5.8.26…幻冬舎 「闘病記」コンテスト応募作品から
作品名「いのち 私と病」⑥
もう一つ、医学に関わりを持つ識者の吉村先生のお話です。
(※前と同じ。名前は記録していないのですが、ある冊子で掲載された記事の抜き書きです。平成3~4年頃)
医学と哲学、医療と人間について〔ヘルスサイエンス〕、癒しというものが基本になるが、単に病気の治療でなく、人間全体の癒しの問題になります。
生きることばかりでなく病む、老いる、死ぬことなどを含んだ人間の深い存在の認識、それに基づいた医学が行われなければならない。生きて病んで更に老いて死ぬことを、深い意味で援助するもの、生活全体、ライフスタイル全体がテーマになってきます。
そして、人間にとって死は何であるか、死があるが故に、人は生きる意味を見出しうること。
人間が人間として充実して生きることができるのは、人間だけで成り立つのではなく、人間を超えたものとの関わり合いの中で初めて可能であり、超越的なものとの関係が癒された在り方を可能にする事ができます。
人間は本来自然治癒力を持っています。
自然治癒力の自然とは、『自ずから然なり』と書き、読み方は『おのずから』と『みずから』とがあります。
おのずからはそれ自身の内からです。みずからは意志が入ってきます。患者自身の『治ろう』『生きていこう』という考え方です。人はその意志がないと癒やされないのです。
人間の『全一性』の三要素は、一つに身体。二つに人格・人。三つに環境です。
身体も『こころ』と『からだ』というように分かれます。違いながら一つなのです。
心身一体であるというところに全一性が成り立ちます。
同時に個人は他人との関係ですから、人間と人間との関係が問題化してくるのです。環境との関係です。
結局、癒しの主体は患者自身と医療に関わる人、技術・環境だけでなく、そのどれをも要素に含む、それらを超えた全体的な『何か』なのです。
その時に宗教ということが、やはり問題になってくるでしょう」と述べていました。