峯岸みなみは、降格処分となりましたね。
それがよかったのか、わるかったのか・・・わかりません。
ただ、違う怖さを感じもしました。
元々、AKBは「恋愛禁止条例」なる有形無実のものが存在していたわけですが、今回それにもっともこだわっていたのがネットのファンだったように思えました。峯岸みなみが坊主で現れた瞬間の手のひら返しは、「まさに」とつい思ってしまったものです。
今回記事の内容が発覚してからは、ネットの住民とAKB側はチキンレースをしていたと言えます。ネット側は、今までブレブレの処分内容を例に出し峯岸みなみに対する解雇を誘い続けました。一方、AKB側は芸能事務所からタレントを預かっている身でもありスポンサーとの問題もあって現実には厳しい措置はできない状況でした。結果、彼女の自主的な坊主と運営による研究生降格処分という事でなんとか収めようとしています。
それが正しいのか、わかりません。
一番楽なのは、峯岸みなみに全責任を押し付けて解雇にすることでした。しかし、そうできないのはそれによって益々スクープ狙いの攻撃が起きます。だって楽しいじゃないですか、富める者が転げ落ちる姿を観ることは。
以前、パトレイバーのコミックに書かれていて納得している週刊誌の作り方があります。週刊誌のつくり方は、「強きを抉き、弱きをあざけ笑う」だと。こうすることで、購読者の感情を煽ることができるのだと。因みに、最初は少し持ち上げて後は叩く、という方式らしい。まさに、術中にはまっているのです。
一般人である我々にとって、峯岸みなみが落ちぶれるきっかけはとても心地よいものです。だから、必死に叩いたのです。やれるものならやってみろ、と。AKBに今まで依存した生活をしてきた彼女にすればそう簡単に活動辞退という選択を選べないであろうということはわかっていました。大衆が求めていたのは、『AKB運営が優遇してきた峯岸みなみが辞退に追い込まれることであり、辞退にできず困り果てる運営』の姿でした。結果、彼女は坊主になりました。ただ、これは実は怖いことなのだと思いませんか?
写真でピースするような奴がするわけがない、そういう人がいますがもしかしたら彼女が自殺という選択をした可能性もあることを考えたことはありますか。
イジメ、というのは『相手が壊れない程度にイタブルのが快感』なのです。子供のおもちゃと同じです。壊れるまでいくらでも無理な使い方をするのです。まして、匿名の立場だから無責任に書き込めるのです。責任も感じません。加減を考えなくなっても当然の帰結ではないだろうか。イジメをしていた人達は、こう言います。
①みんながやっていたから
②コミュニケーションのつもりだった
③そんなに傷ついていると思わなかった
④嫌だったら、もっと嫌だと言っていたはず
⑤相談してくれたら、やめてあげた
まるで、自分が悪くないかのように言います。
私は思います。AKB内のルールを裁くのはあくまでもAKB内の規則でしかさばけないのです。それ以外の人が外でいくら言ってもなんの効力もない。でも、それによってドアが開けられてしまう可能性もあるのです。もしどうしても不満なら、AKBを法律で訴えるしかないのです。できなら、見ているしかありません。相手が顔を出しているのであれば同じように陽のあたる場所から声を出さなければなりません。
きっと、AKBの問題というよりもネットの問題にすり替わっていくのではないでしょうか。