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「坂之上の雲」だけが、明治じゃないぞ・・・
概要・・・Wikipedia-王道の狗より
自由党の壮士として秩父事件・大阪事件に関わるも、逃亡時の資金難から強盗事件を犯してしまい、思想犯ではなく一般犯罪者として北海道の監獄に収容された主人公・加納周助と、同じく新潟天誅党の風間一太郎は明治政府の石狩道路建設の強制労働現場から脱獄。アイヌ人・ニシテや日本人開拓者・徳弘正輝、武道家・武田惣角の助けを受け、加納は朝鮮の開明派政治家金玉均の護衛役として、風間は明治政府の閣僚・陸奥宗光の側近として新しい人生を歩む事になる。 本作は金玉均の側近、孫文の協力者として「王道」を目指す加納と、陸奥宗光の側近として「覇道」を推し進めようとする風間の相克を中心に、明治日本の対外政策を描く。
高圧的な外交ばっかりやってたら戦争になるわな。
この漫画を読んでから、中国の外交を見ていると、まるで「やるならやるよ」というところまで考えてるのじゃないかと思って、寒くなった。
明治期、西洋列強の覇道の政策に遅れまいとする日本。
朝鮮をめぐる外交政策の中で日本は、清国との対立を深めてゆく。
そうして起こるべくして起こった日清戦争。
この物語の大きな視点は、先の概要にもあるように「王道」と「覇道」の対立である。
またまたウィキからの引用だが、「王道」「覇道」に整理しておこうと思う。
「王覇 」
孟子は古今の君主を「王者」と「覇者」とに、そして政道を「王道」と「覇道」とに弁別し、前者が後者よりも優れていると説いた。
孟子によれば、覇者とは武力によって借り物の仁政を行う者であり、そのため大国の武力がなければ覇者となって人民や他国を服従させることはできない。対して王者とは、徳によって本当の仁政を行う者であり、そのため小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服するようになる。故に孟子は、覇者を全否定はしないものの、「五覇は三王(夏の禹王と殷の湯王と周の文王または武王)の罪人なり。今の諸侯は五覇の罪人なり。今の大夫は今の諸侯の罪人なり」(告子章句下)と述べて5人の覇者や当時群雄割拠していた諸侯たちを痛烈に批判し、堯・舜や三王の「先王の道」(王道)を行うべきだと主張したのである。
青年誌の漫画なので、アクションシーンやお色気シーンがあるのですが、ものすごく思想的で尚且つわかり難いところもあって、なんだか感動が言葉にならない。
個人的には、すごく衝撃的な漫画だった。
主人公である加納は、金玉均と出会ってから、貫 真人(つらぬき まひと)と名を改める。
もともと罪人であるからして、仕方がない。
「王道」の狗であろうとした真人の行動力は、依然読んだ「砂のクロニクル」の武器商人ハジを思い出させる。日本人という人種を捨て、アイヌになり、中国人となり、東アジアを渡り歩く。真人は、常に「王道」という信念に基づいて行動する。それは、時として祖国日本への反逆行為にもなる。今の世でこそ、その行いには違和感を覚えるかもしれないが、明治期に自由党の壮士として活動していた主人公の背景が、きっちり描かれるので、違和感は無い。そのくらい、漫画の世界観に引き込まれる。
そして、真人の行動に胸が熱くなったのである。