あー、もー。だからいったじゃん!
またしても愚痴。
ほんとはねー、だんなにはっきりいってやりたいんだけど。彼を傷つけることが目的ではないので、こちらで愚痴らせてくださいませ。
こちら の記事で、だんなと息子の子離れ親離れが問題になっていることに触れた。
それで、それとまた、ほぼ同じことがこの週末に起きた。
ことは、だんなと息子の永遠の話題、
1) 部屋を片つける
2) 音楽をするときにメトロノームとつかう
の二つから起きた。
わたしははっきりいって、この二点に関しては
どーでもいい
と思っている。そりゃあ、家族で共有しているスペースであるところの、風呂場とか便所を汚く使われたらいやだ。でも、息子の部屋は息子の部屋であって、わたしには関係ない。
が、だんなは、それを放っておけない。
それで、今日も言い合いになった。
それもね、はっきりいってだんなが悪いと思う。彼が息子の部屋の掃除になぞ、手をかさなければいいのだ。それで、汚くなったら、自分できれいにするか、汚いまま住むか、どっちかで、それでいいじゃないかと思う。
わたしはそんなことには関心がない。関心を持って、干渉したってむだなことを知っているので、はじめから関心なんか持たない。
でも、だんなにはだんなのやり方があると思うので、ほうってあった。
「なんで床の上にものがあるの?」
「今使ってるから」
「でも、これからおとうが君の部屋に掃除機をかけてあげるんだから、床の上のものを拾いなさい」
↑この時点で問題があると思う。自分でさせればいいのだ。
息子はぶすーとして、床の上のものを拾い、その辺に適当に置く。
「なんで、そんなところにおくの?」
「あとでつかうから」
「鉛筆は鉛筆、おもちゃはおもちゃで別の棚に置けばいいでしょ?」
「知ってるよ!」
「知ってるんだったら、なんで、ここに鉛筆を置くの?」
「あとで直すよ!」
「じゃあ、今、はじめからおけばいいじゃない。簡単でしょ?」
「わかってるよ!」
・・・不毛すぎる。
と思っていたら、
「おとうに怒鳴り返すんじゃない!」
と、だんなが怒鳴りつけているではありませんか。
ますます不毛だ。
「どっかにいっちゃえ! 死んじゃえ!」
息子が怒鳴る。なんて、なんて、不毛なんだ。
結局、息子は自分の部屋にこもり、だんなはイライラをわたしにぶつけてくる。
「もう、部屋の方付けも、洗濯も、勉強も、音楽も、手伝ってあげない!」
そうしろ、とわたしはいいましたよ?
「だいたい、何度も、部屋を片つけろ、音楽のときにメトロノームを使えといっているのに、聞かないから・・・」
わたしも、あなたに何度も息子に過度の干渉をするなと言いましたよ?
しかし、わたしが言いたいことをいってもはじまらないので、
「そうするのがいいと思う。でも、それを息子に通告したかって、またけんかになるだけやから、なんも言わんとするのをやめるんやね」
「君はさ、信じられないくらい、彼に対して関心がないよね」
「ないよ」
「ものすごく冷たい人間だね」
いいですか、わたしは冷たくありません。この言葉に、わたしは今、ものすごく怒っています。わたしは自分の経験から、子供に過度の干渉をすることはよくない、子供に期待してはいけない、と思ったので、自分の思うところにしたがって育児をしてきただけです。そして、その事については、あなたに何度も話しましたね?
でも、ここで、それをいってもはじまらないので。
「うん。そう。すごいね、冷たいんだよ」
そう答えておきました。
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そして、冷たいわたしは、冷たく分析する。
だんなと息子を見ていて思うのは、
1) 子供というのはどんどん成長していって変っていく動物
2) 親というのは、なかなか変われない
ということ。
息子はどんどん成長していく。だんなは、はじめは彼のやり方でよかったかもしれない。でも、息子が変わっていくときに、だんなは自分のやり方をそれに合わせてかえることがなかなかできていない、ような気がする。
時間がたてば、成長をして、それとともに自分なりに変わっていける息子に対して、ある程度大人として自分の考えもやり方も出来上がっている親は不利な立場に立たされると思う。この年になって、子供とともに変わらないといけない、という、理不尽な立場に立たされると思う。
ことに、今まで彼の言うことをよく聞くいい子の息子だっただけに、彼は、いうことを聞かなくなってきた息子がなかなか受け入れられない。今までのやり方、それがうまくいっていればいっていただけ、それを今になって変えることはなかなか難しい。右ハンドルを左ハンドルに変えるようなものだ(若けりゃ、簡単に変えられると思うけどね)。この点については、だんなも合意。
もちろん、だんなが物事をする際にどうすれば成功するかよく知っているのは、わたしは知っている。だからこそ、彼の今いる地位があるわけ。だから、自分の息子にも自分がやってきたやり方を教えて、成功をさせれやりたいのは、わかる。
そして、今まで、小さかったときに、それを教えることの大事さもわかる。
でも、今、少しずつ、親離れを始めている彼に対して、何時までも自分のやり方をしろと要求するのはいかがなものか。息子が自分のやり方やしたいことを見つけ始めている今、第二次反抗期も始まっている今、ああしろ、こうしろと言っても、絶対にいうことなんか聞かないって。むだだって。
それどころか、自分が疲れて、精神衰弱するだけやん?
息子がどうするつもりかは知らない。でも、それでも大丈夫かもしれない。だめかもしれない。大丈夫ならそれでいいし、だめなら、そのうち取り返しがつくでしょう。
「それは、僕にもわかってる。だから、もう、部屋に掃除機もかけてあげないし、音楽も見てあげないし、洗濯もしてあげないし、いろんなことでがたがた言わない。父親は辞める」
じゃあ、そうしてください。
そう、冷たく言ってみる。
ほんとは、
あー、もー、だからいったやろ! 口出しすんなって! ほっとけって! お前がアホで、いうこときかへんさかい、細かいことで、がったがった、がったがった、言いまくるさかい、息子が切れるんやん!
この、どあほ!
って、思いっきりいいたい。
そんでね、だんなは、自分に向って、息子が、死んじゃえ、とか、どっかにいっちゃえ、とかいったことが信じられないというわけです。
そんなの、誰だって、頭にきて親に言うよねえ?
しかし、ひどいことを言われた、と、怒りで体を震わせているだんなに、誰でも言うよ、とかいうと、事態の悪化を招くのはわかっている。だから、
「まあ、そういってもかまへんと思うくらい、親似たいして自信あるんとちゃうの? 幸せで、ええやん」
とか言ってなだめてさー。
あー、つかれた!