「セクシー」という発言が,なぜ問題視されるのか? | 線路の外の風景

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 時事というにはちょっと古い話題になりますが,今回は小泉進次郎環境大臣の「セクシー」発言について考えてみます。

 

<参照記事>

小泉大臣「セクシー発言」ナゼ炎上?説明は野暮?記者とのやりとりの全容を検証(9月26日付,FNN佐藤友紀)

https://www.fnn.jp/posts/00048326HDK/201909261830_tomonorisato_HDK

セクシー発言が注目 小泉環境相の英語力は「国益を左右しかねない」?(週刊朝日 上田耕司)

https://dot.asahi.com/wa/2019100100050.html?page=1

魅力的に感じなければ始まらない 小泉環境相のセクシー発言の意味とは?(朝日新聞DIGITAL 上間常正)

https://www.asahi.com/and_w/20191011/987848/

「セクシーには魅力的という意味も」 小泉環境相発言で政府答弁書

https://www.sankei.com/politics/news/191015/plt1910150017-n1.html

1 事実関係の整理

 事実関係を整理すると,2019年9月22日,小泉進次郎環境大臣は,国連の気候行動サミットに出席するためニューヨークを訪問し,主に海外メディア向けに英語で記者会見を行った際,記者の質問に対し次のように答えたとされています。

 

(記者)
「今回大臣として初めての出席ですが、このイベントでどのような議論をし、他の参加者からどういう反応がありましたか?」
(小泉環境相)
「これが訪問中、最初の会議だが、とても刺激的な会議でした。ある会社の人が最後に口にしたコメントが私は気に入りました。彼はこう言ったんです。『この問題(環境問題)に取り組むことは楽しいことなんです』と。そして彼女(フィゲレス氏)はこう付け加えたんです。『セクシーなことでもあるわ』と(小泉大臣とフィゲレス氏ら笑う)。私は全面的に賛成ですね。政治には多くの課題があり、それは時に退屈です。でも、気候変動のような大きな問題は楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきです」

 

 この際の「セクシー」発言が,日本では「意味が分からない」などとしてバッシングの対象になったわけですが,セクシーという言葉自体は小泉大臣に同席していた,国連気候変動枠組み条約のクリスティアナ・フィゲレス前事務局長が使っていたものです。フィゲレス氏は,環境問題を語る際に以前から「セクシー」という言葉を多用しているそうで,小泉大臣はそれを引用したに過ぎません。

 記事の中で引用されている早稲田大学の中林美恵子教授は,セクシーという言葉についてこのように説明しています。

「セクシーという言葉は『ちょい悪』な感じを含んでいますが、アメリカでは学会やシンポジウムでさえ、時おり使われています。おカタい局面で、あえてセクシーという言葉を発することで場をなごませ、あるいはドキッとさせて注目を集めるんです」

 そして,この問題に関しコメントしている上間常正氏は,このセクシーの意味について,「言葉を変えて言えば、『おしゃれ』で『カッコいい』ということだろう」と説明されており,また政府は「セクシー」発言の趣旨に関する国会質疑で,「『sexy』という語は文脈によって意味することが異なり得るため正確な訳出は困難」とした上で,ロングマン英和辞典(初版)によれば『(考え方が)魅力的な』といった意味があるなどとする答弁書を出しています。

 

 以上を総合すると,小泉環境大臣は,自らもコロンビア大学に留学した経験を活かし,ネイティブの知識人が使っている「セクシー」という言葉を記者会見の中で引用したに過ぎず,特段非難に値するようなことはやっていないわけです。

 

2 なぜ「セクシー」が,日本では意味不明になってしまうのか?

 このように,ネイティブの間では比較的よく使われている「セクシー」という単語ですが,一方で普通の日本人がこの単語を聞くと,一体何を言いたいのか戸惑ってしまいます。

 日本人がよく参照するネット上の辞書では,sexyの意味について次のように説明されています。

 

<Weblio 辞書の場合>

主な意味:性的魅力のある、セクシーな、性的な、挑発的な

<goo 辞書の場合>

形動]性的魅力のあるさま。性的なものを感じさせるさま。「セクシーな表情」

 

 おそらく,日本人の多くが「セクシー」という単語に対し持っているイメージは,上記のようなものではないでしょうか。

 このように,日本人の多くは「セクシー」という単語について,「性的魅力がある」という趣旨の訳しか知らず,セクシーとはそういう意味の単語だという固定観念に囚われているため,このような辞書に出て来ない使われ方が出てくると,途端に戸惑ってしまうわけです。

 日本語の「セクシー」と異なり,英語のsexyは必ずしも性的な意味だけに用いられるわけではなく,多少くだけた表現ではありますが,考え方や発想が魅力的である,カッコいい,おしゃれである,といった意味に用いられていることが,上記の各記事から窺われます。しかし,小泉大臣の「セクシー」発言が出てくるまで,日本人の多くはsexyのそのような用法を知らなかったため,小泉大臣の「セクシー」発言の意味が分からず,一体何が言いたいのかと問題になってしまったわけです。

 

 こうした,日本人に定着した固定観念の弊害は,sexyという単語にとどまりません。例えば,あなたなら次の英文を,どのように和訳しますか?

It sounds good.

 

 正解は,単に「いいね」「いいですね」というような意味なのですが,日本人の多くは「sound=音」という固定観念に囚われているため,このような表現に違和感を持ってしまうのです。

 管理人は,必ずしも英語が得意というわけではありませんが,大学受験で英語を勉強し,社会人になった後でも時々英語の文章に触れる機会があり,そのときに痛感させられたのは,「日本で普及している英和辞典は,あまり当てにならない」ということです。日本語が時代と共に変化しているのと同様,ネイティブの英語も変化しており,それと共に単語の意味や,よく使われる表現なども変化しているのですが,日本の一般的な英語教育や英語の辞書は,そのような英語の変化に対応できておらず,ひどい例だと明治時代に作られた訳が今でも使われていたりします。

 日本の受験生が,英語を学ぶ際に苦労するのは,確立された古典的な英単語,イディオムなどの和訳や文法をひととおり暗記させられた上で,実際に難関大学の入試問題を解く段階になると,暗記によって定着した常識をひっくり返すような作業を余儀なくされることです。幼い頃からネイティブの英語教育を受けて来た人なら,そのような苦労は比較的小さくて済むのかも知れませんが,管理人のように英語を習い始めたのは中学生からという人間は,このあたりで英語の学びにくさを痛感させられ,英語嫌いになってしまいます。

 

 また,インターネット上で掲載された英語の文章を日本語に訳そうとすると,どうしても一般的な辞書に書かれている日本語訳ではうまく訳せないという点が多々あり,そういうときには前後の文脈に応じて「大体こういう意味だな」と判断するしかないのですが,もちろんそのような判断には,英語の専門家によるお墨付きが得られているわけではないので,あくまで管理人自身の判断による意訳ですよ,などと断り書きを付けなければ,怖くてとても公表できません。

 管理人が,これまで英文和訳にあたって苦労した経験の数々は,これ以外にも枚挙に暇がありません。日本人の英語能力を強化するための試みとして導入されかけた,大学入試共通テストにおける民間試験の導入は当面見送りになりましたが,諸外国に比べてかなり低いとされる日本人の英語能力を高めるために必要なことは,大学入試制度をいじることではなく,英和辞典や初歩的な英語教育の内容自体を,現代ネイティブ英語の実情に合わせて大幅に見直し,日本人にとって英語を学びやすいものに変えることではないか,と思えてなりません。

 現状のままでは,日本人は英語を学ぶために,諸外国の人ならやらなくてもいい無駄な苦労を数多く強いられており,そのような状態を放置したままで,日本人の英語能力が諸外国の水準に追い付くことはあり得ないでしょう。

 

 なお,来年度から導入される予定だった英語民間試験の中には,古典的な日本の英語教育に対応した試験もあれば,ネイティブの英語に対応することを目的とした試験もあり,前者の典型例である英検では高校教育で習ったある表現で問題なく正解とされるのに,同じ表現をネイティブ型の試験で使うと「ネイティブはそんな言い方はしない」と,容赦なくバツを付けられてしまうことも少なからずあるそうで,そのあたりも英語民間試験が受験性を困惑させることになった原因の1つらしいです。

 

3 小泉大臣の「セクシー」発言は,結局どのように理解すべきか?

 このような問題意識を踏まえて,改めて小泉大臣の発言がどのような趣旨であったものかを考えてみましょう。「セクシー」という単語の固定観念に囚われることなく,上記発言における前後の文脈に照らして考えれば,おそらくフィゲレス氏や小泉大臣は,環境問題に対する取り組みは「環境のためには,あれもやってはいけない,これもやってはいけない」などといった,聞いていて退屈になるようなやり方では多くの人が付いてこない,むしろ環境問題に対する取り組みは多くの人にとって楽しい,格好良くて魅力的だと思えるようなものにしなければならない,という趣旨のことを言いたかったのではないでしょうか。・・・もちろん,これは管理人による個人的な解釈であり,このような趣旨だと断言することは出来ませんが。

 そうであれば,具体的にそのような取り組みの方法をどうやって打ち出すかという問題はあるものの,一般論としては正論を述べているに過ぎず,小泉大臣が非難される謂われはありません。英語圏の外国人に対し,小泉大臣の「セクシー」発言が日本で問題になっているという話をしたら,おそらく「日本人の英語力はそこまで低いのか」と呆れられることでしょう。あるいは,なぜそのようなことが問題になっているのか,外国人には理解できないかも知れません。

 小泉大臣の発言については,他の発言についても具体性に欠けるものなどが多々あり,大臣としての資質を問題にする声も少なからず聴かれますが,少なくとも「セクシー」発言については,小泉大臣のそのような発言を問題にするよりは,「セクシー」の解釈をめぐって大騒ぎになってしまうほど,平均的な日本人の英語能力が低く遅れていることをまず問題視すべきでしょう。議論の対象が小泉大臣の資質という方向に流れてしまい,問題の背景にある平均的な日本人の英語能力があまりに低く,かつ古典的な既成概念に囚われてしまっているという点に議論が及ばないのは,管理人としては残念でなりません。

 

 

 若干余談になりますが,今年プロ野球の阪神タイガースに入団しながら,在籍わずか48日で退団が決まったお騒がせ外国人のソラーテ選手は,メジャー時代に「セクシータイム」というニックネームを付けられていたそうです。この「セクシータイム」というのも日本語に訳しにくい言葉で,ネット上でもその意味や由来について色々議論されてはいるものの,そのほとんどが「よく分からない」という結論に終わっています。管理人にもよく分からないのですが,少なくとも「性的魅力がある」という意味ではないでしょう。「タイム」という単語についても,「時間」という固定観念に囚われて解釈するのは危険ではないかと思われます。

 単に「格好良く活躍する奴」と理解すればよいのか,それとも英語では日本野球でいうポテンヒットのことを「セクシータイム」と表現することがあり,「ポテンヒットをよく打つ奴」と理解すればよいのか。管理人が調べた限りではこの両説があり得ますが,いずれにせよ国際化の時代に向けて,日本人の英語研究はまだまだ不足していると実感せざるを得ません。

 

 話を小泉大臣に戻しますが,この問題について小泉大臣に非があるとすれば,この発言はこのような趣旨だと日本人にも分かるような説明をせず,むしろ発言の意味について詳しく説明することはセクシーではないなどと言って,逃げの姿勢に回ったことです。

 もちろん,最新の英語表現を正しく日本語に訳すのはかなり難しいことであり,小泉大臣に自らそのようなことをする自信はなかったのかも知れませんが,日本の政治家たるもの,自分の発言を日本人に正しく理解されるよう,正しい日本語で発信する責務があり,うまく日本語に訳せない英語表現をみだりに用いるべきではないというのが,今回の「セクシー」騒動によって得られた教訓の1つと言えるのではないでしょうか。