EIKOの気まぐれ闘病日記 -53ページ目

EIKOの気まぐれ闘病日記

このブログは、日蓮仏法の信心を根本に、双極性気分障害と闘うEIKOのブログです。日々の出来事や家族のこと、創価学会や池田名誉会長のことを書いていきます。
いきなりのアメンバー申請はお断りしています。

  漁村の浜辺で踏み出した一歩 ①


 宮崎の佐々木敬一や福島の渡部義彦らが登壇してきた「体験主張大会」。信仰の体験を交えながら、農漁業の生きがいを語る。全国に放映される大会には、一割以上の行政の代表が参加している。(全国の市区町村の数は1742)。市町村ごとの小さな単位でも活発に開かれる。

 「食べ物のことを、いいかげんに考える社会は、おかしくなる。農村を忘れることは、人間を忘れることだ。自分の『根』を忘れることだ。文明人は、金に『魂ツコ』を取られてしまったのだ」(1999年8月22日付「聖教新聞」)──こうした池田の思想を踏まえて続いてきた主張大会。その「源流」はどこにあるのか。証言を追うと、九州、そして東北の地で結ばれた、池田と学会員の深い信頼の絆が浮かびあがってくる。


 1978年(昭和53年)8月9日、宮崎市内の喫茶店「シノン」。来県した池田は同行の最高幹部とともに、宮崎のリーダーたちと懇談のひとときを持った。

「30人くらいでしょうか、それぞれのテーブルを囲んでいくつかの懇談の場ができました」。

 宮崎の青年部長だった山口浩(現・総県総主事)県下をくまなく歩き、一つの結論に達していた。

「要するに、農村と漁村の青年に光を当てる、ということです」。

向いに座った幹部に、これから取り組むべき課題を語った。──目立たない集落にも、立派に信心を貫いてふるさとの繁栄を願う青年がいる。彼らの思いを「主張大会」のような形で社会に伝えたい──。


 小さな村や町ごとに行えば、必ず多くの人々に届く。山口には確信があった。じつは6年前の夏(1972年)、宮崎県最北の北浦町で、すでに同県初の「主張大会」を行っていたのだ。延岡市の中心から山を四つ越えた、海沿いの小さな漁村である。赤胴色に日焼けした漁師の酒井一孝(副圏長)が、その中心者として奔走した。

脳梗塞で半身不随になり、その後末期ガン

が見つかった姉の嫁ぎ先の義父が亡くなり

ました。

姉が嫁ぐ時はひとり信心でした。

その後義兄が大きな悩みにぶつかり10年

後に入会。

その後義母の友人葬に感動し、亡くなった

義父が入会し、17年かけて一家和楽を実

現しました。

話は変わりますが、我が家は一昨年から父

の兄姉や甥が亡くなり不幸が続いています。
皆高齢なので覚悟はしていましたが、こん

なに続くとは思いませんでした。

もう二年年賀状出していませんが、来年も

出せないかもしれません。




Android携帯からの投稿

   「白米は命なり」 ②


 原発事故の風評被害を防がねばならない。収穫したすべての米を検査し(=全量検査)、米を詰めるすべての袋に「放射能検査に合格した」ことを明示する(=前品表示)──ここでも法律の壁にぶつかった。

 表示の許諾。資金援助。一つずつ関係省庁と交渉した。初めは「前例がない」と一喝された。渡部は「『地の利』 が大切だよ」という池田の指針、そして「白米は白米にあらず・すなわち命なり」の一節を思い返し、粘った。

 最終的に要望が認められ、2011年の秋から全量検査を始めた。行政の対応より一年も早いスタートだった。未曽有の風評被害が福島を襲ったが、渡部の作る米から客が離れることはなかった。

 今、渡部は学会の草創期の先輩たちが、どれほど大きな困難と闘ってきたのかを思い浮かべるという。


 父の喜八郎の時代から「創価学会員である」というだけの理由で差別を受けてきた。「法華様」トバカにされ、除草剤をまかれて稲をからされ、水田に他の品種を混ぜられ、金具を忍ばせられて農機具を壊された。あまりにひどい嫌がらせにも耐えて、渡部は稲作農家として結果を出してきた。

 「正しい科学的知見と、お米の品質で風評被害を跳ね返すしかない。いまだにこの闘いは続いています。池田先生は『世界が福島を見ています』と励ましを贈ってくださった。絶対に負けません」。そう言って口元を引き締めた。

読者の皆さん、いつもありがとうございますm(__)m

連載の更新が出来ず申し訳ありませんm(__)m

病院と息子のアパートで一仕事してきたの

でヘトヘトの状態ですのでもう少しお時間

をください。

話は変わりますが、ずっと観たかった「永

遠の0」を観てきました。

私の叔父は終戦時18歳でしたが、少年志

願兵として特攻隊に志願していました。

沢山の戦友が亡くなったそうです。

叔父は故郷の佐賀に戻ってからも、基地の

あった地に慰霊をしていました。

終始涙涙の映画で、叔父の気持ちがほんの

少しわかった気がしました。

寒い日が続きます。お身体ご慈愛ください
ね。




Android携帯からの投稿