英單語神社★學習塾
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『祝3-4』♪日本はいつから始まった?♪ 

2677/02/11 (土)


………『四』………

奈良県橿原市に造営された橿原宮(かしはら-の-みや)は一年の中で一番おめでたい日、お正月の“元日”に完成し、
その日行われた盛大な祝典で いわれ彦(びこ) は高らかに宣言します。


「天下大地の統一を史上初めて達成」

…この宣言は、いわれ彦の高祖先である 天照大御神(あまてらす-おおみかみ)との間で交わされた いわれ彦 の家系代々にわたる“約束”を結果的に果たしたものでした。

「鏡」「剣」「勾玉」を携えた いわれ彦 のこの宣言によって、『日本』が成立しました。


「全ての民が穏やかに暮らして行ける様、善き政(まつりごと)を行い広める」

…この宣言は、いわれ彦が 天照大御神 との約束を踏まえた上で自身が立てた“志(こころざし)”を改めて明確明瞭にする為に交わされた“確認”です。
いわれ彦を直接支えて来た同郷有志や今では臣下となった各地方の有力豪族、そして眼前には見えない全ての民との間で交わされました。

この宣言によって『日本国』は名実共に建国されたのでした。



………そして時は流れ去り、平成29年2月11日土曜日の今現在。

いわれ彦は『初代 神武天皇』と呼ばれ、
橿原宮の推定地には橿原神宮が創建され、そこに鎮座されています。


いわれ彦が高らかに宣言をしたあの日は、お正月の“元日”でした。
当時は勿論、太陰暦の日付ですので今私達が採用している太陽暦での日付に直すと『 2月11日 』になります。

ですので、日本の建国日は『 2月11日 』となっているのです。


そしてそれは、今から『 2677年 』前の2月11日、今日本日の出来事でした。



央城優

『祝3-3』♪日本の国はいつから始まった♪

2677/02/11 (土)


………『三』………

いわれ彦(びこ)とその兄達、そしてそれに付き従う村人有志の一団は、東方に続く大地海路に沿って旅を進める事にしました。

いわれ彦の噂を知る地方の有力な村々の豪族には、いわれ彦の“志(こころざし)”に共感しその理想を受け入れる者もあれば、あくまで拒否し対立する者まで様々にそして果てしなく存在していました。


いわれ彦が思い描く、
『今私達が行っている政(まつりごと)をこの広大な大地の隅々にまで広め、そして全ての民が穏やかに暮らして行ける様にしていこう!!』
と言う熱い志は、この先必ず実現する保証など一切ない中、ずっとずっと いわれ彦 の胸中で燃やされ続けていました。

旅の途中、ある時は兄との辛い死別に直面し、ある時は絶体絶命の危機に瀕しその都度足が止まっても いわれ彦 は東に進む事を諦めませんでした。


その強い“情熱”が数々の奇跡的な導きを生み出し、東方の大地にあって最強にして最大の豪族を遂に討ち果たし、
その結果、なんと、いわれ彦はこの大地が始まって以来 初めて 各地に点在する有力豪族の村々を一つにまとめ上げる事に成功したのです。

いわれ彦の“志(こころざし)”が長い長い時間をかけて遂に叶ったのでした。


念願が叶った記念として いわれ彦 はその強大な豪族を討ち果たした地、現在の奈良県橿原市に橿原宮(かしはら-の-みや)を約二年掛けて造営し、
一年の中で一番おめでたいお正月の“元日”に宮を完成させました。

そしてすぐその“元日”に盛大な祝典を開催しました。


その祝典の中で いわれ彦 は、改めて、各地方の有力豪族に向けて“天下大地の統一が初めて達成された事”と、
“全ての民が穏やかに暮らして行ける様、善き政(まつりごと)を行い広める事”を高らかに宣言しました。


ここに『日本』が成り立ち、『日本国』が打ち建てられました。



……『四』に続く……


央城優

『祝3-2』♪日本の国はいつから始まった♪



2677/02/11 (土)


………『二』………

そんな いわれ彦(びこ) は、彼の兄達と共にこの広大な村にとても穏やかな“政(まつりごと)”を行って治めており、村民から絶大な支持と尊敬を集めていました。


勿論、村々の豪族によってその政は様々でした。
いわれ彦の様に善政を行い慕われる者、逆に悪政を行い反感を買う者がいました。


いわれ彦の善政の噂は悪政に苦しむ周りの村々の村民に徐々に広がり、
この“噂”に嫉妬した豪族達と対立を繰り返します。
結果、いわれ彦はそれをことごとく滅ぼしました。

一方で嫉妬するのとは真反対に、いわれ彦のその絶大な威光を自分の権威に借りようと考える豪族達も現れ、自らの村の編入を申し出たりしました。


そうやって度重なる“吸収”をしながら、いわれ彦の村は更に拡大をして行きました。

そんな中、いわれ彦は兄達と共に行う政(まつりごと)に一定の自信を客観的に感じ始め、そして政に対する自身の“信念”を深めて行きます。

私達が行うこの政は、全ての民が穏やかに暮らせて行ける“答え”になっているのではないか、と言うふうに。


そんな“信念”に包まれた いわれ彦 の心の中にとても大きな“志(こころざし)”が芽生えて行きました。

『私達が行うこの政をこの広大な大地の隅々に迄広める事で、そこに生きる全ての民が穏やかに暮らして行ける様にしよう!!』


かくして、いわれ彦は村民の厚い支援に支えられ兄達と共に“志”達成への旅 に出発する事になったのです。



……『三』に続く……


央城優
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