もう10年くらいになるかなー

入院先の病院で 同室になった 貴女

 

交通事故の後遺症で 高次脳機能障害になった貴女と 服用薬の副作用で精神的に不安定になったワタシとの 二人部屋

 

ある意味 イカれている状態での 出会いだったけれど 不思議なもので

貴女はどうだったかはわからないけれど ワタシは それまでの6人部屋(その当時はそうだったのですよ) → 一人部屋 で 退屈しすぎていて とっても ウェルカム

 

あたりまえだけれど ある程度 イカれていたワタシは高次脳機能障害のことなど未知で 毎朝 貴女が ブラジャーの留め具を看護士さんに頼んでいたのを不思議に思いながらも、そういうことってあるよねー などとのんきにしてました。 今なら 理解できます。 カラダは 五体満足でも 脳が機能不全だと いろいろなことができなくなる。普通に毎朝していた ブラジャーのホックを留めることがその時の貴女にはできなかった。女子にとって ブラジャー 装着ができないというのは大問題だよねー。

今のワタシは脳梗塞で 左まひになったからこそその当時の貴女の あれやこれが 理解できるようになりました。事故にあう前の貴女がどんなヒトだったか お見舞いにきた家族の方や お友達の 会話(二人部屋だから 聞こえますよ)や 貴女との病室での会話で どんどん 貴女に興味が湧きました(なにせ 脳疾患の病人さんとの同室生活というのは貴重な体験ですもの)。

ワタシの当時は 内科の服用薬の副作用が強く出て 食事は食べられない 精神的に不安定な状態。

入院直前は 筋力低下 食事が摂れない が主な症状で リハビリと服薬で改善していこうというさなかに 6人部屋でのストレス 進まない病状改善&薬の副作用で 内科から神経精神科(名前だけはね)へ移されて 減薬して経過を見るという状態だったようです。 内科にいたときのイカれた状態は あとから思い出したのですが・・・

①看護士とケンカ ロッカーからコートを出し 家に帰ると言い出す。(たぶん夜の時間帯) 病院からは地下鉄で帰宅可能。きっとパジャマにコートで帰ろうと思い立ったのでしょう。 

②フリールームにあった果物 たぶん 患者さんが 食べようとしてたもの をことわりもせず勝手に食べだす。見舞いに来ていた母と一緒だったためとめられる。

③母が2-3日 病室に泊まり込んでいたが 幻だと思い込む。

 

まあ ほかにも あったのですが こういう状態になったムスメをなんとかならんかと担当医師に減薬せよと 迫ったのも ハハでありました。

内科から病棟を移動したのはそのような経緯からで、たぶん 貴女と同室だったのも 一か月と数日くらいの期間だったと思いますけど 時間があり余りってる同士 濃い関係だったかもしれませんね。24時間 特定の誰かと一緒の時間を過ごす。  しかも 病室という特殊な場所で。

 

お互い 特に服薬以外の治療もなく ワタシは午前中にリハビリに通い 就活中に事故にあった貴女は 卒論準備などで 隣の大学の図書館に通ったり 自宅に外泊したり 買い物に外出などで 退院も近いのだろうと思っていた矢先 ワタシは自宅に一泊して 病室に入ったら 貴女はいませんでした。ベッドのリネンも新しくなっていて。

看護士さんに聞いた話では 急に退院していったと。???  ヘルパーさんに事情聴取してみると 何かのトラブルで 怒った貴女が 看護師にビンタをくらわしww 医師に強制退院させられた。とのこと。

その後 4人部屋に移動して 内科に舞い戻り 体力もそれなりにつき 薬の量も調節がうまく進み 睡眠導入剤のみ 精神科で処方してもらえばよい状態になったワタシは退院しました。

貴女のメールアドレスや住所はきいていたので 何度かメールしました。忙しいようで 短いメールが届いただけでした。

ワタシが脳梗塞になったのが 7年前。約7か月の入院後生活。上下肢左まひだけど 車の運転はしているよ。オートマ限定にはなったけど。今ムスメは 病院で栄養士の卵として働いているよ。 お見舞いにきた貴女の本当のお母さん(貴女とそっくり)が 昔はコドモ好きじゃなかったのに最近 赤ちゃんが欲しいなんて言うんですよって言っていたのを思い出します。貴女のお父さんとママハハさんが 一時帰宅した貴女が予想もつかないことを言い出して困ると言っていたことも。

貴女は尿検査のために コップに 並々と おしっこをいれてしまい 看護士さんに笑われてましたね。ごはん前にカップヌードルを食べてしまったり。隣の大学の図書館に行くときに夏だったから貴女のあまりにもセクシーな出で立ちに他人ながら心配したっけ。

文章は書けるけれど 本が読めないからと お見舞いに貴女がいただいた本をワタシに貸してくれたり。小学生だったムスメが見舞いに来たときに ボードゲームで遊んでくれたね。

優秀で英文科に通っていて 就活も順調だったとのこと  なのに 自転車で交差点を通行中に車に引っかけられて 高次脳機能障害に・・・。

その後のワタシは結局 内科でいろいろな病気が見つかり 血管の病気に免疫系の病気と そのうえ 動脈硬化の結果 脳梗塞に。

ワタシの障害は 足の装具がないと歩行できないし いつも杖を使っています。おしゃべりは ゆっくりと発音していたら 普通に聞えているようです。 話している表情は 多少口元がゆがんでいるかもしれませんが。

ずっと脳神経外科に通院していて 今のところ症状は固定しています

脳疾患でも高次機能障害が起こる場合があるといわれていますが いまのところなんとか踏みとどまっています。見えない病気や障害のことは この病気になってからわかりました。入院していたときの担当の理学療法士さんは 生まれた時から片耳が聞こえなかったのですって。言われないと気づかなかったわ。

 

連絡してみようかなと思うこともあり、貴女の住所は 保存しています。 ワタシはこんなんだし 貴女はどうしているか 見当もつきません。 

だけど なぜか とても あの 濃かった日々が懐かしくてたまらなくなるときがあります。

運命だったのかなー ワタシたちって。

貴女をみていたら 自分が生きたかった20代をこの娘は生きているんだろうな とうらやましく感じていました。大学で 英語を勉強して できればそれを生かした職業に就いて。でも その時点で 貴女が そのことを実現できない可能性が多いことには気づいていませんでした。

今のワタシたちで 脳疾患後の それまでと違う人生を 生きている同士で 語り合ってみたい 泣き言を思いっきり言い合いたいなあ。

 

イカれた同士だったけど 意味ある出会いだったんだなーと 思いたいよ ワタシは。