『失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~』出てくるエルフィア人男性キャラはちょっと特徴的です。
なにしろ地球の何万年も先を行くカテゴリー4の人間ですから。
体臭むんむんで、長髪に髯ぼうぼう、片手に蛮刀、血眼で雄叫びをあげるカテゴリー1的な要素は、一見、エルフィア人の男性にはいる様子がありません。
一言で言うと、とっても知的で紳士的なのです。
と、ここで疑問が湧いて来るんではないでしょうか?
文明が進んだからといいて、男性って本当にそうなるの?
例えば、古代世界のバビロンやローマでは、そこまで教育が行き届いていません。
だから、とても残酷なケースが枚挙にいとまがないのですね。
日本だって、江戸時代までは、「切り捨て御免」だったんですよ。
人間の命など、虫けら同然でした。
翻って、21世紀はどうでしょう?
「喧嘩と酒と博打と女!」
「男はいつの時代になっても本当にどうしようもないんだから!」
あ、やっぱり、そうですか・・・。
女性のみなさん、気をつけてくださいね、男性は仮面かぶってますよぉ・・・。
かくいうわたしも男性・・・。
あは!
お話の中でも、地求人のそれについて、エルフィアの文明促進推進支援委員会で議論される場面がちょろっと出てきます。
これは地球の生物学者の一見解なんですが、生物を支配しているものはDNAで、DNAは自分を複製することを、なにはさておき、第一に要求するんだそうです。
まずは、自分自身が生きること。
それが満たされれば、自分を複製すること。
ということらしんです。
そして、より生存率の高い子孫を残すため、有性生物のオスは肉体的な強さを徹底的に磨いてきたんだとか。
残酷で荒々しく、自分以外のオスの生存を許さない。
メスは彼が独占です。
これが、オスの本来の姿で、かつ、役目らしいんです。
確かに、野生の動物とか見ると、そんな風に思える節がたくさんあります。
トドや像アザラシのような海獣をはじめ、猿などもたいてい強いオスのもと、ハーレムを作っています。
そのボスの座に着くために、オス同士が死闘を繰り返すわけです。
でも、どらかが死ぬまで戦うというようなケースは稀で、一方が降参するか、傷ついて戦闘不能になった時点で、勝敗がつきます。
狼や犬のように、戦う前に決着することも多々あります。
カテゴリー1どころか、人類登場以前のカテゴリー0の世界ですよね。
よし、人間も動物なんだから、やっちゃえ!
「おらおら!ぶっ殺すぞ、てめぇら!」
でも、人間がこんなことやっていれば、即、逮捕、裁判、実刑で死刑、よくて無期懲役。
なんでオレが悪いんだ・・・?
オスとしての野生の本能を忠実に表現しただけなのに・・・。
戦闘を好む男性はそう感じているのかもしれません。
この強者生存の法則は、ドイツの哲学者ニーチェによって論理的に体系づけられ、自然な状態であり、絶対者「ツァラトーストラ」の望むものだと主張されました。
彼は「神」とは言わなかったんです。
これ、かつてのドイツ第三帝国のヒトラーが絶賛したんだとか・・・。
強きものこそ、ツァラトーストラに選ばれたるもの。
彼にはすべてが許される。
このニーチェの思想に対して、恐ろしく一人よがりで、わたしたちは絶対に賛同しかねる、と評したのはイギリスの哲学者、ラッセルです。
わたしも彼に同意しますねぇ・・・。
絶対に強い本物の強者だけが生残る?
ありえません。
地球に一人残ってなにが面白いんでしょう?
て論理展開になりません?
カテゴリー2になった地球です。
そんなことが現代の人類社会では決して許されるものではありません。
そうです。
人間は社会的な動物です。
ということはですねぇ・・・、これって、やっぱり法的、倫理的、宗教的、常識という名前の縛りがあるからで、それらは文明とともに教育として発達してきたんだと思います。
そういうことであるなら、文明が発達すると、一般的に社会的な意味でも、野生的で男性的な荒々しさは、外からの圧力で人類の男性から影を潜めていかざるをえない、と言えるのかもしれません。
実際は、内に秘めているかもしれないけど、少なくとも外には現われてはいかない。
ということじゃないかと思いいます。
でも、わたしがここで取り上げたいのは、外からの圧力というより、自らのコントロールによる自律的なものです。
自律というのは、自ら望んで律するということで、決して他人から強制されるということではないんです。
これは大変なことで、十分な教育と相当な意志の強さを必要とします。
ユティスは人間は本来非常に感情的で、自然のままだと、意思や理性は眠ったままだと言います。
十分な愛と教育があってこそ、これらは活かされてくるんですね。
教育だけでは不十分で、愛がないとダメなんです。
子供時代に、両親から十分に愛されて信頼されているという安心感なしでは、心は成長していきません。
だから、安全安心が十分でないカテゴリー1では、野生的な精神の制御が難しいわけなんです。
脱線しますけど、お話の中で和人がユティスに思いとどまると言う場面が出てきます。
あは。
でも、和人はそれを自制心などという立派なものではなく、実は欲望の塊で、ユティスから軽蔑され嫌われるのではないかという自分勝手な恐怖心からくるんだ、と彼女に言うんですね。
その時、ユティスの反応はと言うと・・・。
内緒です。
あは。
その点、エルフィア人男性は・・・。
ありゃ・・・?
トルフォ以外にはそういうシーンがぜんぜんないぞ・・・。
トルフォの話題は今度にしますが、エルフィア人にも極稀に現われる先祖返り的な男性です。
地求人と同じくらい煩悩が肥大してるんですねぇ・・・。
エルフィア人男性について、あんまし当たり前な紳士的なものを書いてもつまんないんで、わざとのっけませんでした。
じゃダメでしょうか・・・?
あは。
とにかく、エルドもフェリシアスも、そういう純粋に野生的な感じはちっともないんです。
最初はユティスに恋していたお茶目なキャムリエル(という設定)にしたって、とっても紳士的に振る舞います。
アンニフィルドはエルフィア男性にはとっても人気のある女性ですが、デートを何回も重ねることができたエルフィア男性はほとんどいません。
「はぁ・・・。デートする前に飽きちゃいそう・・・」
だからなんでしょうか・・・?
結局、アンニフィルドは適度に野生的なセレアムの専務、セレアム人のクォーター、国分寺俊介に惹かれていくんです。
この適度に野生的というのがいいんですよね。
文明の発達と共に男性は草食系になっていくのは、理屈の上からもどうやら本当みたいですが、スポーツ選手を見ていると、カッコイイ男性はたくさんいて、そんな心配なんかないように思えます。
アンケートによるある調査では、女性に人気のある男性スターは、長身で細身のイケメン、しかも筋肉が引き締まったプチマッチョがダントツなんだそうです。
これ、お話の助演男優さん、184センチ95キロ、元アメフトのQB、国分寺俊介にピッタシでしょ?
※ノリックの『失われし銀河の天使 ~ エルフィア ~』 本編は『小説家になろう』に連載中です!