医事法の論点(13) 生殖補助医療と法 | 線路の外の風景

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様々な仕事を経験した管理人が、日々思っていることなどを書き綴ります。基本的に,真面目な内容のブログです。

 今回取り上げるのは、生殖補助医療に関する法律問題の話です。

 米村氏の『医事法講義』があまり役に立たなかった感染症医療の話と違って、今回の話は『医事法講義』240頁~254頁で、相当の分量を割いて取り上げられているので、今回の記事はこれをベースに書いていくつもりです。

 ただし、今回取り上げる論点についても、実際の社会では『医事法講義』に取り上げられていない、深刻な問題が山積みになっている感があります。

 

1 生殖補助医療とは

 生殖補助医療は、自然妊娠が得られない夫婦に対する不妊治療として、精子・卵子や受精卵、胚に対する技術的操作を行い妊娠を得ようとするものであり、主な技法としては以下のようなものがあります。

(1)人工授精

 子宮頸内に精液を直接注入するもので、技術的には最も簡易であり、わが国では1948年から医療として確立した技法です。人工授精には、夫の精液を使用する配偶者間人工授精と、夫以外の第三者により提供された精液を使用する非配偶者間人工授精があります。

 前者の倫理的問題点はそれほどありませんが、後者については、夫が無精子症であるなど、夫の精液が使えない場合に行われますが、出生子は夫との遺伝的血縁関係が無いことになってしまいます。それでも、わが国では実施大学の医学生を精子提供者とするなどの方法で、法律的及び倫理的問題をさほど意識することも無く、安易に実施されてきた歴史があります。

(2)配偶子卵管内移植

 卵管内に配偶子(精子と卵子)を注入する方法であり、卵管閉塞の場合など、人工授精では妊娠が得られない場合を中心に用いられます。人工授精よりは侵襲性が高いものの、比較的安全に行うことが出来、通常は夫婦の配偶子が使用されるため、法的や倫理的な問題もさほどありません。

(3)体外受精・胚移植

 実験室内で精子と卵子の受精を行わせ、これによって生じた胚を子宮腔内に移植する方法です。これは1980年代に開発された技術であり、これによって妊娠率は飛躍的に上昇したものの、女性の卵子を採取する際、女性の身体に対する負担が大きく、排卵誘発剤の合併症も少なくありません。

 この方法は、夫婦自身の配偶子を用いる場合のほか、第三者から提供された配偶子を用いる場合もあり、後者の場合には出生子と夫婦の一方と遺伝的血縁関係が無いことになるため、法律的及び倫理的問題が発生します。なお、提供卵子を用いた方法は、学会規制によって禁止されていたこともあり、これを実施した医師が学会から除名された例もあるのですが、現在は学会規制の対象とはされていません。

(4)提供胚移植

 夫婦以外の第三者から胚の提供を受け、これを妻の子宮腔内に移植する方法です。体外受精においては、一度に多数の卵子を採取して受精させ、受精卵を凍結保存して1~3個ずつ子宮内に移植するという手法が採られるため、早期に妊娠し夫婦がそれ以上の妊娠を希望しない場合には多数の凍結受精卵(余剰胚)が残ることになるため、こうした余剰胚を利用して胚移植を行う方法が技術的に可能となります。ただし、現在のわが国では、この方法は学会規制によって禁止されています。

(5)代理懐胎

 妻以外の女性に子を妊娠・出産してもらい、出生子を依頼夫婦の子とする方法であり、代理母、代理出産や借り腹と呼ばれることもあります。妻の子宮機能に異常がある場合や、子宮摘出手術等により子宮そのものが存在しない場合に用いられますが、具体的な手法としては、夫婦の配偶子を用いた体外受精により得られた胚を移植する方法のほか、提供配偶子を用いて体外受精を行う場合もあり、代理母とある女性の卵子を使用する場合もあります。わが国では、代理懐胎は学会規制により全面的に禁止されてきたものの、近年その是非に関する議論が活発化しています。

 

 これらの実施状況ですが、(1)と(2)については正確な統計が取られておらず、1999年に厚生省研究班が行った調査によれば、同年までに約37、000人がこの方法により出生したとされています。(3)については統計が取られており、現在は出生数の約3~4%が体外受精によっています。代理懐胎は、わが国では学会規制により禁止されているものの、海外に渡航して代理懐胎を受ける事例が増加しており、この方法による出生児数は100人を超えていると言われています。

 

2 日本産科婦人科学会による規制

 わが国では、こうした生殖補助医療に関する特段の法規制は存在せず、依頼夫婦の一方または双方と遺伝的な血縁関係が無いことになる出生子との親子関係に関する規律等に関する特別の規定も無く、民法の解釈に委ねられています。もっとも、日本産科婦人科学会は、生殖補助医療や着床前診断などのあり方に関する見解を発表し、すべての会員たる産婦人科医にその遵守を求めていることから、こうした学会による行為規制が実務上大きな役割を果たしています。

 

↓規制内容の詳細については、こちらを参照してください。

 

 以下、その主要なものを概観していきます。

(1)提供精子を用いた人工授精に関する見解(最終改訂:2015年6月)

 提供精子を用いた人工授精は不妊の治療として行われる医療行為であるが、その影響が被実施者である不妊夫婦とその出生児および精子提供者と多岐にわたるため、専門的知識を持った医師がこれらの関係者全て、特に生まれてくる子供の権利・福祉に十分配慮し、適応を厳密に遵守して施行する必要があるとして、具体的には以下の規制を定めています。

1.本法は、本法以外の医療行為によっては妊娠の可能性がない、あるいはこれ以外の方法で妊娠をは かった場合に母体や児に重大な危険がおよぶと判断されるものを対象とする。

2.被実施者は法的に婚姻している夫婦で、心身ともに妊娠・分娩・育児に耐え得る状態にあるものとする。

3.実施者は、被実施者である不妊夫婦双方に本法の内容、問題点、予想される成績について事前に文書を用いて説明し、了解を得た上で同意を取得し、同意文書を保管する。また本法の実施に際しては、被実施者夫婦およびその出生児のプライバシーを尊重する。

4.精子提供者は心身とも健康で、感染症がなく自己の知る限り遺伝性疾患を認めず、精液所見が正常であることを条件とする。本法の治療にあたっては、感染の危険性を考慮し、凍結保存精子を用いる。同一提供者からの出生児は 10 名以内とする。

5.精子提供者のプライバシー保護のため精子提供者は匿名とするが、実施医師は精子提供者の記録を保存するものとする。

6.精子提供は営利目的で行われるべきものではなく、営利目的での精子提供の斡旋もしくは関与または類似行為をしてはならない。

7.本学会員が本法を行うにあたっては、所定の書式に従って本学会に登録、報告しなければならない。

 

(2)体外受精・胚移植に関する見解(最終改訂:2023年6月)

 体外受精・胚移植は、不妊の治療、およびその他の生殖医療の手段として行われる医療行為であり、その実施に際しては、わが国における倫理的・法的・社会的基盤に十分配慮し、本法の有効性と安全性を評価した上でこれを施行するものとされ、具体的には以下の規制を定めています。

1.‌本法は、これ以外の治療によっては妊娠の可能性がないか極めて低いと判断されるもの、および本法を施行することが、被実施者またはその出生児に有益であると判断されるものを対象とする。

2.‌実施責任者は、産婦人科専門医であり、専門医取得後、不妊症診療に2 年以上従事し、日本産科婦人科学会の体外受精・胚移植の臨床実施に関する登録施設において1年以上勤務、または1年以上研修を受けたものでなければならず、日本生殖医学会認定生殖医療専門医であることが望ましい。また、実施医師、実施協力者は、本法の技術に十分習熟したものとする。

3.‌被実施者は、挙児を強く希望する夫婦で、心身ともに妊娠・分娩・育児に耐え得る状態にあるものとする。

4.‌本法実施前に、被実施者に対して本法の内容、問題点、予想される成績について、事前に文書を用いて説明し、了解を得た上で同意を取得し、夫婦各々の自署による同意文書を保管する。

5.受精卵は、生命倫理の基本に基づき、慎重に取り扱う。

6.本法の実施に際しては、遺伝子操作を行わない。

7.‌本学会会員が本法を行うにあたっては、所定の書式に従って本学会に登録、報告しなければならない。

 

(3)代理懐胎に関する見解(2003年4月)

 代理懐胎として現在わが国で考えられる態様としては、子を望む不妊夫婦の受精卵を妻以外の女性の子宮に移植する場合(いわゆるホストマザー)と、依頼者夫婦の夫の精子を妻以外の女性に人工授精する場合(いわゆるサロゲイトマザー)とがあるものの、前者が後者に比べ社会的許容度が高いことを示す調査は存在するが、両者とも倫理的・法律的・社会的・医学的な多くの問題をはらむ点で共通しているとし、このような代理懐胎の実施は認められない、対価の授受の有無を問わず、本会会員が代理懐胎を望むもののために生殖補助医療を実施したり、その実施に関与してはならない、また代理懐胎の斡旋を行ってはならないと定めています。

 学会はその理由として、①生まれてくる子の福祉を最優先するべきである、②代理懐胎は身体的危険性・精神的負担を伴う、 ③家族関係を複雑にする、④代理懐胎契約は倫理的に社会全体が許容していると認められない、といったものを挙げています。

 

3 生殖補助医療に関する問題事例と議論状況等

 1998年6月、長野県内に診療所を開設する医師が、妻の妹からの卵子提供による出産事例を公表しました。当時の会告では違反とある行為であったため、学会はこの医師を除名処分としたものの、この医師は処分後も学会に所属しないまま、代理懐胎を含む同種の医療を継続し、学会レベルでの規制の限界を露呈することになったため、法律による規制の必要性が議論されるようになりました。

 また、生殖補助医療に関する訴訟事例も注目を集め、夫の死後に凍結精子を用いた体外受精により生まれた子が、親子関係の定立を求めて提起した訴訟では、最決平成14年4月24日(判例集未登載)が嫡出親子の関係を認めない判断をしたほか、最判平成18年9月4日民集60巻7号2563頁では、非嫡出の父子関係も認めない判断を示しました。

 夫の精子と提供卵子を用い、卵子提供者とは異なるアメリカ人女性の子宮を借りた代理懐胎により出生した子について、嫡出子出生届の不受理に対する不服申立てが行われた事案では、平成17年に大阪高裁が依頼者と子との間に母子関係は認められないとの判断を示し、最決平成17年11月24日(判例集未登載)もこの判断を是認しています。夫婦の精子と卵子を用い、アメリカ人女性の子宮を借りた代理懐胎により出生した子について、同様に嫡出子出生届の不受理に対する不服申立てが行われた事案では、平成18年に東京高裁が依頼者を母とする判断を示したものの、最決平成19年3月23日民集61巻2号619頁はこれを破棄し、依頼者では無く出産女性を母とする判断を示しています。

 このような状況を踏まえ、厚生労働大臣及び法務大臣の要請を受けた日本学術会議生殖補助医療の在り方検討委員会が、こうした生殖補助医療のあり方について検討を行い、2008(平成20)年4月8日に報告書を公表し、代理懐胎全般を法律によって禁止すべきとの見解を示したものの、具体的な法規制のあり方については委員会内でも意見が割れたほか、政府自民党内では逆に代理懐胎を法律上容認すべきとの意見も有力であったため、現在でも法律の制定には至っていません。

 

↓参照資料・2008年4月8日付け日本学術会議対外報告

『代理懐胎を中心とする生殖補助医療の課題 -社会的合意に向けて-』

https://www.moj.go.jp/content/001315840.pdf

 

 このような状況が放置された結果、現在では一部の団体が海外での不妊治療ビジネスを公然と標榜して活動しており、代理懐胎・代理出産が行われた場合、日本の法律では代理出産を行った女性が法律上の母親とされてしまうため、普通養子縁組または特別養子縁組の手続きを利用すべきこと、代理出産は法律上これを認めている他国で行う必要があり、特にロシアでの代理出産プログラムが推奨されること、などとするインターネット上の広告宣伝も公然と行われています。

 

4 法規制の必要性及びその在り方に関する検討

(1)第三者による配偶子や胚の提供について

 第三者による精子提供や、提供卵子による体外受精など、第三者による配偶子や胚の提供については、依頼夫婦と出生子との間に遺伝上の血縁関係が生じないこと、卵子提供では提供者に採卵の負担とリスクを生じさせることが問題とされます。

 このうち、前者については従来さほど問題視されておらず、AIDが広く実施されてきたものの、最近は出生子が自分の出生に関する経緯を知り、血縁上の父が別に存在する事実を知った場合に、少なからぬ精神的負担を感じることが指摘されるようになり、子供の「出自を知る権利」がクローズアップされるようになっています。

 日本産科婦人科学会は、配偶子の提供による人工授精については前述のとおり認めているものの、「胚提供による生殖補助医療に関する見解」では、胚提供による生殖補助医療を全面的に禁止しています。

 その理由として、胚提供によって生まれた子は、発達過程においてアイデンティティーの確立に困難をきたすおそれがあり、さらに思春期またはそれ以降に子が直面するかも知れない課題(子の出生に関する秘密の存在による親子関係の稀薄性と子が体験し得る疎外感、出自を知ったときに子が抱く葛藤と社会的両親への不信感、出自を知るために子の生涯を通して 続く探索行動の可能性)も解明されてはいないほか、親子関係の不明確化が生じるといった問題が挙げられていますが、このような問題は、本来配偶子提供の場合にも生じ得るはずです。

 厚生労働省は、精子提供による生殖補助医療について、既に50年以上の実績を有し、出生児が父親の遺伝的要素を受け継いでいないことによる大きな問題はこれまで報告されていないことから、これを容認するとの立場を示していますが、米村氏は「そのように簡単に結論づけられるかどうかは問題があろう」と指摘されています。

 他方、卵子提供については利他的な目的で医療リスクを引き受けることから、生体臓器提供に類似した問題が生じ得るところ、従来は負担とリスクについて十分な説明と自発的合意があれば認めて良いという見解が支配的でした。しかし、これについても近年は、代理懐胎に関して親族間における無形の圧力等により、自己決定が事実上強制される可能性が指摘されており、米村氏はこれと同様の問題が卵子提供にも妥当する可能性がある、と指摘されています。

 このような問題点が指摘される一方、特に精子提供については、子の「出自を知る権利」がクローズアップされるようになって以降、日本産科婦人科学会が定める正規の方法によって行われる精子提供医療は、子が自分の出自を知った後、将来血縁上の父に対し扶養や相続に関する権利を主張してくる可能性が説明されるようになると、精子提供に応じる者が激減してほとんど機能しなくなり、その一方でインターネットを介した非正規の精子提供が公然とまかり通り、さらには高学歴や高年収、優れた容姿などを喧伝し、自己の精子を有料で販売する者さえいるのが現状です。

 配偶子提供による生殖補助医療については、正規の方法によらないものを含め既に相当の件数が行われてしまっているという現実があり、また少子化に伴う生殖補助医療への社会的ニーズも高まっていることから、管理人としては、こうした医療行為に関し倫理上の問題があるとしても、これを法律で全面的に禁止することはもはや現実的で無く、また正規の方法における精子提供者の安定的確保を図る観点に照らし、立法にあたっては子の「出自を知る権利」についてこれを全面的に認めないものとするか、または精子提供者が承認した場合に限りこれを認めるものとする以外の選択肢は事実上無いと考えられます。

 そして、上記のように自己の精子を有料で販売しようとする者が、その経歴について虚偽の表示をしていた場合、現行法では精子売買契約自体が特段の法規制の無いグレーゾーンの領域、すなわち法律上積極的に容認されているわけでは無いが、明確に禁止されているわけでも無いという領域であるため、虚偽の表示に騙されて精子を購入した者に対する有効な法的救済手段も無い、そのような虚偽表示によって自らの精子を販売した者に対する罰則も無い、という状況になってしまっています(理論上は、刑法上の詐欺罪に該当する可能性もゼロではありませんが、宣伝の内容が多少事実と食い違っていたところで当然に詐欺罪が成立するわけでは無く、当該虚偽表示が無ければ購入者が当該精子を購入することは無かったと言えるほどの重大な虚偽表示であることが必要とされるため、実務上は詐欺罪による立件は、ほぼ不可能と考えられます)。

 このような現状を放置しておくことには問題があり、適用対象の限定のほか、適切な措置を行い得る一部の医療機関に実施機関を限定する、不適切な精子売買行為等に対する罰則を整備するといった法規制は、早急に行う必要があると考えられます。

 

(2)代理懐胎について

 代理懐胎について、前述した日本学術会議の報告書によって指摘された問題点は、第1に代理懐胎の医学的影響は未だ不明確であり、胎児や母体に危険性を与える影響が小さくないこと、第2に代理懐胎を引き受ける女性の「自己決定」が、心身の負担やリスク等を十分理解し、周囲の圧力等に影響されず真に自発的な意思としてなされるとは限らないこと、第3に出生子の心身への影響が否定できず「子の福祉」に反すること、代理懐胎が営利目的ないし対価を伴う場合には「女性の商品化」に繋がってしまうこと、第5に医療現場においては懐胎者と依頼者の希望する医療が異なるなどの問題が生じ、適正な医学的判断を困難にすることであり、これらの理由から代理懐胎を一般的に法律で禁止し、対象を限定した上での試行的実施(臨床試験)のみを認めるものとすること、営利目的の代理懐胎は刑罰をもって禁止すべきであるとの結論が示されました。

 もっとも、こうした論点整理については、代理懐胎の問題点にのみ焦点を充てたものであって適切で無く、子を望む依頼夫婦の利益や、少子化対策の観点から子を真摯に望む依頼夫婦に一定の要件下で代理懐胎・代理出産を認める社会的必要性などをもっと考慮すべきだという批判もなされており、日本学術会議の上記見解は、立法として採用されるに至っていません。

 なお、米村氏はこの問題について議論するにあたっては、出生子の利益が特に重視されるべきであり、代理懐胎が出生子のリスクを十分に抑制できる医学的・社会的基盤を整備した上で実施できるか否かが問題になるところ、現状ではこのような基盤が調っているとは言えないため、代理懐胎は法律によって禁止すべきであると結論づけています。

 しかし、管理人はこれと立場を異にしており、わが国の法律学者や医療関係の有識者が、このように代理懐胎や代理出産に対し消極的な態度を採っている間に、諸外国における代理懐胎や代理出産は、これを容認する国によってどんどん進められており、やがては脳死臓器移植の場合と同様、将来的には代理出産ツーリズムとでも言うべき行為が国際問題と化し、代理懐胎や代理出産を必要とする国の需要は国内で賄われるべしとの声明が国際機関から出され、代理懐胎・代理出産に関する医学的・社会的基盤の整備を行うための議論が十分に進まないまま、最終的には粗雑な内容の議員立法によって強引に決着が図られてしまうといった最悪の結末も想定しなければなりません。

 代理懐胎を法律で禁止すると言っても、日本人の夫婦が代理出産契約を容認している外国に赴いて自らの子を得た場合についてまで、当然に当該夫婦をわが国の法律で処罰すべき、当該夫婦と代理出産により産まれた子との親子関係も当然に否定すべきなどという社会的合意が存在しているわけでは無く、政府自民党の内部ではむしろこれを容認すべきとの意見も有力であるため、わが国においてそのような立法が行われることは期待できません。

 そのため、管理人としては、代理懐胎は医学的・社会的に問題があるからこれを禁止するといった議論で片付けるのでは無く、まずは諸外国で現実に行われている代理出産契約のうち、上記のような問題点について相当程度合理的な解決が図られているものの効力についてはわが国の法律上もこれを承認し、またそのような代理懐胎・代理出産に関する先進国の制度を模範として、わが国でも将来的には医学的・社会的基盤を整備して問題の少ない代理懐胎・代理出産を行えるよう議論を進めていくべきではないかと考えます。

 

5 出生子の法的地位に関する問題

(1)第三者提供精子を用いた場合の父子関係

 前述のとおり、わが国では生殖補助医療の技術が用いられた場合の親子関係について定める特別法の規定は存在しないため、親子関係の存否は民法の規定とその解釈により定められることになります。父子関係については、生殖補助医療が介在しない場合であっても、血縁上の父子関係が存在するかどうかは不明確となる場合があり得るため、血縁上の父子関係と法律上の父子関係は必ずしも一致しない場合があります。

 すなわち、妻が婚姻中に懐胎した子は、法律上夫の子と推定され(民法第772条第1項)、婚姻成立の日から200日を経過した後に生まれた子、または前婚の解消・取消後300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定され(同第2項)、法律上夫の子または元夫の子と推定されることになります。なお、嫡出でない子については、父の認知により父子関係が成立するほか、子が父に対し認知の訴えを提起することも出来ます(第779条、第787条)が、既に成年に達した子を父が認知するには、子の承諾が必要とされてます(第782条)。

 夫や元夫は、民法第772条の規定により自分の嫡出子であると推定される子について、その嫡出であることを承認した場合を除き、子の出生を知った日から1年以内に限り、嫡出否認の訴えを提起することが出来ます(民法第774条ないし第777条)。逆に言えば、子の出生を知った日から1年が経過した場合には、その子が自分の血縁上の子では無いと信じるに足りる相当な理由がある場合であっても、法律上自分の子であることは否認できないわけですが、夫が長期の出征や海外出張に行っている間に妻が出産した場合など、客観的に見て明らかに夫の子では無いとみられる事情がある場合には、その子に対する民法上の嫡出推定は及ばず、夫は親子関係不存在確認の訴えにより、妻の産んだ子が自分の子で無いことの確認を求めることが出来るものと解されています。

 もっとも、近年はDNA鑑定の普及・進歩により、かなりの精度で血縁上の父子関係を確定できるようになりましたが、嫡出推定に関する規定は維持されており、父がDNAの鑑定結果のみを理由に、嫡出否認の訴えに係る出訴期間を徒過した子について、親子関係不存在確認の訴えを提起することは許されないと解されている一方、子やその法定代理人である母の側から、法律上の父に対し親子関係不存在確認の訴えを提起することは、法律上差し支え無いと解されています。

 なお、これら父子関係に関する訴訟は、人事訴訟法により家庭裁判所の管轄事件とされており、これらの訴えを提起する場合には、家事事件手続法第244条及び同第257条の規定に基づき、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならないとする、いわゆる調停前置主義が採られています。DNA鑑定技術が普及した近年においては、調停の場でDNA鑑定が行われ、鑑定の結果血縁上の父子関係の有無が判明した場合には、それによって事実上決着が付く場合が多くなっており、父子関係に関し訴訟による解決を必要とする事件は少なくなっています。

 

 こうした父子関係に関する一般論を生殖補助医療に当てはめた場合、まず妻が、夫による事前の同意無く、第三者から精子提供を受けて生殖補助医療により子を出産した場合には、夫は嫡出否認の訴えを提起できるとした裁判例があり(大阪地判平成10年12月18日判時1696号118頁)、学説の多くもこれと同様の立場を採っています。

 問題は夫による事前の同意があった場合であり、夫が親子関係不存在確認の訴えを提起できる場合、すなわち嫡出推定が及ばない子の範囲については、学説上外観説と実質説の対立があります。実質説はDNA鑑定技術の普及を踏まえ、医学上の血縁関係が否定される場合にはすべて嫡出推定が及ばないと主張するものであり、この見解に従えば第三者提供精子によって産まれた子に嫡出推定が及ぶことはあり得ないことになります(ただし、現在の判例実務はこのような立場を採用していません)。また外観説を採った場合でも、夫に生殖能力が全く無いため第三者から精子の提供を受けたという場合には、嫡出推定の及ばない場合があり得ることになります。

 夫の同意を得て第三者から精子の提供を受けた場合について、子の出生後に夫が嫡出否認の訴えや親子関係不存在確認の訴えを提起して、法律上の父子関係を否定しようとすることも、特に子の懐胎後に夫婦関係が著しく悪化し、離婚問題に発展したような場合には実務上あり得るわけですが、こうした父子関係の否定を認めることは子の福祉を著しく害することになるため、2003年に法務省法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会が公表した中間試案では、第三者からの精子提供に関する夫の同意を父子関係の成立要件とし、精子提供に夫が同意した場合は嫡出否認の訴え、親子関係不存在確認の訴えのいずれも提起できないものとする案が示されていました。

 また、第三者精子提供による生殖補助医療を法律上の問題無く行うためには、血縁上の父親に該当する精子提供者と出生子との間の法律的な父子関係を否定する必要があるためにほか、同中間試案では、精子提供者による認知を禁止する案も示されていました。

 もっとも、中間試案の公表後、同部会における審議は政府自民党や厚生労働省との調整が難航したこともあって中断され、現在でも法制化の目処は立っていません。そのため、現行法の解釈論としては、第三者からの精子提供を受けることについて夫が事前に同意した場合には、当該提供によって産まれた子に対し、嫡出否認の訴えまたは親子関係不存在確認の訴えを提起することは権利の濫用(民法第1条第3項)にあたり許されないとの考え方が提唱されていますが、血縁上の父親である精子提供者による子の認知、または子の精子提供者に対する認知請求を民法の解釈論によって封じることは困難であり、この点は立法による解決を待つしかありません。

 

(2)第三者提供卵子を用いた場合の母子関係

 民法第779条の条文上は、母による認知も認められていますが、最判昭和37年4月27日民集16巻7号1247頁は、母とその非嫡出子との間の母子関係は、原則として母による認知を俟たず、母親の分娩という事実により当然に発生すると判示しており、そのため母による認知という問題が生じる余地はないと解されています。

 第三者から提供された卵子により妊娠し子を出産した場合、卵子提供者を母とする解釈と、分娩した者を母とする解釈の両方があり得るわけですが、前述の中間試案では妊娠・出産の事実や明確性を重視して後者の立場が採られており、最高裁の判例も一貫して分娩者を母とする立場を採っています。卵子提供者を母とする解釈論を認めると、親子間の法律関係が複雑かつ不明確なものになり子の利益にも反することから、最高裁の立場は妥当と考えられます。

 

(3)代理懐胎が行われた場合の母子関係

 代理懐胎が行われた場合の母子関係も法律上問題になりますが、前記最決平成19年3月23日は、代理出産契約に基づく代理出産を容認しているアメリカ合衆国ネバダ州法に基づく親子関係確定の裁判は、民事訴訟法第118条第3号にいう、わが国における公の秩序に反するものであってその効力を承認することはできないとして、その効力を承認した原判決を破棄しています。そして、わが国の民法は懐胎、出産という客観的な事実により当然に母子関係が成立することを前提としており、現行民法の解釈としては、出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母と解さざるを得ず、その子を懐胎、出産していない女性との間には、その女性が卵子を提供した場合であっても母子関係の成立を認めることはできないと判示しています。

 この判決に対しては、代理出産をした女性が外国法の裁判により母でないと確定している以上、日本法でその効力を否定しても実際に出産をした女性が母としての役割を果たすことはおよそ期待できないため、その子は事実上母を持たないという結果になりかねず、かえって子の福祉に反するのではないかという問題があり、このような立場から判決を強く批判する見解もあるところ、わが国における学説の多数は、判例の見解を支持しています。

 代理出産に関する諸外国の立法例は、代理出産を容認する国においても、代理出産契約をした時点から卵子提供をした依頼者を母とするもの、出産後に母を確定するものに分かれており、また代理出産を法律上禁止している国の中においても、代理出産を依頼した者との養子縁組を認めている国と、養子縁組をも禁止する国に分かれているところ、上記最決の補足意見では、このような事例では特別養子縁組を認める余地は十分にあるとの見解が示されたことから、前述のとおりわが国の夫婦が国内または外国で代理出産を依頼した場合には、普通養子縁組または特別養子縁組によって親子関係を確定するのが一般的になっています。

 管理人としては、現行法の解釈論として、外国法による代理出産が行われた事例について法律上の実親子関係を認めてしまうと、わが国では問題が多いとされ禁止論が有力な代理懐胎・代理出産について、司法がこれを積極的に容認するメッセージを発することになりかねないことから、判例の結論自体は妥当とせざるを得ませんが、このような結論は代理懐胎・代理出産を容認する立場からは、前述のとおり出生子の法的立場を曖昧かつ不安定にするものであり子の福祉に欠けるという問題があり、また代理懐胎・代理出産に否定的な立場からも、特別養子縁組制度を通じて代理懐胎・代理出産を事実上容認する結果になってしまう問題があるため、上記判例も指摘しているとおり、この問題についてはむしろ立法による解決の必要性が高く、管理人も立法論としては、このような代理出産が行われた場合の親子関係を定める外国裁判の効力については、実質的な性的売買とならないよう必要な措置が講じられているなど一定の要件を満たす場合には、子の福祉の観点からむしろ認める措置が必要と考えます。

 

(4)いわゆる「出自を知る権利」の問題

 生殖補助医療に関しては、子の「出自を知る権利」も重要な問題として議論の対象とされています。近年、第三者精子提供によって産まれた子供に関する調査研究では、血縁上の親を知ることがアイデンティティの確立に極めて重要であると指摘されるようになったことを踏まえ、配偶子の提供が匿名で行われた場合も含め、出生子に対し、血縁上の親に対する情報の開示請求を行う権利を法律上認めようという議論が行われ、諸外国ではこれを認める立法例が増加しており、わが国の民法学説上も、これを支持する見解が出されています。

 もっとも、わが国においてこのような権利を法律上認める場合には、すべての精子提供者の情報について、相当の長期間にわたる情報の保管や開示請求に応じる体制を整備する必要があり、これが実施医療機関等においては相当な負担となります。また、実際に行われている非正規の精子提供について、その実施を法律上禁止したとしても、これを禁止する法律が施行される前に行われた精子提供、また法律に違反して行われた精子提供による出生子については、「出自を知る権利」の実効性を担保することは事実上不可能であり、また正規の精子提供について実施医療機関に高度の負担を課す場合には、それによって非正規・非合法の精子提供行為をますます拡大させる結果になり得ることも考慮しなければなりません。

 また、仮にこのような権利を認めるのであれば、第三者精子提供における匿名性の原則が失われ、特に精子提供者は法律上出生子の父親とみなされ、出生子やその利害関係人から、出生子の扶養義務や自己の財産に関する相続権まで主張されるおそれがあることから、精子提供者のみならずその家族をも巻き込んだ大問題に発展するおそれがあり、現に第三者精子提供医療の現場においては、前述のとおり医師から子の「出自を知る権利」の説明が行われるようになると、後難を恐れて精子提供自体を拒否する者が激増し、正規の医療機関における第三者精子提供医療が提供者不足で実施困難になり、現実社会ではインターネットを介した非正規の精子提供がむしろ主流になってしまったことを考えると、このような権利を法律上認めれば、第三者精子提供医療は実施そのものが極めて困難になってしまうことは明らかです。

 仮に、第三者精子提供医療自体を是認する前提で議論するのであれば、子の「出自を知る権利」については、これを全面的に認めないものとすべきであり、仮に認めるとしても、精子提供者の情報を開示するのは、精子提供者の同意があった場合のみとする必要があり、出生子の権利として位置づけることは不可能となります。出自を知る権利を全面的に認めるのであれば、これによる社会的混乱を回避するため、併せて精子提供者等と出生子との実親子関係は法律上完全に否定する(ただし、精子提供者と出生子の養子縁組は妨げないものとする)法制を整備する必要がありますが、そのような法制とすることについて社会的合意が得られるかという問題もあります。

 米村氏は、「出自を知る権利」については否定的な結論を出されていますが、管理人も結論としては同意見であり、第三者精子提供医療を円滑に行うためには、出生子の出自を知る権利については、これを否定せざるを得ないと考えます。もっとも、出自を知る権利を否定する場合にも、精子提供に関する社会的不安を解消するためには、配偶子の提供者と出生子との法律関係について別途の立法措置による決着を図る必要性があります。

 

6 結語

 米村氏は、このような生殖補助医療の議論については、原理的・感情的な対立となりやすい傾向があったが、このように困難な問題であるからこそ、正しい医学的事実を前提に冷静な検討を行うことが求められるなどとして、この問題に関する項目を締めくくっていますが、一方で生殖補助医療に関しては、有識者が慎重な議論の必要性を説いている間に、社会の現実はどんどん動いて既成事実の積み重ねが進んでしまっており、法制化の方向性について学術有識者と政治家との意見調整が一向に進まない結果、真に必要な立法措置も進まないという現状があります。管理人としては、この問題については医学的事実よりむしろ社会的現実を踏まえ、現状に対する強い危機感を持った真摯な議論が必要と考えます。