「できるだけ早く、普通に戻してあげたい」

保護者の方と話していると、
この言葉を時々耳にします。

その気持ちは、とてもよく分かります。
心配だからこそ、
元の状態に戻ってほしいと願う。

でも、ここで一度、
立ち止まって考えてみてほしいことがあります。

そもそも「普通」とは何でしょうか

毎日学校に行くこと。
授業を受け、宿題をこなし、
テストを受けること。

確かにそれは、
多くの子が歩んでいる道です。

けれど、
それがすべての子にとって
同じように機能するとは限りません。

「普通」という言葉は、
安心感がある一方で、
知らないうちに、子どもを縛る言葉にもなります。

「戻す」という発想が、苦しくなるとき

「早く元に戻らなきゃ」
「前はできていたのに」

こうした言葉は、
悪意がなくても、
子どもにとっては重く響くことがあります。

本人はすでに、
「できなくなった自分」を
十分すぎるほど責めているからです。

そこに
「元に戻る」という目標が加わると、
心はますます動きにくくなります。

変わってしまったのではなく、変わりつつある

学校に行けなくなったり、
勉強に手がつかなくなったりすると、
「前とは違う」と感じるかもしれません。

でもそれは、
壊れたのでも、後退したのでもありません。

今までのやり方が合わなくなった、
ただそれだけのこと

という場合も多いのです。

人は、
同じ形のまま成長し続けることはありません。

新しい「その子なり」を探す時間

「普通」に戻すのではなく、
「今のその子に合う形」を探す。

この視点に切り替えると、
見えてくるものがあります。

・今はどんな関わりなら受け入れられるか
・どんな距離感なら安心できるか
・どんな言葉なら、耳を傾けられるか

それは、
急いで答えを出すものではありません。

試しながら、
行きつ戻りつしながら、
少しずつ見つかっていくものです。

親ができることは、「正す」ことではない

親として、
導きたい、正したい、
そう思うのは自然なことです。

でも、今この時期に
一番力になるのは、

評価せずにそばにいること。
急かさずに待つこと。

それだけで、
子どもは少しずつ、
外に目を向ける力を取り戻していきます。

最後に

「普通」に戻れなかったとしても、
それは失敗ではありません。

遠回りに見える道が、
その子にとっては
一番安全で、確かな道だった、
そう振り返る日が来ることもあります。

今はまだ、
その途中にいるだけかもしれません。

次回は

次回は、
「親が『何もしない』ことが、実は一番難しい」
というテーマで書く予定です。

関わりすぎないことの意味について、
現場での実感を交えてお話しします。

し本来、春休みは
無理に詰め込む時期ではありません。

むしろ大切なのは、
これまで積み重なってきた学習を整理し、
新学年につながる形に整えることです。

 

春休みにやっておきたい学習は、実は多くありません

 

春休みに必要な学習は、
決して量が多いわけではありません。

・理解があいまいな単元を確認する
・「わかったつもり」を整理する
・新学年の内容に少し触れておく

この3つができていれば、
新学期のスタートはずいぶん楽になります。

逆に、
やみくもに問題を解くだけの春休みは、
思ったほど効果が出ないことも少なくありません。

 

差がつくのは「どこをやるか」が決まっているかどうか

 

春休みに伸びる子の多くは、
「何をやるか」がはっきりしています。

・次の学年でも必ず使う単元
・ここが弱いと後で困るポイント

こうした部分に絞って取り組むことで、
短い春休みでも大きな手応えを感じることができます。

逆に、
何となく勉強しているだけでは、
春が終わっても不安が残りがちです。

 

春休みは「自信」をつくるための時間でもあります

 

新学年は、
環境も人間関係も変わります。

その中で支えになるのは、
「少し準備ができている」
「分かるところがある」
という感覚です。

春休みの学習は、
学力そのもの以上に、
気持ちの余裕をつくる役割があります。

この余裕があるかどうかで、
4月以降の向き合い方は大きく変わります。

 

家庭だけで抱え込まなくても大丈夫です

 

春休みの学習をどう進めるかは、
多くのご家庭が悩まれるところです。

・どこから手をつければいいのか
・今の学力に合っているのか
・この進め方で大丈夫なのか

そうした迷いがあるのは、
ごく自然なことです。

春は、
誰かと一緒に学習を整理する
という選択が、
大きな助けになる時期でもあります。

 

次回は、春休みを「安心のスタート」に変える具体策を

 

次回のブログでは、
春休みをどのように使うと、新学年を安心して迎えられるのか
より具体的な学習の進め方と、
そのサポートの形についてお伝えします。

春は、準備次第で
「不安な時間」にも
「前向きなスタート」にもなります。

今の積み重ねが、
その分かれ道になります。

私が現場で見てきた事実

 

長く子どもたちと関わる中で、
一つだけ、はっきりしてきたことがあります。

学校に行けなくなったからといって、
学ぶ力そのものが失われるわけではない。

むしろ、
学校に行けなくなった時期こそ、
心と頭が必死に「守り」に入っている状態だと感じます。

それは、
壊れたのではなく、
守るために止まっているのです。

無理に動かそうとすると、かえって固まる

「少しずつでいいから行ってみよう」
「みんな頑張ってるよ」

善意の言葉ほど、
子どもを追い詰めてしまうことがあります。

本人が一番、
「行けない自分」を責めているからです。

そこにさらに
「行かなければならない」という圧が重なると、
心はますます動かなくなる。

それは、
怠けでも甘えでもありません。

学びが再開する前に、必ず起きる変化

学校に行けなくなった子が、
再び学びに向かい始めるとき、
最初に起こるのはこんな変化です。

・生活リズムが少し整う
・人と話す時間が増える
・「これ、知りたい」とぽつりと言う

いきなり机に向かうことは、ほとんどありません。

でも、
学びはすでに動き始めています。

この小さな兆しを、
見逃さないことがとても大切です。

学校だけが、学びの場所ではない

学校は、
社会に出るための大切な場所です。

それは間違いありません。

ただ、
一時的にそこに行けなくなったからといって、
人生が閉ざされるわけではありません。

学びには、
形があります。

・一対一で話を聞いてもらう
・自分のペースで進める
・否定されずに質問できる

そうした環境の中で、
止まっていた心が、少しずつ動き出すことがあります。

「今は行けない」を、そのまま受け止める

保護者の方にとって、
これはとても苦しいことだと思います。

「今は行けない」
この現実を受け止めることは、
あきらめることのように感じるかもしれません。

でも、
受け止めることと、手放すことは違います。

受け止めた先にしか、次の一歩は見えてこない。

最後に

学校に行けていない時間は、
無駄な時間ではありません。

その時間があったからこそ、
自分のペースを取り戻せた子を、
私は何人も見てきました。

遠回りに見える道が、
その子にとって一番安全な道だった、
そう思える日が、あとから来ることもあります。

次回は

「『普通』に戻そうとしなくていい理由」
について書こうと思います。

比べないこと。
急がせないこと。
それがなぜ、力になるのか。

1月後半から春休みまでの期間は、
大きく何かを変える時期というより、
学習の土台を整えるための時間です。

ここで無理をする必要はありません。
大切なのは、「どこに力を入れるか」を間違えないことです。

 

① まずは「できていない所」をはっきりさせる

 

この時期にやっておきたい一番のことは、
できていない所をあいまいにしないことです。

テストの点数だけを見るのではなく、

・解き直しをしているか
・説明できる理解になっているか
・時間がかかりすぎていないか

といった視点で、
学習の状態を見てみてください。

「何がわからないのかが分かる」
それだけで、春への準備は一歩進みます。

 

② 学年末までに「ここだけは押さえる」を決める

 

すべてを完璧にしようとすると、
かえって学習は進みません。

今の時期は、

・次の学年でも使う単元
・つまずくと後に響きやすい内容

を優先して、
“ここだけは押さえる”ポイントを決めることが大切です。

取捨選択ができると、
学習はぐっと現実的になります。

 

③ 量よりも「理解の深さ」を大切にする

 

この時期に問題集をたくさんこなしても、
理解が追いついていなければ意味がありません。

・なぜそうなるのか
・自分の言葉で説明できるか

を意識することで、
学習は次の学年につながる形になります。

春に伸びる子ほど、
この「立ち止まる学習」を大切にしています。

 

④ 学習のリズムを崩さないことが、最大の準備になる

 

春休みが近づくと、
生活リズムが乱れやすくなります。

だからこそ今の時期は、

・学習する曜日や時間をある程度決める
・短時間でも継続する

といった、
学習のリズムを守ることが大切です。

これは、
新学年をスムーズに迎えるための
何よりの準備になります。

 

今から整えることで、春は「追われる時間」にならない

 

1月後半から少しずつ整えておくことで、
春は焦って何かを詰め込む時間ではなくなります。

「分かっている状態」で
新学年を迎えること。

それが、
子どもにとっても、
保護者にとっても、
一番の安心につながります。

「このままで、本当に大丈夫なんでしょうか」

塾をやっていると、
保護者の方から、よくこんな言葉を聞きます。

成績が思うように上がらない。
学校にも、少し行きづらそうにしている。
家では勉強の話になると、口数が減る。

焦るのは、当然です。
親として、心配しないはずがありません。

 

 親の不安は、愛情そのもの

 

「もっと厳しくした方がいいのでは」
「この塾、少し甘すぎないだろうか」

そんな思いが浮かぶのも、
すべてはお子さんを思ってのこと。

だから私は、
その不安を否定したいとは思いません。

むしろ、
不安を抱えながらも、子どもの居場所を探している
その姿勢自体が、深い愛情だと感じています。

 

 でも、少しだけ立ち止まって考えてほしい

 

これまで、
多くのお子さんを見てきました。

その中で、
一つだけはっきり言えることがあります。

結果を急がれた子ほど、
心を閉じてしまうことがある。

追い立てられるほど、
自分を守るために、
「分からない」「やりたくない」と言えなくなる。

それは怠けではありません。
防衛反応です。

 

 伸びる前に、整えるものがある

 

学力が伸び始める前に、
必ず訪れる変化があります。

・表情が少し柔らかくなる
・失敗しても立ち去らなくなる
・「これ、聞いてもいい?」と言えるようになる

これらは、
成績表には載りません。

でも、
学びが動き出すサインです。

保護者の方にとっては、
一番もどかしい時期かもしれません。

けれど、
この時期を飛ばして伸びた学力は、
長くは続かないことが多い。

 

 「今はまだ」の時間を、信じられるか

 

子どもには、
それぞれの時間があります。

周りと比べれば、
遅れて見えることもある。

でも、
「今はまだ」という時間を
安心して過ごせた子は、
あとで必ず、自分の足で立ち上がります。

私たちは、
その瞬間を何度も見てきました。

 

 甘いのではなく、待っている

 

結果を急がない塾は、
甘いのでしょうか。

私は、そうは思いません。

急がせないことと、放っておくことは違う。
待つことと、あきらめることも違う。

見守りながら、
必要なところでは手を差し伸べる。

それは、
簡単なようで、実はとても根気のいる関わり方です。

 

 最後に、保護者の方へ

 

もし今、
「このままでいいのだろうか」と
胸がざわついているなら、

その感覚を、
どうか一人で抱え込まないでください。

子どもを育てる道に、
一直線の正解はありません。

遠回りに見える道が、
実は一番確かな道だった、
そういうことも、確かにあります。

次回は

次回は、
「『学校に行けない』と『学びが止まる』は同じではない」
というテーマで書く予定です。

学びの形は、
一つではありません。