インスタで、ご自身のお子さんの写真を載せている方のフォローをしています。

私はその写真に向かって、「何しとんの?」「アホなん?」とか、「むちゃむちゃむちゃむちゃ」とかときには言葉にならない言葉を使って話しかけています。幸せ!

 

まだインスタをはじめたばかりですが、すでに好みのタイプの男をフォローすることには飽きてしまいました。

所詮大人の自撮りは趣向を凝らしたところで、変わり映えしません。

いくらいい男でもすぐにお腹いっぱいになってしまいます。

 

ところが幼児は違うのです。

変わり映えしないように見えても、全然飽きません。

貴重なこの子たちの更新が埋もれてしまわないように、がっちり・がちむち男たちのフォローもやめました。

 

本当なら片っ端からフォローしたいところですが、何といっても私は「人づき合いが苦手な43歳独身男(無職)」。やばい!

きっと何かしらの機関に目をつけられてしまいます。

そんなわけで、今は男の子2人と女の子1人に抑えています。

 

もしかしたら、「そんなこと気にしなくていいのにー」と言う方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、ゲイの私が40歳も過ぎた頃、職場で女性問題でもめたことがあるんですよ!

しかも私が言い寄ったとか。なんでや!

(この話は機会があればまた書きます。ほんまに腹立つ)

 

なので、いくら私が幼児を性的な目で見ていなくても、そうであるかどうか決めるのは私ではなく社会なんです。

用心に用心を重ねなければ、抹殺されてしまいます。

 

私に甥っ子や姪っ子はいませんし、人づき合いが苦手なので、友人の子どもを愛でることもできません。

ですので、ひっそりとインスタで覗いていることくらいは大目に見てください。

決して近づくことはしませんから!

「虻ちゃんのちゃちゃっとめし」を観て、「サバみそ煮缶の炊き込みご飯」をつくりました。

サバ缶は青魚だし、骨も食べられるし、とにかく体によさそうでよく使います。

 

レシピは番組HPで。ほんとに簡単。

http://www2.ctv.co.jp/catch/archives/chachatto

 

多めに炊いたので、実家に持っていったら、大変好評でしたが、私としては何か足りないような気がします。

こういうとき、何を足せばいいのか?がわかるようになりたいなぁ。

 

ポスターを見て、すごくおもしろそう!と思っていたものの、仕事を休んでいる罪悪感で行けなかったテオ・ヤンセン展。

仕事を辞めたので、晴れて見に行くことができました。

 

平日だというのに、駐車場が満車。

といっても130台しかとめられないのですが。

それでも、ここ8年くらいこの県立美術館に通っていますが、こんなことは初めて。

 

調べてみると、この美術館で3位の来館者数になる見込みだそう。

これまでシャガール展やら横山大観展やらエルミタージュ美術館展やら、名だたる作家や世界の美術館を取り上げた多くの企画展があった中で、正直なところ平均的な三重県民が知らない(私が知らないだけ?)作家を取り上げたこの企画展が3位だなんて。

 

実際、作品を見てみると、すごくおもしろいし、むちゃカッコいい。

そして撮影してもいいし、中には触ったり、動かしてもいい作品まで。

見て触れて。

こういうのっていいなと思いました。ワクワクする。

 

今、美術館や博物館、そして文化会館など県の文化施設が、一部の人の選民意識を満足させるだけではなく、多くの県民に文化に触れてほしいと裾野を広げる活動に力を入れています。

力をもっている人が独善的であったり、排他的であったり、しがらみがあったりで、企画を通すことが困難なこともあるかと思うし、今回の企画展も、きっと「県立美術館でやること?」と言う人もいるでしょう。

 

もちろん美術館の意義や集客、いろいろなバランスをとることは必要だとは思いますが、時々こういった企画をしてもらえると、私としてはすごく楽しいです。

 

三重県立美術家の皆さん、ありがとうございます。そしてがんばってくださいね!

 

 

#テオ・ヤンセン展

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体の不具合と心の不具合(ヤバい!)で、ここのところずっとお出かけをしていませんでした。

私がそういう状態であっても、恋人(53歳)は「〇〇へ行きたい」「△△へ行きたい」と平気で言います。

そんなことにすら応えられない自分がイヤで苦しくなってしまうので、正直に「それ言われると苦しいで、やめてもらえん?」と伝えたのですが、基本無神経な彼はおかまいなしに言い続けるのです。

 

そんな彼がずっと行きたいと言っていたのが、和歌山県は白浜のアドベンチャーワールド。

行くとなったら泊まりだし、入園料も高いので、そうすると結構お金がかかる。

仕事も辞めたし、それは無理!

拒む私に、「金は出すで、行こ」と言う彼。

もうつきあいも長いことだし、ここで「パパ~❤」と言えたらいいのですが、お金を払ってもらう負い目や、それくらいも払えない、いや実際は払えるけど今後のことを考えると払いたくない自分の惨めさに、また苦しくなってしまう面倒くさい私。

 

しかし、ひと悶着ふた悶着のあと、結局ホテル代と入園料は彼、交通費と運転は私、ということで落ち着き、先週に行ってきました。

 

かつて白浜に行くには、うち(三重県津市)からだと、道路事情で大阪回りのほうが早く着いたのですが、ここ数年で東紀州(三重県の南部)の道路も整備されつつあり、今回は三重から直接和歌山に入ることにしました。

 

4時間の道中で、大好きなのが、熊野市の鬼ヶ城トンネルを抜けると飛び込んでくる熊野灘。

いつもこの瞬間、わぁ!となります。

遮るものがないというか、果てがないというか、ただただ海。

彼も同じことを感じたのか、「あ、アメリカ人が見えた!」と言う。

「なんでアメリカ大陸じゃなくて、人なん?」

こんな周りから見たら、おもしろくもなんともないやりとりもまたよし、と感じるのがお出かけの醍醐味かもしれません。

 

熊野灘沿いに国道42号線を下っていくと、熊野川に突き当たり、橋を越えればいよいよ新宮(和歌山県)です。

そのまま42号線を走ると、那智勝浦や串本、本州最南端の潮岬など紀伊半島をぐるりと回れるのですが、今回は時間がないので、新宮に入るとそのまま熊野川沿いを北上して本宮、そこから西に入り、中辺路を経て白浜へ。

この間100km近くあるのですが、信号もほとんどなし、コンビニは一切なし。

しかし、いつの時代かはよく知りませんが(奈良?平安?)、熊野詣の中心ルートであったであろう山あいのこの道は、その名残を感じさせてくれるのです。

 

・・・・・。

 

全然本題に入れませんので、ここからはダイジェストで。

アドベンチャーワールドのことを書きたかったので、これでは本末転倒なのですが。

 

ホテルは、温泉は貸し切り状態で、夕食はビュッフェで魚三昧!

アドベンチャーワールドはパンダがかわいすぎるし、全然期待していなかったイルカのショーも圧巻だったし(たぶんこれまで私が見てきたものが、しょぼすぎた)、イルカと一緒にパフォーマンスするトレーナーさんの体幹の強さはどうなっているんだろう(お兄さんだけではなくお姉さんもすごかった)と驚愕したり、サイはカッコいいし、檻もガラスもない状態でキリンとか間近で見られるし(ちょっと怖い)、最高でした。

 

おしまい。

 

 

パンダ #アドベンチャーワールド #パンダ

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「窓ぎわのトットちゃん」は、皆さんご存知黒柳徹子さんの子どもの頃を描いた物語です。

日本では800万部というベストセラー、世界35カ国で翻訳され、中国では今年1000万部を突破したそうです。すごい!だっておもしろいもん!

 

どんな物語かというと、授業の1限目には机のフタを100回くらいパタンパタンと開け閉めするトットちゃんは、2限目には窓際に立って外を眺めている。授業を邪魔されるよりはと先生が放っておくと、チンドン屋を発見して呼び込んでしまう。

そんなことを繰り返して、小学校を退学させられたトットちゃんが、次に入学したトモエ学園で校長先生や友だちと出会い、その暮らしの中でいろいろなことを感じ、自然に学び、成長していく様子が描かれています。

 

あとがきに、

「もし、トモエに入ることがなく、小林先生(校長先生)にも逢わなかったら、私は、恐らく、なにをしても、『悪い子』、というレッテルを貼られ、コンプレックスにとらわれ、どうしていいかわからないままの、大人になっていた、と思います」

と書かれています。

 

もし学校で怒られ、家でも怒られ(徹子さんのご両親はとてもユニークで理解のある方たちなので、幸運にもそういうことはありませんでした)、「お前はダメだ」と否定の言葉をぶつけられたり、暴力で矯正されたりしていたら。

悪気があるわけではなく、自分でもできない理由がわからないのに、そんなことが続けば、トットちゃんはどのような人間になっていたでしょうか。

 

日野皓正さんが、指導している中学生の公演で、ソロパートをほかの子に譲らず、延々と演奏し続けるドラムの少年に対し、スティックを奪って投げ捨て、往復ビンタをしている映像が、ニュースになっていました。

 

そのことに対し、暴力はダメという声よりも、日野さんに一定の理解を示す声のほうが大きく感じます。

そして少年を暗に非難する声というのも多く聞かれます。

「中学生になってもそんな勝手なことをするやつには、それくらいしないといけない」とか、

「最近の子どもは協調性がなくて、指導する人たちは本当に大変だ」とか。

 

しかし、この映像を見ると、スティックを奪われた少年は、今度は素手で演奏を続けています。

単に協調性がないのであれば、スティックを奪われたときに、びっくりして演奏をやめるのではないでしょうか。

話を聞いていると日野さんとの関係が悪く、日ごろから反抗的、というわけではないようですし、となると、演奏に夢中になっていたとか、演奏を続ける理由が彼にはあったのではないかと思ってしまいます。

 

子どもの頃には気づきませんでしたが、大人になってから、「この人の注意不足は単なる注意不足じゃないような気がする」とか、「この人の『ちゃんと話を聞いていない』は単なる『ちゃんと話を聞いていない』じゃないような気がする」と感じることがあります。

何を言っているのか、わかりませんね。

ドラムの少年の一見「協調性がない」と思われるけど、そうじゃないのと同じようなことなのですが。

自分の感覚なので、論理的に説明することができなくてすみません。

 

何が言いたいのかというと、トットちゃんは特別に珍しい存在ではなく、案外誰の周りにもいるんじゃないかということです。

そしてトットちゃんの物語を思い出せば、きっとその人を理解しようと思うはずです。

 

ついでに言っておくと、案外どころか確実に誰の周りにもゲイはいますからね。これは断言できます!

 

 

追記

 

体罰の是非については、うーんという感じです。

「時と場合によって必要」ということが仮に本当だとして、その「時と場合」をちゃんと見極められる大人がどれだけいるのか。見極められない大人が多数派なら、それはもうダメということにしたほうがいいのでは?と思ってしまいます。

 

もちろん先生方が大変なのも理解できます。

だから自己防衛しなければいけないときは対抗しなければならないし、まあそれはそもそも体罰ではなく自己防衛か・・・。

 

ただパワーバランスが強いほうが暴力をふるうというのはやはり反対です。

基本的には先生のほうが強いはずですが、生徒のほうが強い場合もあります。

その場合は、もしかしたら「時と場合」に当たるのかもしれません。

 

最終的には、体罰には一定の抑制効果がある、ということは否定しませんが、そのことに甘んじて体罰を行う指導者に対しては、ほかの方法で生徒をちゃんと導くことができる人もいるのに、体罰という方法でしか導くことができないという自身の指導者としての未熟さを自覚し、苦渋の決断のうえ行ってほしいと願います。