソでしょ、なんであの田舎モンと?」

 

 

 

 

オウジの耳が、鏡の前に座っている

 

ゴシップに興じるしかない井戸端ガールズに、秒で照準を合わせる。

 

 

 

 

 

「さあね?慈善事業~? きゃははっ

 

でもいよいよ信憑性増してきたじゃん、

カイのアゲチン説!」

 

 

 

「エンジェル・カイに愛された女は

みんな 出世しちゃうって話ぃ?」

 

 

 

「そうそう、デイジーがこのオーディションの代役に入ったでしょ、

ダンス科のオリヴィエなんて、ドイツのバレエ団決まったらしいよ?」

 

 

 

 

なんだとオリヴィエの奴、オレを邪険にしといて

 

カイとヤったのか! うそ、オレとカイついに兄弟?

 

 

 

 

「オリヴィエは鼻につくタカビー女だったけど 元々実力あるし、

あとは運だけってカンジだったもんね~。

 

デイジーだって、あんなにどんくさかったのに・・」

 

 

 

いや、今でも充分どんくせえって。

 

カイの女とか、マヂありえねーから。

 

 

 

と、その時、スタジオのドアがゆっくり開き、

 

その向こうからひょいっと

 

エンジェルからアゲチンに 転身を遂げたカイが、顔をのぞかせた。

 

ウワサをすれば影って奴。

 

 

 

オウジが居ることに気が付くと、カイは芝居の邪魔にならない

 

タイミングでそっと部屋に入ってきた。 

 

 

なんてことない襟付きシャツとベージュのカーゴパンツだけど、

 

ロイヤルブルーもコイツが着てると、なんだか寒さを感じさせない。

 

 

 

 

「ハイ、オウジ君 調子どう?」

 

 

 

 

どうって、今朝もショウゴに持たされたスープいっしょに喰っただろ。

 

えっと、口紅ついてねーよな、オレ?

 

 




 

---------------------------------To be continued!

 

 

※この物語は1987年のニューヨークを舞台にしたフィクションです。

 

 

 

 

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