うちの大学はちょっと変わっていてジムクラスを2つ(各1単位)とらなければいけない。もちろん全員必須である。


テニスのクラスを昨年とり、残りの1つは何にしよ~かな~と考え、乗馬のクラスをとることにした。で、今学期とっているわけだが、なかなか大変なのである。。。。。何が大変かというと専門用語(英語)が分からないのである。乗馬中にインストラクターの先生から、あ~しろ、こ~しろ、とゲキが飛ぶのだが、聞いたことのない単語ばかりで全くチンプンカンプンなのだ。。。一体どうしろっつうの~。。。涙


まさか、”ちょっと待ってください!今言われた単語がわからないので、辞書を引かせてください!!”などと乗馬中に言えるわけもない。。。涙


最後の頼みは、オイラの”勘”だけである。。。。



今学期が始まりもうすぐ2週間が過ぎようとしている。これが4年間のアメリカ留学最後のセメスターになるのか~、と思うと嬉しい反面なんだか淋しい気もするのである。もちろん帰国予定なのでアメリカ生活も同時に終了することになる。いろんなコトがあったよな~、などと感傷に浸っている場合ではない。残りの日々を大切に過ごさねば。。。。


でも、あれだけアメリカのことが一時嫌いになったのに、いざ卒業し12月に帰国となるとやはり淋しいものである。アメリカ人の友達とも離れ離れになるし、New York にももういけない。。。結局のところオレは我がままなのである。


卒業したら当然だが、宿題やテスト勉強はなくなる。ヤッター!!でも、そうすると仮に就職したとしよう。仕事が終え、6時に帰宅したあと家で何をすれば良いのだろうか??オレは10年間日本で社会人をしていたが、その時は何をしていたっけ??あまり思い出せない。。。。


社会人復帰後も、多分貧乏症のオレは帰宅後もあくせくと何かに励むのだろうな~。。。

オレの住む東海岸では、遂にガソリンの価格が1ガロンあたり3ドルを超えた。オレが渡米した当時(2001年8月)は、1ガロンあたり1ドル10セントから20セントくらいだったから、約3倍になったことになる。イラク戦争、そして極めつけは今回の南部を襲ったハリケーンが大きな価格高騰の原因となった。自動車を所有する一人として、やはり人事ではないし、あらためて燃料問題について考えさせられているところだ。


米国は特に、ガソリン(原油)依存度が著しく高い。言うまでもなく車社会であるからだ。人々はそれが当たり前だと思っているし、多くの人はその生活スタイルを変えようとも思っていない。もちろん鉄道やバスなどのインフラ整備が必要であるが、公的な交通手段に少しずつでも切り替える必要があるのではないか。いくらハイブリッドエンジンが普及し、環境に優しくなり、燃費が向上したとしてもこのまま自動車に頼り続ける社会は決して良いとはいえないと思う。


新たに考え直す時代がすでに来ていると思う。





今、4WWLというニューオリンズのニュース番組を見ながらこれを書いている。自分の想像を遥かに超える状況に言葉もない。あらためて、自然災害の恐ろしさを知った。治安もかなり悪化しているらしい。衛生状態の悪さなど、2次、3次災害が事態をさらに深刻にさせている。親と離れ離れになった子供たち、本当にみていてつらい。


亡くなられた方々には心よりご冥福を祈ると同時に、一日も早い復旧を願うばかりである。

昨日ボストンから帰ってきた。モントリオールから始まり、ケベックそしてボストンと計12日間の旅行が終了した。この間本当にたくさんの人と出会ったのである。ケベックでは、イタリアのミラノから来ていた姉妹と仲良くなり、夜皆で出かけた。二人ともホントに魅力的で素晴らしい性格の持ち主であった。いつかまた、どこかで会えるかな~などと思いにふけっているのである。


そして、最終目的地、ボストン。ここでも、出会いがあった。ドイツからの留学生の女の子と仲良くなった。最終日、二人でJohn F Kennedy Museum、China Town、そしてHarbor等を丸一日かけて観光した。彼女はオレよりかなり若かったが、本当にしっかりしていた。将来は弁護士になるのだそうだ。二人で、”あ~でもね~、こ~でもね~”、とホントにあきることなく、いつまでも話し続けた。(笑)


別れ際、お互い連絡先を交換し合い、いつか必ずまたどこかで合おうと約束した。たった一日だけの”観光デート?!”だったけど、忘れられない思い出となった。


彼女もオレもこれからそれぞれの人生を歩んで行く。でも、お互いの長い人生の中で、ほんの一瞬でも一緒に時を過ごし、心を重ね合わせることができたことは、何よりの財産であると思う。