久しぶりにブログってみます♪


日本だけではないかもしれないけれども、

聖域を作るのはどうなのかと思ってしまいます。


勿論、宗教的なものはちょっと一線を画すものであるので

この場合は論議からは外させていただきます。


最近だと、阪神がある選手のポジションを優先させすぎてしまった、

と言われていますね。まあ、記録はいつかは終わるもの。


クライフをして、

「サッカーにセンチメンタルはいらない」

と言わしめたのは、センチメンタルが支配をすれば


(クライフ)自身が引退せずに今もプレーし続けることになる


からです。

そう言う意味では、敬意を欠くかもしれませんが

引導を渡すことは決して間違ってはいないと思います。


さて、このようなことを思ったのは昨日のコンフェデ・・・

を見てはいませんが、ふと感じたのです。


2010年W杯の時、日本は数選手を例え不調であろうが登録・起用。

結果、登録後に戦術を変えた際に適さない選手が現れました。


思い出してください。2006年W杯は、海外のクラブにいるというだけで

例え試合に出ていなくても、又は体調が悪くても起用した結果・・・。


まあ、そんなに例はないといえばないのかもしれませんが

聖域みたいに決して外さない選手を生み出す、

その結果どうなったでしょうか?


実は、最近本田選手に似た匂いがします。

勿論、彼は素晴らしい選手です。

しかし、このまま彼と心中するのが正しいのでしょうか?

本大会ではないのです。もっと冒険してもいいのではないでしょうか?



最後に、嫌味・・・ではないですが思い出しましょうあのCMを。

「前園さんの言うとおり~♪」

峯岸みなみは、降格処分となりましたね。


それがよかったのか、わるかったのか・・・わかりません。

ただ、違う怖さを感じもしました。


元々、AKBは「恋愛禁止条例」なる有形無実のものが存在していたわけですが、今回それにもっともこだわっていたのがネットのファンだったように思えました。峯岸みなみが坊主で現れた瞬間の手のひら返しは、「まさに」とつい思ってしまったものです。


今回記事の内容が発覚してからは、ネットの住民とAKB側はチキンレースをしていたと言えます。ネット側は、今までブレブレの処分内容を例に出し峯岸みなみに対する解雇を誘い続けました。一方、AKB側は芸能事務所からタレントを預かっている身でもありスポンサーとの問題もあって現実には厳しい措置はできない状況でした。結果、彼女の自主的な坊主と運営による研究生降格処分という事でなんとか収めようとしています。


それが正しいのか、わかりません。

一番楽なのは、峯岸みなみに全責任を押し付けて解雇にすることでした。しかし、そうできないのはそれによって益々スクープ狙いの攻撃が起きます。だって楽しいじゃないですか、富める者が転げ落ちる姿を観ることは。

以前、パトレイバーのコミックに書かれていて納得している週刊誌の作り方があります。週刊誌のつくり方は、「強きを抉き、弱きをあざけ笑う」だと。こうすることで、購読者の感情を煽ることができるのだと。因みに、最初は少し持ち上げて後は叩く、という方式らしい。まさに、術中にはまっているのです。


一般人である我々にとって、峯岸みなみが落ちぶれるきっかけはとても心地よいものです。だから、必死に叩いたのです。やれるものならやってみろ、と。AKBに今まで依存した生活をしてきた彼女にすればそう簡単に活動辞退という選択を選べないであろうということはわかっていました。大衆が求めていたのは、『AKB運営が優遇してきた峯岸みなみが辞退に追い込まれることであり、辞退にできず困り果てる運営』の姿でした。結果、彼女は坊主になりました。ただ、これは実は怖いことなのだと思いませんか?


写真でピースするような奴がするわけがない、そういう人がいますがもしかしたら彼女が自殺という選択をした可能性もあることを考えたことはありますか。


イジメ、というのは『相手が壊れない程度にイタブルのが快感』なのです。子供のおもちゃと同じです。壊れるまでいくらでも無理な使い方をするのです。まして、匿名の立場だから無責任に書き込めるのです。責任も感じません。加減を考えなくなっても当然の帰結ではないだろうか。イジメをしていた人達は、こう言います。


①みんながやっていたから

②コミュニケーションのつもりだった

③そんなに傷ついていると思わなかった

④嫌だったら、もっと嫌だと言っていたはず

⑤相談してくれたら、やめてあげた


まるで、自分が悪くないかのように言います。


私は思います。AKB内のルールを裁くのはあくまでもAKB内の規則でしかさばけないのです。それ以外の人が外でいくら言ってもなんの効力もない。でも、それによってドアが開けられてしまう可能性もあるのです。もしどうしても不満なら、AKBを法律で訴えるしかないのです。できなら、見ているしかありません。相手が顔を出しているのであれば同じように陽のあたる場所から声を出さなければなりません。


きっと、AKBの問題というよりもネットの問題にすり替わっていくのではないでしょうか。

まず、私自身がAKBのアンチではないであろうということを前提に書いているつもりですのでどうぞよろしくです。


今回の「禊の坊主」。やっぱり衝撃があったし、動画で見るといたたまれなくなってきます。彼女が悪かったのかどうかは別として、このご時勢に「坊主による謝罪」が決していい感情を湧かせるものではないです。もし本当に彼女が自発的に坊主にしたのであれば写真だけで良かったのではないでしょうか。動画で公表することで、逆に「見えない何か」があったように人は思い込みやすいと思います。


さて、今回の鍵でもある「恋愛禁止条例」なる言葉。


比較対象で宝塚も出てくることがあります。

AKBに興味を持った気かっけが宝塚なので、わからない気もなくはありません。バックにいる組織が違うとは言え、


もしかしたら100年以上前に宝塚歌劇団が歩みだした道をAKBが歩いてくれるのではないだろうか、


そしてどうやって終わっていくのか未来が見えるのではなかろうか、


そんなところから、AKBを見るようになったのが私です。AKBのファンと一線を画す、というよりもアイドルファンと一線を画すと思うのが、「恋愛禁止条例」の存在です。


多分、宝塚を長く追いかけている人たちの中で生徒さんが恋愛をしていないと思っている人はほぼいないでしょう。なぜなら、退団理由に「寿退団」なるものがあるからです。小学生に好きになりやがてトップスターにまでなった方が寿退団で卒業されている私にすればある程度冷めてしまっています。むしろ、現在でも退団後結婚されていないスターさんを見かけると、逆に心配になってしまいます。また、演出家の先生が生徒さんと結婚されていることにも驚かない。むしろ、結婚したいと思わせるような女性に成長できていない方が問題なのでは、と不謹慎にも思ってしまうのです。


なので、今回の処遇もそうですがどうも理解できない。そこに、私がAKBヲタと言い切れない境界線でもあるのです。やっぱり、ヅカファンなんです。


もしかしたら、「恋愛禁止条例」という言葉がアイドルファンの拠り所なのかもしれません。だからこそ、秋元康はその言葉から脱却しようとしていたのではないだろうか・・・。間違いなく、足を引っ張るので。しかし、ファン→ヲタは許さなかった。結果、このような結果になってしまった。運営とヲタのチキンレースは最悪な形で終わってしまう可能性が出てきてしまった。ここからどうするのだろうか・・・。


もし、私が運営だったら・・・。素知らぬ顔で運営するしかないでしょうwきっと、世間は許してくれませんが。