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甲子園で泣く選手は大成しない!? プロ入りした後の活躍を検証する。 Number Web 7月5日(木) 初めて聞く「価値基準」だった。 ずいぶん前の話になる。プロ注目の高校生投手が、夏の甲子園で早々に負けたときのことだ。試合後、ある放送局の記者に「今、感謝の気持ちをいちばん伝えたい人は誰ですか?」と聞かれ、その投手は涙をこらえ切れなくなってしまった。 よく見る光景ではある。うがった見方をすれば、テレビ取材でありがちな「泣かせるための質問」でもあった。 すると、近くにいた記者が「幻滅した」と吐き捨てるように言った。いわく、「甲子園で負けて泣くようなヤツは、プロでも大成しない」と。
■一流のプロ野球選手の多くが甲子園で涙を見せていない!? そのときは、そういうものかと思いつつも、そんな見方に抗う気持ちもあった。涙にもいろいろな種類があるし、あまりにも杓子定規に過ぎると思ったのだ。 ところが、そのとき号泣した選手は、大学、社会人を経て何とかプロ野球選手にはなったものの、時代を経るごとに輝きを失い、今では高校時代のスケール感はすっかり影を潜めてしまった。わかりやすくいうと、ぱっとしないのだ。 それからというもの、心のどこかで、そんな視点で選手を見るようになった。 負けたとき、この選手は、どんな表情を見せるのか――。 近年で、もっとも大量の涙を流した選手といえば、'09年夏、準決勝で敗れた花巻東の菊池雄星(西武)だろう。 慟哭。 そんな表現がぴったりなほど、菊池は激しい泣き方をした。 結論を下すのは時期尚早ではあることは承知の上だが、菊池も、前評判からすると、ここまでは結果を出せていない。 確かに、プロで一流と呼べる成績を残している選手の多くは、甲子園で涙を見せていない。
■甲子園で負けた瞬間でさえ笑う……堂々とした選手。 '92年夏、2回戦で5連続敬遠を受けて敗れた星稜の松井秀喜(レイズ)の泰然たる態度は今や語り草になっているし、'95年夏、準々決勝で敗退したPL学園の福留孝介(元ホワイトソックス)も驚くほど淡々としていたと聞いたことがある。 実際に目撃した例でも、東北のエースだったダルビッシュ有(レンジャーズ)は、2年夏('03年)に決勝戦で敗れた時はそれこそ号泣していたが、3年夏('04年)は3回戦で最後の打者になったものの、見逃し三振をした瞬間、笑みさえ浮かべていた。 '06年夏、早実との決勝戦で敗れた駒大苫小牧の田中将大(東北楽天)もそうだった。斎藤佑樹の真っ直ぐに空振り三振を喫し、ゲームセット。そして、打席の中で、やはり笑っていたのだ。 彼らが泣かなかった理由――。 悔いがなかったから。感情を制御できていたから。甲子園はあくまで通過点で、もっと先を見ていたから。だいたいそんなところだろう。 2つ目と3つ目は、プロで活躍するのに必要な資質だ。そういう意味では、泣いてしまう選手は、やはりプロ向きではないのかもしれない。
中略
そう言えば、勝って大泣きした選手がもうひとりいた。'06年夏、やはり全国優勝した早実のエース、斎藤である。 斎藤は、試合が終わり、応援スタンドにあいさつに行こうとした瞬間、普段は無口な部長に「お疲れさん」と肩を叩かれ、感情が一気にあふれ出してしまったのだ。 彼の涙も、やはり激しさの裏返しだった。
「甲子園で泣く選手=プロでは成功しない」――。
この法則は、まったく的はずれではないものの、やはり絶対的なものでもないのかもしれない。
(「野ボール横丁」中村計 = 文)
この記事おもしろいね。
基本人前で泣くようなやつ、プロでは大成せんでしょ。(絶対的ではないが)
政治の世界でもお涙ちょうだいで選挙しているの、
まだ、たまに見かけるが滑稽でしょうがない。
選挙戦終盤になるとウグイスに泣けって、いつものパターン(笑)
いいかげん、情緒に訴えかける選挙やめようよ。
私はいつも「スマイル0円」笑顔で選挙、
選挙中でも一杯ひっかけてから寝るよ。
それでいいのよ(*^。^*)

