ここまで、塾について、子どもについて、保護者について、
そして「福祉としての塾」という少し異質な言葉について書いてきました。
最終回では、あらためて
私たちは、何のためにこの塾をやっているのか
それを正直に書いておきたいと思います。
私たちの塾は、
成績を上げることを否定しているわけではありません。
受験を軽く見ているわけでもありません。
ただ、最初から「結果」だけを目的にはしていない、
それだけです。
子どもが前に進めなくなるとき、
多くの場合、問題は「学力」そのものではありません。
安心できない。
信じてもらえた経験が少ない。
失敗しても大丈夫だと思えない。
自分の居場所が分からない。
そうした状態のまま、
「頑張れ」「やればできる」「結果を出せ」と言われ続けた子は、
やがて動けなくなります。
私たちは、そこから関わります。
すぐに答えを出させようとしない。
無理に前を向かせない。
分かったふりをさせない。
一緒に揺れ、
一緒に悩み、
ときには何も起きない時間を、ただ待つ。
それは効率のいいやり方ではありません。
数字にも、成果にも、すぐには表れません。
それでも、
「ここにいていい」
「失敗しても関係は切れない」
そう感じられる場所ができたとき、
子どもは自分の力で動き出します。
私たちの塾が目指しているのは、
「管理」でも
「矯正」でも
「選別」でもありません。
人が、人として立ち直っていく過程に伴走する場所
それが、私たちの考える塾です。
結果は、その先についてくるもの。
そして、結果が出なかったとしても、
「ここまで来た」という事実は、決して消えません。
保護者の方と同じ側に立ちたい。
不安も、焦りも、期待も、
全部自然な感情です。
それを否定せず、
「一緒に考える大人」でありたいと思っています。
この塾は、
完璧な答えを出す場所ではありません。
でも、
孤立させない場所でありたい。
それが、私たちの理念です。
ここまで読んでくださった方が、
「うちの子、まだ間に合うかもしれない」
「すぐじゃなくていいんだ」
そう思ってくださったなら、
この連載は役目を果たしたのだと思います。
これからも、
静かに、ぶれずに、
この場所に立ち続けます。