初めてNYへ行ったときに、いつも部屋でJoe Williamのブルースを聞いていました。
あの感じ大好きです

彼はこの曲をこんなふうに歌っていたなんて知りませんでした。
しかもこの曲は彼にとって特別な歌だったなんて。。。
https://www.youtube.com/watch?v=8g-m9SHp7KU

因縁めいた話があるなんて。。。

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初め作曲家のArtie Butlerはこの曲の最初にレコーディングする権利をMr. Sinatraに進呈した。しかし、何年も彼はレコーディングすると約束し続けていたが、どういう訳かレコーディングには至らなかった。Joe Williamsがその曲を欲しいと言った時、ButlerSinatraに譲渡してくれるよう依頼し、曲はJoe Williamsのものとなった。

Joe
はライヴで頻繁にその曲を歌ったが、当時のVerveの愚かなプロデューサーはその曲のレコーディングを許さなかった。イライラしたJoeは自身の啓発の為プライヴェート・レコーディングを行ったのだが、Joeのマネージャーで以前Shirley HornのマネージャでもあったJohn Levyが彼女にそのテープのコピーを渡してしまい、結局彼女が正規のレコーディングをする事となり、しかもGrammy賞等を取るなど大成功を納める事となった。

Joe Williams
LevyShirley双方を彼の曲を盗んだ事で怒り、復讐の意味で(と思うが)、後に、彼の最後のアルバムの一つとなっ た、Shirley Hornのと同名のタイトル、“Here's To Life”CDを、しかも2つのヴァージョンを入れ込んだ形でTelarcレーベルから発売した。アレンジャーは有名なRobert Farnonだったが、時すでに遅く、衆目にはその曲は、Johnny MandelアレンジのShirley Hornの曲となってしまっていた。ShirleyJoe Williamsの歌を聴いて触発されたと言っている。

Joel E. Seagelの書いた記事より)
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どんな思いだったのかしら。。。


いつか歌ってみたい....