夕日について考えていく。










 以前は夕日が嫌いだった。夕日を眺めていると気分が落ちていくから。

 目的意識を持たず、燻りながら生きていた時に眺める夕日は



 (今日も何もやらなかったなぁ)



 と、自身が一歩も前に進んでいないことをまざまざと見せつけられている様で、自分で自分を責めてしまう時間になりやすかったから好きではなかった。







 しかしだ。今はこうしてブログを更新したり、目的を持ってそれに向かって何かしら継続していると周りの見方が変わった。

 夕日を眺めていると「今日も1日頑張ったな」と素直に思えるし、真正面から夕日を眺めることができる。まぁ所謂「おてんとさまに顔向け出来る」ってやつだな。
 もしかしたら自分自身が恥ずべき行いをしているって想いながら生きていると、陽の光をみると苦しくなってくるのかもな。

 太陽は全てを許すとでも言うのか。

 「新しい1日が始まる度にその人には新しい人生を歩むチャンスが与えられる」

 それを無意識に理解しており、それにも関わらず胸を張って生きれない様な生き方をしてしまい、申し訳ないやら情けないやら色んな感情が渦巻いて苦しくなってしまうんだろうな。こんな風につらつら書いてはいるが、俺の時は普通に自分が情けなくて自分を責めていたのだけどね(太陽とか夕日とか、他に意識を向ける視野の広さがなかった)






 少し気落ちする様なことばかり書いてしまったな。が、今日はここからが本題とでも言いますか、一個気がついたことをここに書き留めておこうと思う。





 昨日のブログで短編小説風に自分の体験談を書いたのだが、


 その時夕日を見て感じたことがあった。







 「気持ちが下がるなぁ」





 結局一緒かいって声が聞こえてきそうですね。僕もそう思います。たぶん一人で黙々と歩いていて少し人恋しくあったのかと思うのですが、なんというか気持ちが落ち着いていくんですよね。心拍数が穏やかになるというか。




 目的意識があり、それに取り組んでいる実感があると朝の目覚めが段違いに良いです。少なくとも僕はそう感じていて、日の出と共に活発に行動出来るんですよ。そしてその勢いのまま行動してお昼を迎えると程良い満足感を感じます。


 なんだか、


 「これが真理です」


 みたいな書き方になっちゃってますけど、あくまで僕はそう感じたってだけの個人の感想なので、声高らかに断定するつもりはありません(笑)




 少し話がそれましたね、戻します。




 えーっと、何を言おうとしたんだっけな。まぁ簡単に言うとお昼迎える頃にはマックス元気だよって話ですね。


 そしてお昼を過ぎ、太陽が西に傾いていくと自然と体力もゆっくりとピークを過ぎて落ち着いていくんですよね。


 そして夕日が煌めく頃になると、心臓の鼓動は緩やかになりテンションもかなーり平たくなってます。




 散歩している時に自分の状態がそんな感じになっているのに気がついて、その時に思いました





 「もしかしたら夕暮れは、物事に想いを馳せ、深く思案する時間帯なのかもな」




 体力も良い感じに使い体が夜を迎え入れようとするこの時間帯というのは、物事を考えるのを助けてくれるのかもしれない。遠ざかっていく太陽を眺めてそんな風に感じたのである。



 日中は活発に動き、日没は明日を見据えて思索する。そして夕日と共に考えたことを翌日の朝、日の出と共に実行する。


 昔の人々はこんな風に1日を過ごして、自分が望む方向に進んだり、己の使命の様なものを喜びを持って体現していたのかもしれないな。





 そんな風に思うと自分が何もしていない頃、夕日を好きになれなかった理由も納得できた。











 こんな感じで「夕日について」思索してみました〜。





 今日は短めだけどこの辺で終わろうと思います。本日も読んで頂きありがとうございました、また次回もお楽しみに〜👋